一日目
いつもいつも、心はなんとなく晴れない。
私、井上恵はぼんやりとそう考えて、それで日常を過ごしてきてた。
男友達の山崎洋介はそんな私に、いつも言葉をかけてくれる。
「めぐはドラマティックな何かを期待しすぎているだけなんじゃないのか? 」
って。
「そりゃ私だって、そうなのかなーとは思うよ?
でも、なんかものたんないんだもの。欲張ってるだけなのかな? 」
洋介はそれを聞くと、なんとも言えない顔をする。そして少しだけ困った顔をして、何かを言いかけて、止めた。
「何よ、何か言いたい事があったら言いなよ」
私は、そう言って、少し膨れて見せる。
洋介がこういう行動をとるのは、いつも決まって、私の反応を何か恐れている時だ。問い質して、良い話を
聞いた試しがない。
それをわかっているから、無理に聞かないようにはしている。
「あー、うん。大した事じゃないよ。……むしろめぐに話せない事だった」
申し訳無さそうに、そう言ってから口ごもる。
「どうせ大した事じゃないんでしょ?
だったらいいじゃない。解決したら聞かせてよ」
私は何も考えず、そう言う。
「ん、そうするよ。そういや、めぐの友達に聞かれたんだけど、
『男の人って好きな人ができるとどんな風にするの? 』って。
人それぞれじゃないかなとは思ったけど、俺は上手く答えられなくてな。女の場合はどうなんだ? 」
私は、少し面食らってしまいながらも、答えた。
「それこそ、人それぞれじゃないのよ。でも聞いてきたって事はそれがさっき口ごもった事じゃない訳よね?
まぁ、私は、はっきり恋した記憶が無い気がするので答えられないわね。洋介は恋愛経験あるの? 」
「んー。あると言うか、俺もなんかその辺微妙かな。友人関係の好きと、恋愛の好きの違いがいまいちよくわかんない」
洋介はそう言って、明後日の方を向いた。
私はそのまま、少し思案する振りをして、歩き続けていた。
洋介はそれでも、私よりは、恋愛について考える機会が多かったはずだと、記憶している。
私は、告白された事はあっても、相手の事もよく考えずに、その時の気分のまま、興味のある事に熱意を向
けていた為、大抵は断っていた。
中には分かってくれない相手もいたが、洋介をダシにして断ったりした事すらある。
洋介は、あまり良い顔をしなかったが。
洋介の方は、告白されても、やんわりと断るのだが。
諦めてくれない相手とは、少し付き合う事になって、結局色々合わなくて別れたりしていたのだから、言っ
てる事は事実だろうと思う。
ただ、私はその事実にたまにムッとするのだ。
洋介も私と付き合ってるという理由で断ることもできたはずなのに。
彼はそれをしない。事実をできるだけ曲げたくないらしいのだ。
それじゃ私の言ってる事が嘘になるではないか。……実際嘘なのだが。
「あ、めぐ。今日は少し寄る所があるからこの辺で。また明日な。難しい顔してるぞ、気をつけろよ? 」
洋介はそう言って、普段の帰り道から外れていく。
……私は、余程酷い顔になっていたのだろうか。
「あ、うん。また、ね」
気にしない様意識して、そう答える。
何か、違和感がある気がしないでもない。
なんだろうと考えながら、私は普通に家に帰り着く。
その晩、洋介から電話があった。
「めぐが俺の事どう思ってるかわかんない。けど、嫌いじゃないなら、俺と付き合ってくれないか? 」
と。
昼間言っていた事と、幾分違う気がしたので、私はそれを冗談だと思い、軽い気持ちで笑い飛ばしてしまった。
「あははっ。洋介にしちゃ珍しい冗談じゃない。昼間言おうとして止めたのはその所為? 」
と、言ってすぐに。
私は自分の言葉で気が付いた。
冗談じゃないからこそ、昼間言えなかったのだと。
面と向かって言えなかったからこそ、電話で言ってきたのだと。
「あー。そうか。そう言う反応になる……のか。いや、いいや。忘れてくれ」
「え?
ちょ…」
「いや、いいんだ。俺明日から一人で行くから、めぐは他の奴と行くようにしてくれ。しばらく、一人で居たい」
そう言うと、洋介はそのまま電話を切った。
私は、自分の失言を悔やみながら、洋介の言葉を、何処か遠くから聞こえる幻聴のような思いで、頭の中に
何度も何度も木霊させていた。
幾分時間が経ったのだろう。はっきりしない頭のまま独り言をこぼしていた。
「どう言うことよ……。本気ならもっと食い下がってよ……」
布団に入り、泣きながら眠る事になった。
泣けてくる理由を自覚できない。
これは、後悔なのだろうか。
伝えられなかった言葉への悲しみなのだろうか。
私は、ぐしゃぐしゃになりながら、眠っていた。
洋介の事、私はどう思ってるんだろうか。