#103 現れた凪
「いい加減にしなよ。」
シューッ!
ジェシカを抱くマリアの腕の隙間から、ジェシカの足を掴もうとしたバトの手から煙が上がった。
「ジェシカが泣いているよ。早くこっちに渡して。」
シューッ!
伸ばしたノラの手からも、煙が上がった。
痛みは無くても、マリアに触れた瞬間、力が抜けるような感覚があり、使い魔達は、マリアに触れる度、顔を顰めた。
しかし、焼けたり溶けたりするような実害が無い為、使い魔達は追撃の手を緩めない。
ジェシカを庇いながら逃げるマリアを追いかけ、次から次へと手を伸ばして来た。
「やめて!来ないで!近づかないで!」
「もう諦めなよ。」
痺れを切らしたヴィゼが苛立ち、ジェシカではなく、マリアの腕を掴む。
シューッ‼
「っ‼」
マリアの腕を掴んだ瞬間、ヴィゼの手から物凄い量の煙が噴き出した。
ヴィゼは驚き、咄嗟にマリアを掴んだ手を離した。
今度こそ、手首から先が無くなってしまったかのような煙の量だった。
「「ヴィゼ!」」
「「ヴィゼ!」」
使い魔達は叫び、B・Bは駆け寄った。
「ヴィゼ。」
B・Bはヴィゼの腕を掴み、手の存在を確かめた。
「………。」
「……無事です。大丈夫です。」
心配するB・Bに、ヴィゼは言った。
ヴィゼの手は痺れているみたいに、指先が小刻みに震えていた。
「………。」
マリアは、使い魔達の動きが止まったこの隙に、じりじりと距離を取り、更に凪に念を送った。
何が起こっているのか分からない。
自分に何の力があるのか分からない。
今、使い魔達がマリアに触れると起こる現象が、マリアを守る為のものだとしても、これによって事態が悪化してしまう予感が、マリアにはあった。
強硬手段に出るかもしれない。
煙は大量に出るかもしれないが、溶けるわけでもないし、焼けるわけでもない。
少しばかり力が抜け、少しばかり痺れる程度であれば、力づくで連れ去ることは可能だと、考えても可笑しくない。
凪!凪!凪!
今度こそ、本当にダメかもしれない!
お願い!お願い!お願い!
ヴィゼの手の無事を確認したB・Bの顔つきが変わった。
作り物であれ、優しそうな笑みは消え、凍り付くような冷たい表情がマリアを見る。
そして、凍り付くような冷たい声で言った。
「もう終わりにしよう。無理やりなどと言う乱暴な方法で連れ去りたくはなかったが、子供だましのような脅しでどうにかなると思っているのなら、やり方を変える必要がある。どうか暴れないでくれ。泣きわめくようなはしたない真似もしないで欲しい。マリア、終わりだ。」
B・Bは、自らマリアに近づき始めた。
使い魔たちは、マリアの逃げ場を塞ぐように動いた。
言わずとも、意思疎通が出来ていた。
「出来ることなら、君を傷付けたくはなかった。しかし、君はわたしの使い魔達を脅した。言葉ではなく、術でだ。君はわたし達が使う魔術を、随分と毛嫌いしているようだったが、君だってわたし達が知らない奇妙な術を使っている。脅すだけの幼稚な術だ。わたしは、そんな幼稚な術に、わたしの使い魔達が怯える姿など見たくない。それならば、いっそわたし自身がそんな術など握り潰し、君を連れ去ろう。ジェシカはそのまましっかりと抱いているがいい。ジェシカごと君を連れ去ることにした。」
B・Bが手を伸ばした。
部屋の隅に追い詰められたマリアは、逃げ場を失っていた。
「………。」
逃げ場の無いマリアは、目を瞑った。
B・Bが怒っているのが分かった。
マリアが、使い魔たちを怯えさせて楽しんでいると、思い込んでいる。
マリアの意志では無いのに。
マリアの意志では、どうすることも出来ないのに。
凪!凪!凪!
助けて!凪!
「………っ‼」
B・Bは、マリアの肩を掴んで、振り向かせた。
「っ‼」
シュワーッ‼
瞬間、とてつもない量の煙が溢れ出た。
「………。」
B・Bは顔を顰めたが、それでも、マリアから手を離さなかった。
シュワーッ‼
煙は途切れることなく溢れ出て、B・Bとマリアを包み込む。
煙に巻かれ、B・Bからもマリアからも、互いの姿は見えなくなった。
「………。」
マリアは、肩を掴むB・Bの手が震えているのを感じた。
抜けていく力に耐えているのかもしれない。
マリアは、B・Bの手を振り払おうと、体を捩じった。
B・Bは、マリアを逃がさないよう、マリアの肩を掴む手に力を込めた。
だが、思うように力が入らなかったのだろう、もう片方の肩も掴み、引き寄せた。
「あっ。」
マリアは、もう駄目だと思った。
このまま引き寄せられてしまったら、身動きが出来なくなり、ジェシカ諸共連れ去られてしまう。
「ぐっ!」
つんのめるように前へ出たマリアの目の前に、突然、何かが現れ、マリアは顔を激突させた。
同時に、両肩を掴んでいたB・Bの手が、離れたのが分かった。
B・Bの手が離れたことで、溢れ出る煙は止まり、やがて、煙は消えた。
マリアは、煙が消えて、ようやく、何と激突したのかを知った。
「力づくとは、穏やかでは無いな。」
マリアの目の前に立っていたのは、マリアがずっと待ち望んでいた凪だった。
「待たせたようだな、マリア。ようやく来ることが出来た。」
凪は振り向かなかったが、マリアには、凪が微笑んでいるのが分かった。




