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かぜさき旅行記  作者: 斎藤 正
5/21

#3

2022/10/16 編集しました。














ボクは反射的に足が止まっていた。

今まで「期待している」とは言われ続けてきたが、「楽しい」とは言われたことがなかった。

期待しているといわれ、できないことをやれと言われ、理不尽に押しつぶされながら何とか生きてきたカインは、

楽しいなんてプラスの感情は、教会に行ったあの日以来、持ったことがなかった。






「魔力があるのに魔法が使えない。それはつまり、周りの有象無象では理解できていない可能性を秘めているということです。」








ロズキと名乗った人物が後ろからゆっくり近づいてくる足音が聞こえる。

こちらに近づきながら、耳心地のいい声で言葉を紡ぐ。







「あなたは、とても可能性に満ちている。そんなことすら気づけないほどに疲れ切ってしまっているのですね。」







その声が、自分の体の中にじわじわとしみこんでいくように感じた。

それがとても心地が良くて、何かがこみあげてくる。

その感覚をもっと味わっていたいと思った。

扉から出ようとしていたのに、体をつかまれているわけではないのに、その場から動けなくなってしまった。








「大丈夫です。もう心配ありません。私がすべて、あなたの苦痛を肩代わりして差し上げます。もう、あなたは痛い思いをしなくていいのです。あなたは十分に頑張った。」










気が付くと、自分の頬に涙が流れていた。

それは、足元に水たまりができるほどになって、やっと気づいた。

そういえば、泣くことすらできていなかったんだなとぼんやりと頭の片隅で思った。










「あなたは、ゆっくり休むべきです。あなたが休んでいる間、私があなたを務めましょう。

もしかしたら、あなたが目覚めた時、また生きたいと思うことがあるかもしれません。

その時は、すぐにあなたに体をお返しいたします。」








下を向いていたボクの視界に自分のものではない黒い靴が入ってきた。

顔を上げると先ほどまで遠くにいたロズキと名乗った人物が目の前にいた。

真っ黒なその人の中で唯一光を放っていたものが十字架型の銀色のピアスであることが分かった。

そのピアスが光源なんてないこの空間で異様に輝いて見えた。








「あなたは、おとぎ話の悪魔か何かですか?」






涙でぐしゃぐしゃになった状態で言ったせいでひどい声だった。






「そうですね。悪魔と呼ばれたことはありますよ。」






フードで口元しか見えていなかったが一瞬だけ、自然と口元が緩んで笑みを浮かべたような気がした。








体を貸して、自分の苦痛をすべて肩代わりしてもらうだなんて、まさに悪魔との契約だ。

一体何を代償に取られるのだろうか。

魂とかだろうか。

本来であれば、何をされるかわからない危険な契約は行うべきではないと判断できる。

だが、今の自分は、今までの自分は周りの人間に、「休んでいい」と

いたわりの言葉をかけてもらったことなんてなかった。


それはとても温かい、ぬるま湯につかっているように心地が良かった。










「いいよ。体貸してあげる。」








ボクは目の前のロズキにすがってしまった。








「ありがとうございます。」






満面の笑みを浮かべ、ロズキは改めてボクに手を差し出した。

ボクは、躊躇なくその手を取った。






その瞬間、今まで荒れ果てた廃教会だった場所に光があふれた。

時間が巻き戻るように割れたステンドグラスが元通りに破片が集まり外から光が入っているように輝き、

そして朽ち果てていた室内が、長椅子、説教台が新築を思わせるほどピカピカになった。

そして室内を照らしていたであろう朽ち果てた燭台のろうそくに火がともり、

教会の背面から橙の温かい光が室内を満たした。






光があふれたことにより、目の前にいたロズキの顔を、カインは初めて見た。

中性的な見た目の人間で、正直、男とも女ともとれる。

髪は黒でフードでよく見えないが、長い髪を襟足あたりでゆるく結んでいるようだ。

そんな人が、紫電の双眸をこちらに向け、優しく微笑んで、ボクに声をかけた。








「あとは私に任せて。おやすみなさい。カイン。」






その言葉を聞いた瞬間、強い眠気に襲われ、強制的に瞼が閉じた。

意識が暗転する中、その言葉がカインの耳に届いた。

その言葉は、死んでしまった母さんを連想させるほど、温かかった。














グランザ学園 時計塔 最上階




カインは目を覚ました。

そこは、先ほどまで自分が飛び降り自殺をしようとしていた場所。

時計塔の一番高い窓のヘリだ。




あれから予想以上に時間がたっていたようで、太陽が地平線へ沈むところだった。






カインはゆっくり起き上がり、両手を上にあげ、グーっと背伸びをした。

そして、自分の体を確かめるようにペタペタとさわり、嬉しそうに「にっ」と笑った。






「今日から、未知の体で魔法の世界旅行。全力で楽しもう。」






そういうと、カインの体に入ったロズキは、時計塔をスキップで下りて行った。














初めまして。作者です。

最初の投稿から時間が空いてしまい、すいません。

あれから再度考えて内容を大幅に変更しました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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