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眠れぬ夜

作者: こまつなぎ

眠りたくても寂しさが身を襲い寝付けない、そんな夜に。

遠くで揺れる夜船光と湿った潮の匂いが私を通り過ぎて、背後の眠れる街々に寂しさと愛しさを届ける。

8月の材木座海岸は夜だというのに気怠げだ。こんなに夜が耽ると人もいない。


いっそ誰かが私を連れて、どこか遠くへ運んで欲しい。

眠れない夜は私を、星屑と一緒にどこかへ散りばめて。

死にたいくらいに消えてしまいたい時は、じぶんのからだとこころをそっと抱き寄せる。



どうしようもなく何かから抜け出したいと思う時は、こうやって夜の混沌とした海を見ながら心に浮かんだ言葉をメロディに乗せる。

そうすると、心がスッと落ち着いて優しくなれるのだ。身体が発したいとサインを送ってきたらあとは風に乗せればいい。あとはそのまま、流れに身を任せてーー


「あれ、もう歌わないの?」


?!

驚いて背後を振り向けば、そこには若い男の人がいた。

初めて見る人だ。暗いから顔はよくわからないけれど、ローカットのスニーカーと大きめのワークパンツそして白Tシャツが似合っていていて、今流行りのイケてるにーちゃんだなと思った。

にーちゃんはなんの許可も取らず私に近づき、そして横に座った。


海は気怠げな中で波を立てる。


「今の、あんたが作った歌?」

「作ったていうか、浮かんだこと言葉にしただけだけど。」

「ふうん。」


よく見ると、暗闇の中のにーちゃんは顔もなかなかにイケてた。ちょっと前に流行った塩顔ってやつだろうか。スッと伸びた鼻筋と、気怠げで切れ長な目元。意外に長いまつ毛、薄めの唇。でもどこか中性的で、肩口あたりで切り揃えられた髪型が似合っている。

現実にいたら絶対に出会わないタイプだな。なんだか、夢の中にいるみたいだ。


どこか忙しなくて足をぶらつかせながら海を眺めていると、にーちゃんが空気を揺らした。


「おれ、今どうしようもなくむしゃくしゃして外に出たんだ。そしたらあんたの音が聴こえてきた。

なんかよくわかんないけど、救われた気がしたんだ。あー、一人じゃないんだって。」


こんなイケてる人でも孤独感を感じることがあるらしい。空気を揺らしながら、ぽつりぽつりと喋るにーちゃんは、なんだか素敵で、そして愛おしかった。


「ごめん。こんな急に言われても変に思うよね。でも、伝えなきゃって思ったんだ。おれは、あんたの気持ちわかるよって。」


今まで海を見ながら喋っていた彼は、そっとこちらに視線を合わせた。

ああ、なんて美しいのだろう。孤独を秘めた彼の瞳は夜の中ひっそりと光っている。


「ううん。ありがとう、私もその言葉になんか、救われたよ」


優しい空気が辺りを取り巻き、そして私たちはどちらからともなく喋り始めた。


それからどれくらい時が過ぎただろう。

私たちは今まで出会っていないことが嘘かのように何時間も喋っていた。

お互いの家族のこと、友人関係のこと、好きなこと、嫌いなこと、考えていること。。


「わたし、貴方に出会えてよかった」


するりと出た言葉を伝えると、彼はふっと息を緩めた。


「俺、最近この辺に越してきたんだ。鵠沼の方のスケボーショップで働いてるから、よかったら来てよ。」


彼の目は優しかった。


「うん、行く。私もこの辺にいるから、多分、頻繁に。よかったら来て。」


彼はふっと笑った。


「うん、行く。」



気がつけば、海はもう嫋やかに凪いでいた。

朝焼けは私たちを穏やかに照らしている。


夏への未練を断ち切るために、その場の勢いで書きました。

大好物だけど絶対に近づけないスケーターボーイを登場させるの、楽しかったー!

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