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約束と契約  作者: オボロ
105/114

#105 猶予期間



「今、わたしの望みを聞いたのに、今考えて、今答えろと言うほど、わたしは酷い悪魔ではないよ。だから、猶予期間を与えよう。ジェシカと一緒に来るなら、お別れをしておく時間も必要だろう?そうだな……、夏休みだ。夏休みにしよう。夏休みになったら、またジェシカの元へ来るといい。探した方法を手土産に持って来るのも良し、一緒に来る覚悟を持って来るのも良し。どちらもダメは無しだからね、マリア。ジェシカだけを連れて行くのは容易いが、君は、ジェシカを見捨てたり、出来ないだろう?信じているよ、マリア。君は必ず来る。待って居るからね、マリア———夏休みだ。———夏休みに———また———おいで———マリア———」



———夢の中でまた会おう———




「………。」


マリアは目を覚ました。


蚊取り線香の匂いがする。

巫女神楽の曲が聞こえる。


ジェシカの部屋だ。


誰かが手を握っている。


「………。」


見ると、マリアの布団に伏して寝ている凪が、マリアの手を両手で握りしめていた。

マリアが凪を呼んでいる間、凪は、こうして待っていたのだろう。

マリアの手を握り、祈るようにして、マリアに呼び寄せられる時を、待っていたに違いない。


「凪、来てくれて、ありがとう。」


あの時、凪が来なかったら、間違いなくマリアとジェシカは連れ去られていた。

黒翡翠の守りも、マリアには救いだった。


「ありがとう、おばあちゃん。」


マリアは、黒翡翠を握り、お礼を言った。

黒翡翠の守りが無ければ、琴音の話にはならなかったし、御弥之様の話も出来なかった。

日本にも、日本の神様がいるという話が出来たから、マリアは、B・Bの望みを聞くことが出来た。

つまり、B・Bから望みを聞くことが出来たのは、黒翡翠の守りのお陰だと、マリアは思っていた。


「………?」


ジェシカの声がした。

ジェシカを見ると、ジェシカは目を覚ましていて、お気に入りのおもちゃを持って遊んでいた。


もうすぐクレアが来るだろう。

夏休みまでの猶予期間を、クレアはどう思うだろうか。

バーナードは、何と言うだろう。


マリアは考えて、少し気が重くなった。


「なんで、あんな条件を呑んだ?」


いつの間にか起きていた凪が言った。


「条件を呑まなければ、B・Bは自分の望みを教えただけで何の得も無いことになる。そんなのB・Bにとっては屈辱でしかないでしょう?」

「だからと言って、わざわざ得になることを与えなくてもいいだろう。」

「方法を見つければ済むことよ。」


マリアは強がった。

交換条件は、マリアが言い出したことだが、叶えることが出来なかった場合のことは、正直、考えていなかった。


「見つかりそうか?」


強がっただけなので、凪の問いにマリアは、首を横に振るしかなかった。

しかし、諦めたわけではない。


「見つける。見つけるわ。絶対に見つける。まだまだ時間はあるもの。きっと見つかるわ。」

「あぁ、わたしもそれなりに考えてみよう。」

「うん。一度、帰ることになるし、おばあちゃんにも相談してみよう。」










「え?猶予期間?」


マリアは、朝食を食べる前に、B・Bからもらった猶予期間の話を、バーナードとクレアに話した。

バーナードもクレアも、悪魔が猶予期間を設けたことに対して、納得できない様子だった。

夢の中の出来事全てを話した訳ではなかったので、仕方がないのかもしれない。


「悪魔が猶予期間って…、本当にそんなことあるんですか?」

「その間、絶対に手を出さない保証が、どこにあるんです?」


一つを疑うと、全部が疑わしく思えて来てしまうらしい。


「保証なんてありません。信じるしかないんです。約束をしました。夏休みになったら、また来ます。その時に本当の意味での決着がつくことになっています。それまでにジェシカちゃんに手を出せば、わたしが来ることは無くなります。なので、絶対に悪魔は約束を守るでしょう。」


マリアの毅然とした態度にも、疑心暗鬼になった。


「見捨てるつもりですか?」

「見捨てません。」

「本当に帰ってしまうのですか?」

「夏休みまでに、やらなければならないことがあります。決着をつけるためには必要なことです。」

「絶対に、ですか?」

「絶対に、です。わたしも命を懸けています。悪魔達は、もうジェシカちゃんだけでは引き下がりません。わたしも一緒でなくては満足できなくなっています。だからそこ、ジェシカちゃんには手を出さず、夏休みになり、わたしが来るのを待つはずです。わたしは夏休みにまた来ます。信じてください。」


マリアは、バーナードの目をじっと見つめた。

バーナードもマリアの目をじっと見つめ、マリアの本心を探っていた。


「夏休みに、マリアさんがまた来てくれるまで、わたし達は、どうやってジェシカを守ったらいいですか?」


クレアがポツリと言った。

マリアを引き留めることが出来ないのなら、せめて、自分達でジェシカを守りたいと考えたのだろう。

マリアは、思いつく限りのことを、全て伝えた。


「クレアさんの香水を、ジェシカちゃんの枕元に少しだけ付けてください。ジェシカちゃんには、その香りがママの香りなので、夢の中でもママのことを忘れません。わたしが蚊取り線香の匂いを、現実に戻るカギにしているのと同じです。そして、たくさん抱っこをして、たくさん話し掛けてください。温もりと声を覚えてもらうんです。四六時中抱っこをするのとは違いますからね。ママと一緒に居る時間、パパと一緒に居る時間、三人で居る時間、一人で居る時間、それぞれに意味があり、大切な時間です。大丈夫ですよ。ジェシカちゃん、良い子ですから、ママとパパを悲しませたりしません。」


クレアは、泣きながらも納得してくれた。

クレアが納得したことで、バーナードも承知せざるを得なかった。


バーナード家まで迎えに来てもらう為の連絡は、マリアがした。

突然に、「明日帰る」との連絡が入り、トールも朔乃も驚いていた。


『ジェシカちゃんは?』

「無事だよ。」

『悪魔は来なかったの?』

「来たよ。でも、夏休みまで猶予をもらったの。」

『どういうこと?』

「詳しいことは、帰ってから話すよ。明日帰って、レポート書かなきゃ。」

『わかったわ。パパぁー、マリアが明日帰るってー。————なんだって?マリアからかい?———マリアかい?明日帰るって?本当かい?』

「うん。明日帰って、夏休みにまた来ることになったの。」

『そうかい。わかった。明日迎えに行くよ。』



帰り支度は簡単だった。

持って来たものを、バックに戻せばいいだけの話だった。

蚊取り線香と巫女神楽は、明日の朝、片付けることにした。


「ジェシカちゃん、次会う時、もっと大きくなっているんだろうなぁ。」


ピー、ピッピー


マリアはジェシカの手にあるおもちゃをつまんで、音を出した。

ジェシカは喜び、手にあるおもちゃを振り回す。

握る手に力が入り、思いがけず、手にあるおもちゃから音が出た。


ピー


一度出来てしまえば、何度でも出来る。

ジェシカは大喜びで、おもちゃを握り、音を出した。


「学習、早いね。ジェシカちゃん。この調子でどんどん賢くなってね。」


マリアは、ジェシカの頬を、指先でちょんとつついた。


次に会うのは、約三か月後。

ジェシカは、もっと大きく、可愛くなっていることだろう。



「わたし達の事、忘れないでね?」



わずか二週間、一緒に居ただけなのに、マリアは、ジェシカとしばらく会えなくなることに、寂しさを感じた。







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