プロローグ 斎藤正(さいとう ただし)
プシュー カゴン
目の前の人体保管用に開発された冷凍カプセルが、鈍い音を立ててロックされた。
中には、20代前後と思われる男性が入っている。
冷凍保存が開始される前から既に、顔は青白く、生気を感じさせない。
心臓の鼓動は続いており、いわゆる脳死状態というものだろう。
液晶パネルに「ロック完了」の文字が間違いなく表示されている事を確認してから、
「お休み。ロズキ。」
そう言って、「冷凍開始」のボタンに手を押した。
その瞬間、カプセル内が液体窒素などが含まれた冷却用薬品で満たされ、中に入っていた「ロズキ」と呼ばれた人物の保存が開始された。
これでもう、彼が害される心配がないと安堵すると共に、もう、彼の声を聞くことはできないのだという悲しみが押し寄せ、僕、斎藤正はその場に座り込んでしまった。
ここは、医療、薬剤開発において、世界一のシェアを誇る「サイトウ製薬」。
斎藤家が所有する第七製薬研究施設の地下13階に在る冷凍保管庫である。
このフロアは、先代が不慮の事故で亡くなり、正が斎藤家の当主になってから密かに建設したものである。一般の研究者はもちろん、幹部、親類にも秘匿しており、本人以外存在を知るものはいない。
そこは真っ白な壁、天井が広がり、その中には1つの冷凍保カプセルとそれを管理する制御室、そのほかは仮眠用のベットしか存在しない。
ネット回線も入っておらず、一切の電波、音を遮断する、完全に外界からシャットアウトされている空間である。
「これで、もう、安全だから。もう利用されることも、強制されることもないから。戻ってくるまで。ちゃんと守るから」
そう呟きながら、正は、安心と後悔がないまぜになった心を落ち着かせるように
静かに、静かに泣いていた。
カプセルの中で、彼の友人、
風咲ロズキ(かぜざきろずき)は、
今はまだ、静かに眠っている。