体調不良
目を覚ますと、彼女が傍に居た。
熱に犯され思考停止した脳が、辛うじて彼女の存在を認識する。
寝ていて意識が無い間に僕の部屋に彼女が居るという事実に、普通にビビった。
起き上がり何か言葉を発しようとして、熱のせいか体が全く動かない事に愕然とした。
「あら、起きたの?無理に起きようとしないで寝てなさい」
年末年始の無理が祟ったのか体調を崩し、僕は今日学校を休んでいた。
「気分はどう?」
心配そうな声色で、彼女は僕に話しかけてきた。
寝たままの僕はぎこちなく笑って首を振った。
「そう・・・まだ熱があるわね」
彼女は僕の額に手を当て、熱を測った。
ひんやりとした彼女の掌が心地好い。
「んー・・・水分を取った方がいいわね、少し体を起こせる?」
僕はモゾモゾと体を動かし、上半身を起こそうと試みる。
思うように体が動かない事に、もどかしさを感じた。
「無理しないで、ゆっくりでいいから」
見かねた彼女は僕の体を支え、起き上がるのを手伝ってくれた。
何とか起き上がると、彼女はペットボトルを差し出してきた。
飲みやすいようにストローが刺してあり、彼女の心遣いを伺う事ができた。
飲み物の冷たさからか、ストローから嚥下する度に、
口から喉元を通り、胃に辿り着くまで飲み物がどこを通っているのかが分かった。
いや、飲み物が冷たい訳では無く、僕自身が熱を持っているだけか。
「ちゃんと飲めたわね、偉いわ」
水分を取った事により、僕はホッと人心地ついた。
「何か食べれる?」
僕の表情が弛んだのを確認した彼女は、食事を促してきた。
確かに薬を飲むにしても、何か消化する物を胃に入れておいた方がいいだろう。
相変わらず喉の調子も悪いのか、言葉が出てこなかったので、
僕は彼女に感謝とお願いする気持ちを込めて、見つめてから頷いた。
「それは良かった、準備してくるから横になって待ってて」
彼女は微笑み、僕の頭を優しく撫でてから立ち上がった。
僕の部屋から出ていく彼女の後ろ姿をボーッとした回らない頭で眺め続け、
自然と目が追っていたのは、彼女の脚線美を彩る黒タイツだった。
自覚はしていたが無意識の中での行動に、自身の業を突きつけられた気分になった。
僕はスゴスゴと布団に沈み込み、目を閉じた。
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「あら、寝てなかったの?」
小さな土鍋を乗せたトレイを持った彼女が、再び僕の部屋に戻ってきた。
たぶん、消化の良いお粥でも作ってきてくれたのだろう。
「君が僕のためにご飯を作ってくれていると思うと、興奮して寝つけなくてね」
喉の調子が何とか戻り、言葉を発したのはいいが、自分でも驚く程ガラガラ声だった。
「軽口を叩けるくらいには復活したのね、でもまだ鼻声よ」
「お聞き苦しく申し訳ない」
「病人が変な気づかいするんじゃないわよ、自分を治す事だけ考えてなさい」
「タイツの事は考えちゃダメ?」
「それで自分の体調が治るなら、いいんじゃない?」
「はーい、じゃあお腹空いたし、
せっかく作ってきてくれたんだから、温かい内に頂こうかな、
君の脱ぎたてホヤホヤ黒タイツを」
「どうやら熱が上がったようね・・・
『人間が食べれる栄養分豊富な食べ物』をちゃんと食べて、お薬飲んで、
しっかり寝ましょうね?」
「君のタイツを食べた方が、治りが早くなる気がするんだけど」
「なに?私の手料理がタイツに劣るって言うの?」
「いや、決してそう言う訳では無く、
君が作った手料理は大変素晴らしいもので、
非常に美味しいのは最早確定していると言っても過言では無く・・・
いや、これは決して食べるまでもないという
ニュアンスで言っている訳では無いよ?
ただ、表現の自由という憲法に則って個人の主義主張を述べるとするなら、
僕は君のタイツを食べたい」
「ウダウダ御託を並べてるんじゃないわよ・・・はい、あーん」
「あーん」
「美味しい?」
「おぃひぃでぇふぅ」
「ふふっ、それは良かった・・・しっかり食べるのよ?」
「今のセリフ、最後に『この豚野郎』って追加してもう一回言ってもらえる?」
「とっとと食べなさい、この豚野郎が」
「ぶひぃぃいっ!」
「あら、これで最後だわ・・・全部食べきれたのね、偉いわ」
「ごちそうさまでした、大変美味でした」
「はい、お粗末さまでした・・・これも飲んどきなさい、お薬よ」
「ありがとう」
「飲んだわね?それじゃあ横になって眠りなさい」
「えぇー、まだデザートのタイツを食べてないよ?」
「い・い・か・ら・寝なさい」
「ふぁーい」
横になると満腹感からか、直ぐに睡魔が襲ってきた。
僕は睡魔に抵抗する事なく、意識を落とした。
「風邪は他人に移せば治ると聞いたことがあるのだけれど、試してみる?
・・・あら、もう寝ちゃったか、
・・・早く元気になってね」
『チュッ』
部屋に響いた湿り気を帯びた甘美な音と、魅惑の感触を、
寝ている僕は知る由もなかった。




