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約束と契約  作者: オボロ
100/114

#100 決戦のはじまり



「あらあら、ずいぶんと大人しいのね、ジェシカ。」


初めて抱っこされたにも関わらず、ジェシカは凪の腕の中で大人しくしていた。

時々、凪の顔に手を伸ばし、何かを話し掛けている。

マリアがジェシカを初めて抱っこした時も、そうだった。

マリアは、アルフで経験を積んでいたし、遠いとはいえ親戚なので、違和感がなかったのだろうと思っていたのだが、凪にも、となると、ジェシカは人見知りをしない子なのかもしれない。

それとも、神使だから?

神様に仕える凪に、安心できる何かを感じ取っているのだろうか。


「ジェシカちゃんに嫌われなくて、良かったね、凪。」


ぎこちなくジェシカを抱っこしている凪を見ながら、マリアは言った。


「………。」


凪は、複雑そうな表情をしていた。

凪にしてみれば、人間の赤ん坊を抱くことなど、初めての経験で、どう扱っていいのかわからなかった。

人間の赤ん坊を抱くことが、当たり前のように自然に出来る日など、来ないような気がした。

落としたら大変。

潰したら大変。

力加減が分からなくて、気が気ではない。


こんな状態でB・B達と話など出来るのだろうか?

マリアとB・B達との会話が頭に入って来るのだろうか?


凪にとっては、ジェシカが泣かなかったこと以外すべてが、不安でしかなかった。



「こればっかりは慣れだと思うわよ。」


力加減が分からないと悩む凪に、マリアは言った。

実際、慣れる以外に解決策はないと、マリアは思っていた。


それから凪は、一日に何度かジェシカを抱かせてもらえるように、クレアに頼んだ。


「その時に、安定する抱き方のコツなど、あったら教えて欲しいのですが……。」

「もちろん!教えてあげるわ。凪さん、きっと良いパパになるわよ。」


涼し気な美しい青年からの申し出に、クレアは嬉しそうな笑みを浮かべて快諾した。

そして、ジェシカの母直々の指導を受けられることで、凪の不安は少しだけ和らいだ。


「ジェシカは面食いなのかもしれないな。」


帰宅したバーナードは、凪の腕の中でご機嫌な様子のジェシカを見て、笑った。


順調だった。

間もなく最初に決めていた二週間にはなってしまうが、延長の許可はもらっているし、凪のぎこちない抱き方でもジェシカは泣かないと分かった。

後は、B・Bと使い魔達と分かり合う為に、何を話し、何を聞くかを、考えておくだけだ。


B・Bの中に、まだ残っている良心の存在を確かめたい。

天使だった頃に望んでも叶わなかったことが、もしも今、叶うとなったら、契約を破棄にしてくれるだろうか?


『君はいつもお願いばかりだ。』


ヴィゼが言っていた。


与えてもらうだけでは、彼らと分かり合うことは出来ないのかもしれない。

こちらからも何かを与えなければならない。


B・Bの望んだこととは何だったのだろう。

叶えることは出来るだろうか?

B・Bが使えていた神様が認めてくれなかった望み。

それをマリアが叶えようとするのは、無謀なことだろうか。

それでも……



「他に方法が思いつかないのよねぇ……。」


マリアも悩んでいた。











「………。」



突然だった。

何の前触れもなく、突然にB・B達は動きだした。


マリアは、今、自分は夢を見ていて、ここはジェシカの夢の中だと直感した。

真っ白な空間

壁も床も天井も真っ白で、何もない部屋の中に、マリアは居た。

ドアらしき物は見当たらない。


♪~


「………?」


わずかに聞こえる巫女神楽の他に、オルゴールのような音が聞こえた。

巫女神楽よりは近いが、マリアが居る場所からは遠いと感じた。

そこにジェシカは居るのかもしれないと、マリアは思った。


「すぅー……はぁー……」


深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから、音が聞こえる方へ歩き出した。


凪、ここに来て。

凪、ここに来て。

凪、ここに来て。


心の中では、何度も凪を呼んでいた。



マリアが居た白い部屋は、白い壁に閉ざされている部屋ではなかった。

近付くまで分からなかったが、白い壁は途切れていて、奥は曲がれるようになっていた。

曲がると廊下のようになっていて、そこも白一色で、細長い真っ白な部屋のように見えた。

だが、きっとどこかに曲がれる場所はあるのだろう。

マリアは、音に誘われるまま、歩き続けた。


凪、ここに来て。

凪、ここに来て。

凪、ここに来て。


心の中で呪文のように繰り返しながら……。









「………っ!」


凪は飛び起きた。

ずっと触れていたマリアの気配が、スッと消えたのを感じた。


「………。」


マリアを見ると、マリアは眠っていた。


「………。」


ジェシカを見ると、ジェシカも眠っていた。


蚊取り線香はついている。

巫女神楽の曲も流れている。


「マリア……。」


凪は、マリアのベッドに近づき、膝を付いた。

マリアの手を握り、額を付ける。


「マリア、わたしを呼んでくれ。頼む、わたしを呼んでくれ。お願いだ、わたしを呼んでくれ。マリア、マリア、マリア。」


凪は、祈るように呟き続けた。







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