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猫みたいな少女、名探偵の僕  作者: 冬野 氷空
探偵と幽霊少女とお嬢さま
4/62

―2―

 僕が通う習志野学園は三階建てで、大まかに言うと“王”の形をしていて、横棒にそれぞれ教室棟、特別棟、部室棟が充てられている。

 文芸部室は部室棟二階の一番奥。そして渡嘉敷さんが待ちぼうけを喰った地学準備は、特別棟三階の、これまた一番奥だ。

 部室で渡嘉敷さんの話を聞いた後、僕と彼女はいわゆる事件現場であるところの地学準備室を訪れていた。

 地学準備室はさして広くはない。文芸部室と同じくらいだ。地学の授業で使うであろう地球儀だとか星の模型だとかは置いてあるが、他の理科系準備室とは違って特に施錠はされていなかった。


「つまり入る気になれば誰でも入れる、というわけですね」


 渡嘉敷さんの言葉に、僕は頷いてみせる。


「手紙を貰ったのはいつ?」

「今朝です。自分の机に入っているのを見つけました」

「渡嘉敷さんがここに来たのは何時くらい?」

「指定された時間の十分前くらいでした」

「ということは四時二十分くらいか。それまではどこで何を?」

「教室で授業の復習をしていました」

「そう言えば、渡嘉敷さんは帰国子女って聞いたけど、海外でも放課後に残って勉強するって風潮はあるの?」

「そうですね、熱心な生徒は結構残って勉強することがありますよ」


 学生はどこの国でも大変らしい。


「それで、地学準備室に来てどうしたの?」

「地学準備室を覗いたんですけど、誰もいないようだったので外で待っていました」


 外で待っていたというのなら、準備室にもう一つ出入り口があれば入れ違いになった可能性もある。渡嘉敷さんが中を確認する、扉を閉める、別の入り口から差出人が入室する、といった具合に。しかし生憎、地学準備室の出入り口は一つしかない。一応、窓はあるのだが、わざわざ三階の窓から侵入する人間もいないだろう。


「待っていたのはどれくらい?」

「三十分くらいでしょうか。それでおかしいと思って、野々宮さんから聞いた話を思い出しました」


 ああ、妙な事件に巻き込まれたら文芸部に相談しろっていうあれか。まったく迷惑な話だ。目の前に謎があれば挑むが、しかし積極的に関わっていこうとも思わない。まあ、それはともかく。


「室内を調べてみよう」

「ここに何かあるんでしょうか?」

「分からないけど、手がかりがあるかもしれないし」


 とは言ったものの。

 一通りぐるりと見回してみても、授業で使う器具の他には特に怪しいものは見当たらない。

 棚の引き出しを開けてみる。中には小さな木箱がいくつも入っていた。石英、長石、黒雲母とラベルが貼ってあるから、おそらく箱の中身は鉱石なのだろう。つまり手がかりはないということだ。


「そっちはどうですか?」


 僕は後ろの方で調べていた渡嘉敷さんに尋ねる。


「こっちにも特に目ぼしいものはありませんね……」


 そうか。とすると。

 僕は引き出しを閉め、一度準備室から退室する。


「何か分かったんですか?」


 渡嘉敷さんが僕の後を追いながら尋ねた。

 僕は部屋の外、そのすぐ上にある“地学準備室”のプレートを見上げながら答える。


「中に何もないってことは、この準備室そのものに何か理由があるんじゃないかって思ってね」

「準備室そのもの?」

「化学準備室でも生物準備室でもなく、地学準備室だったんだ。そこには何か理由があってもおかしくない」

「どういうことですか?」

「つまり、この部屋が他の教室や準備室とどう違うかを考えれば良い」

「ああ、なるほど」


 渡嘉敷さんが考える。


「でも他の教室との違いなんていくらでもありますよね。室内の物も違いますし、場所も使用目的も違う。同じ点といえば間取りくらいでしょうか」

「そうだね。確かに間取りは他の準備室と同じだね。違う点だって、たくさんある」

「だったらどうしてこの場所だったんでしょうか?」

「さてね」

「さてねって……」


 視点を変えよう。


「なぜ差出人は君を狙ったんだと思う?」

「それは……」


 渡嘉敷雅という一人の女の子を好きになったから。

 なんて、もはや本気では思っていまい。


「なぜ差出人は自分の名前を書かなかったんだと思う?」

「……」


 本当はもう、渡嘉敷さんだって分かっているのだろう。


「貴女はこれまでに一度も“犯人”という言葉を使わなかった。それはなぜですか?」

「……」


 彼女は何も答えない。


「犯人像だとか動機だとかはまだ確信は持てませんけど、これだけは言えるんじゃないんですか?」


 ――あのラブレターには、悪意があった。

 そう考えるのが普通だろう。


「やっぱり、そうなんでしょうか」


 重々しく、少女は言う。知っていた。心のどこかでは気付いていた。だけど認めたくなかった。当然だ。新しい生活を送ることになって、そこで悪意が自分に向けられるなんてことを、一体誰が想像できるのだろう。一体誰が望むというのだろう。


「普通に考えれば、あのラブレターは転入生の貴女をからかうためのものでしょうね」

「もしそうなら、私はクラスの皆さんに避けられているんでしょうか」


 それは正直何とも言えない。仮に彼女に嫌がらせをしようとする人間がいたとしても、少なくともそれはクラスメイト全員ということではないだろう。

 渡嘉敷さんは俯いたままだ。

 クラスに馴染めていないのではないかという疑問が、彼女に圧し掛かっているのだろう。四月も後半になった今日では、既にクラスの大半はグループを作り上げている。そこに転入生として割って入っていくのは、やはりかなり苦労をするはずだ。彼女の中にもどこかで自分がクラスに馴染めていないのではないかと思っていても不思議ではない。

 悪意に気付いていないのではなく、人を信じようとする。おそらくそれが渡嘉敷雅という人間の考え方なのだろう。悪意に鈍感、というわけでなくて少しだけ安心した。

 解説に戻る。


「まあ、それは偽のラブレターが送られる、普通のイタズラの場合です」

、ってことは……」

「この事件の真意はそこじゃない」


 どういうことですか、と彼女が聞き返す。


「少なくとも、普通のイタズラではない」

「どうしてですか?」

「イタズラなら、犯人は君が地学準備室の前で待ち呆けているのを見て嘲笑うはずだ。でもどうだろう。ここは特別棟の最上階、しかもその最果てと言っても良い。遠くから見張ることもできなければ、物陰に隠れてこっそり窺うこともできない」

「確かにそうですね」

「それに嫌がらせをしたいのなら、こんな面倒な手段は選ばずに、もっと直接的な手段を取ればいい。例えば上履きを隠すとか、机に落書きをするとか」


 どうにも僕の嫌がらせのセンスも古い。それにありきたりだな。


「イタズラ目的でないのなら、差出人の目的は一体……」

「だから言っているでしょう。見方を変えるんです」

「見方を……?」

「犯人は貴女に何かをして欲しかったんじゃない。貴女に何かをして欲しくなかったんだ」

「してほしくなかった? 何を?」

「今回の一件に当てはめると、こうだ。犯人は貴女を地学準備室に呼び出したかった。では、その反対は?」

「……私を教室から追い出したかった?」


 多分、そうだろう。


「でも、どうして、そんな……やっぱり私、クラスの皆さんに嫌われているんでしょうか」

「いいえ、そんなことはないと思いますよ」

「え……?」

「正直、犯人も犯行の動機も、初めに話を聞いた段階で見当が付いていたんです。ここに来たのはその他の可能性を検証するためでした」


 それと、この目の前のお嬢様が人の悪意に鈍感そうな気がしたから、忠告というか、自分でいくらか気付いてほしいという気持ちもあった。鈍感は罪だ。


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