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猫みたいな少女、名探偵の僕  作者: 冬野 氷空
探偵と幽霊少女とお嬢さま
5/62

―3―

 僕たちは校内を歩いていた。別に散歩がしたかったわけじゃない。これにはきちんとした目的地がある。

 二年C組。僕たちはそこに向かっている。

 窓から見た空には、星が出ている。時刻は午後六時。進学校であるところの我が習志野学園においては、そこそこの運動部でもそろそろ練習を切り上げる時間帯だ。この時間より先まで残っている部活は野球部くらいか。

 僕と渡嘉敷さんはすっかり静まり返った校舎内を並んで進む。


「それで楠木さん、今回の一件の真相というのは教えて頂けるんでしょうか」

「まあ、教えても良いけど」


 頬を掻く。参った。真相は、大体分かっている。犯人も、犯行の動機も。しかしそれを話しても良いものだろうか。このまま教室に向かえば全ては明らかになるのだろうけれど、その前に話しては犯人の思惑に反することになる。それは、正直あまり好ましいとは思えない。


「じゃあ、段階を追って説明しましょう。まずは手紙を渡嘉敷さんの下駄箱に入れた人間です」

「いきなり核心をついている気がするんですけど、()()()ということは先もあるんですね?」

「ええ。そもそも、今回の一件は実行犯と計画した人間は異なります。まあ、同じかもしれませんけど」

「どういうことです?」

「計画したのが誰かとか実行犯が誰かというのは関係ないということです」


 話を本題に戻そう。


「手紙を入れられる人間を物理的に考えてみましょう。クラスの人間の中でどんな人間ならそれが可能だったでしょうか」

「ええと、まずは私より早く学校に来ていた人ですね。それから、遅くまで部活か何かで残っている人でしょうか」

「うん、多分それで間違いない」

「……容疑者、多すぎません?」

「そうだね。じゃあ次に動機がある人間だ」

「計画した人間、というのは教えては頂けないんですか?」

「まあ、黒幕は最後のお楽しみってことで」


 そう答えると、渡嘉敷さんは些か納得いかないような不機嫌そうな顔を浮かべた。しかし、話を続けてくれるようだった。


「動機……そもそも私、動機が何なのか分かりません。イタズラではないんですよね?」

「それは十中八九そうだと思うよ。じゃあ、動機から考えようか」

「そう言われても……正直、私は嫌がらせ以外の動機が思い付かないんですけど」

「渡嘉敷さんは自分が嫌がらせを受ける心当たりがあるの?」

「そんなことないです! ないですけど……それなら一体何が動機になるのでしょう」


 まあ、確かにそれが今回の事件を解き明かすための鍵でもある。逆に言えばそれさえ分かってしまえば、犯人も含めて謎を解くのにそれほど苦労はしない。何ならあっという間に分かってしまうだろう。

 渡嘉敷さんはまだ分からないらしく、うんうん唸っている。もう少しヒントを出しても良いかもしれない。

 特別棟の階段を降り、教室棟へと続く渡り廊下まで差し掛かった辺りで、僕は彼女にさらなるヒントを出すことにした。


「犯人の目的は貴女を教室から引きはがすことだったんだ」

「それはさっきも聞きました。やっぱり私、皆さんに……」

「嫌われてはいないよ」


 むしろ好かれている方だと思う。

 彼女は放課後、教室に残って勉強するのが日課だった。しかし犯人にとってはそれが邪魔だったのだ。だから彼女を追い出すために偽のラブレターなんてものを用意した。では、そこまでして彼女を追い出したかったのは何のためか。何をするためなのか。


「放課後の教室には、貴女以外にも人はいたはずだ。けど、おそらく手紙を貰ったのは貴女だけだ」


 それが何を示すのか。


「犯人――この場合は計画した人間ですが、犯人は貴女だけを教室から遠ざけたかったんだ。地学準備室なんて辺境の部屋を指定したのは、少しでも時間稼ぎになると思ったからでしょう」

「あの、話がよく見えないんですけど……」


 廊下の角を曲がる。目的地はすぐそこだ。


「貴女一人を遠ざけたかったのは何も嫌がらせやイジメのためじゃない。むしろその逆、貴女をサプライズで喜ばせるためだったんです」

「何を……?」


 二年C組の教室。僕は扉に手をかける。中には人の気配があった。どうやら僕の推理は見当はずれなんてことにはならないらしい。


「犯行動機は転入生・渡嘉敷雅の歓迎会の準備をするための時間稼ぎ。そして黒幕は、二年C組学級委員長――野々宮(ののみや)見里みさと


 そして、扉を勢いよく開け放つ。


「「渡嘉敷さん! 習志野へようこそ!」」


 二年C組一同の激励の言葉の直後、クラッカーが一斉に鳴らされた。

 クラスメイトが笑顔で迎える。渡嘉敷さんは驚いたままの表情で固まっている。


「道案内ご苦労さま、楠木君!」


 満面の笑みを浮かべた女子生徒がこちらに近づいてくる。ブラウンがかったショートカットが特徴で、全身から元気が溢れているような女の子だ。


「どうでも良いんですけど野々宮さん、この騒ぎはちゃんと許可を取っているんですか? 僕は面倒は御免ですよ」


 転入生歓迎会なんて粋なことを考えるじゃないか、と思ったが、日頃の彼女とのやり取りを思い出して、少しばかり照れくさくなり、上手く言えなかった。


「えっと、あの、これは」


 ようやく我に帰った渡嘉敷さんがこちらに顔を向ける。


「最初に二年C組に転入生が来るって聞いた時に思ったんです。お節介な野々宮さんなら歓迎会の一つでも開きそうだなって」


 渡嘉敷さんを教室から地学準備室に呼び出した理由は、ホームズの『赤毛組合』から思い付いた。赤毛の男がうまい儲け話を餌に、毎日一定時間、家から誘い出されるという話だ。あれを薦めてくれたのは――確か、猫屋敷だったと思う。

 野々宮さんは、お節介は余計だよ! と反論してから、クルリと渡嘉敷さんの方に向きを変える。


「えっと、こんな感じで渡嘉敷さんのことは大歓迎だからさ。これからよろしくね!」


 渡嘉敷さんが答える。


「皆さん、ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします!」


 そう言って勢いよく頭を下げた彼女の声は、少しだけ掠れていた。


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