第二十六話『霧の中の敵』
――前回のあらすじ
緑の魔法師アーブティーンがカワードの護衛に加わり、陣容に厚みが増した。
そして、当初の予定通り、スタテイラが前方にいる敵を補足殲滅するために向かう。その道中、敵の正体を考えていると、その一人にオミードの名が浮かぶ。
霧のような雨が止み濡れる事はなくなったが、辺りを覆う灰色の霧は沈殿するように漂いオミード達の視界をふさいだままだった。近くに暗殺者がいる状況で、緊張感が漂うなか、談笑が霧に反射するよう廃村に響く。相変わらず、アーブティーンは女性たちをはべらかし、饒舌を如何なく発揮して場を盛り上げていた。平時ならそれでも問題ないのだが、敵の襲撃に警戒している現状での談笑は、敵に自分たちの居場所を教えるようなもので、国王の身を危険にさらす行為であった。
それなのに誰も注意しない。国王はおろか、ハールーンやメフルザードも注意するそぶりすら見せないのだ。最初こそ、憤りを感じていたオミードだが、霧の鬱陶しさが心を重くして、注意する気力すら削がれていた。アーブティーンたちのを方を見ないようにして、敵の索敵だけに意識を注ぐようにしていた。
そんなオミードの前で、メフルザードが手を上げる。その瞬間、全身に緊張が走った。それは、ハールーンやアーブティーンにも伝わった。オミードはゆっくりとメフルザードに近づく。どうやら、敵が近くまで来ているとのことであった。この霧のせいで、やすやすと近づけてしまったことに、オミードは不快感をあらわにする。二人は敵の正確な位置と人数を把握しようと意識を前方に集中する。その間も、アーブティーンは看護師たちと談笑をしていた。それを横目で見ながら、顔だけの男ではなかったのかと感心する。今談笑を止めれば、敵に自分たちが気づいたことを知らせるようなものであった。ここは気づかないふりをして、敵の意表を突くことがベストである。
それにしても、とオミードは思う。待ち伏せがあるという情報を得て、それを殲滅するために向かったスタテイラとは逆の方向から敵がきた。この状況に、すでに包囲されているのではないかという不安が、雫となって背中を流れる。
――しばらくしても、敵に動きはなかった。どうやら、こちらが察したことに気づいたようだ。
「敵の人数は?」
「おそらく五人以下だろうな」
メフルザードの答えに、偵察隊だろうと予測できた。このまま逃がしたのでは、自分たちの正確な場所が敵の本隊に知られる。それだけは、避けなければならなかった。
ならば――と、メフルザードが索敵魔法を放つ。
すると敵は、百メートルにも満たない場所に潜んでいた。この濃霧のせいで、これだけ近くに敵の侵入を許す結果となったのだろう。だが今は、そんなことを悔やんでいる場合ではなかった。索敵魔法を使ったという事は、敵にもこちらの存在を知らせる結果となったのだ。逃がす前に倒さなければならない。そうオミードが考えたと同時にメフルザードが動いた。そのメフルザードに向かって敵が一人突進してきた。おそらく、仲間を逃がす時間稼ぎをするつもりなのだろう。そんな事はさせないと、オミードは回り込むよう発見した敵に向かっていく。その時、視界に捉えたものに驚きの声を上げる。
「待ってメフルザード!」
濃霧を切り裂くようなオミードの制止の声を無視して、メフルザードは向かって来る敵に狙いを定めカミナリを放とうとした。その激しい動きが気流を生み霧を吹き飛ばした。すると、眼前に現れたのは見覚えのある金髪とアイスブルーの瞳を怪しく光らせるスタテイラであった。
二人はお互いを認識したが、すでに魔法を放つ動作に入っていた。このままでは仲間に攻撃を放つことになるのだが、二人は躊躇いを見せることなく相手に向かって魔法を放った。魔法の衝突で、目を刺すような閃光と爆音が辺りに響き渡る。
オミードは二人の無事を祈った。
しばらくして、霧の間から二人が姿を現した。どうやら、咄嗟に攻撃をかわせないと判断した二人は、お互いの魔法をぶつける事で相殺することを選択して、実行したのだ。
しかしそれは、一歩間違えば相手を殺す行為でもあった。それなのに、二人は迷いや躊躇いも見せることなく魔法をぶつけたのだ。その神経に、オミードは感嘆というよりも呆れた様子で二人を見つめる。
「――何事だ!?」
爆音を聞きつけカワードが姿を現した。
「宸襟を騒がせてしまい申し訳ありません」
礼節を持ってスタテイラが対応する。
「……いや。それより流石はスタテイラだ。もう暗殺者を排除して戻ってきたか」
「お恥ずかしながら、任を果たすことなく戻りました。重ね重ね申し訳ございません」
「お主ほどの者が取り逃がすとは……よほどの敵だったのだな」
「いえ。敵と遭遇する事はありませんでした」
さきほどから要領を得ない返答をするスタテイラに全員が疑念を覚える。
「……一体何があったのだ?」
「どうやら、我々は結界に閉じ込められたようです」
滔々と話していたせいで、事の重大さを認識するのに時間がかかった。
たっぷり二呼吸ほど間を置いてから、カワードが驚愕の声を上げた。それに続き、オミードが素早くスタテイラの元に駆け寄る。
「どういうことか、ちゃんと説明しなさいよ!」
詰め寄るオミードを無視して、スタテイラは口を噤んだままカワードを見つめる。その態度に苛立ちを覚えたオミードは、さらに言葉を荒げて詰め寄る。すると、アイスブルーの瞳を動かし底冷えするような眼光でオミードを睨む。
一瞬気後れしそうになったが、すぐにいつもの負けん気が口をついて出る。
「なによ! 私たちも陛下の護衛についているのよ、知る権利はあるわ!」
激しく火花を散らすよう睨み合う二人に、護衛の兵士や看護師たちは怯えた様子で見守る。他の緑の魔法師たちは、仲裁に入るそぶりも見せずただ黙って見つめるだけであった。
このままでは埒が明かないと思ったカワードが助け舟を出す。
「ここにいる全員は一連托生だ。皆に話してやってもよいのではないか」
「――御意」
スタテイラは一礼し、その端正な唇からまるで音楽を奏でるよう言葉を紡いだ。
それによると、廃村を中心に徒歩で二十分ほどの範囲に幻術の補助的な結界が張られているという。それは、幻術の効力を増幅させる水晶を地面に埋めることで、より強力な幻術をかけることができるもので、自分より上位の魔法師にも効果を及ぼせるものであった。
それらのことを踏まえて、この幻術結界について考えてみると、一つの答えが導き出される。
それは――
緑の魔法師が敵として、ここにいるということだ。
やはり、という思いでオミードは眉をしかめる。いかに幻術効果増幅水晶を使っているとはいえ、緑の魔法師に幻術を仕掛けれるのは、緑の魔法師以外いなかった。
視界を覆う霧が濃くなったように感じられた。また緑の魔法師と戦うことになるのかと思うと、物憂い気分となる。それはカワードも同じようで、表情が暗く沈んでいた。
「心配いりません陛下。犯人の目星はついていますので、すぐ解決させます」
スタテイラの発言に、一同は目を丸くする。一体どうやって突き止めたとのかという疑問は湧いたが、今はここから脱出するのが優先であった。
「――協力するわよ」
他の緑の魔法師に聞こえないようオミードが小声でスタテイラに話しかける。
「それはありがたい――」
スタテイラは素早く隠語を唱えた。
すると、オミードの目の前で霧が結晶化していく。危険を感じ、その場から離脱するオミードの眼前で、巨大な氷の塊が現れた。それは、間違いなくオミードを閉じ込める目的で作られたものであった。
間一髪かわせたオミードは、額に冷や汗をかきながら「なんのつもり?」と、責めるように問う。
「大人しく捕まれば、怪我をせずに済んだものを」
アイスブルーの瞳を鈍く光らせオミードを睨む。その眼光に、スタテイラは本気だと気づく。それと同時にオミードはある事に思い至る。
「――あなた、本物のスタテイラ? ……それとも、幻術に踊らされているの?」
「私の動揺を誘うつもりか? ――無駄なことを」
とオミードの問いを鼻で哂う。
元々、そんなつもりで問い質していなかったのだが、スタテイラの嘲るような態度に怒りを覚えたオミードの心に火が付いた。
オミードとスタテイラが睨み合う緊迫した空気が、廃村を覆う濃霧に負けないほど辺りを重くする。
緑の魔法師同士のいがみ合いに、護衛の兵士はもちろん、専属の医師や看護師たちはただただ怯え震え、事の成り行きを見守る事しかできななかった。この争いの仲裁ができる者がいるとすれば、それは同じ緑の魔法師か、国王しかいない。幸いなことに、ここには他に三人も緑の魔法師がいる。仲裁に入れば、最悪の事態は避けれるはず。だが、三人は動かなかった。むしろ、オミードとスタテイラの争いを愉しむよう遠巻きにして見ているだけであった。
三人の緑の魔法師が頼りにならないとなると、この場を鎮めれる唯一の存在は、国王カワード一世しかいない。
そのカワードは、迷いの中にいた。それは、スタテイラの「犯人の目星はついている」と言った言葉である。カワードにとってスタテイラは、魔法や帝王学を教えてくれた恩師である。そのスタテイラが犯人はオミードだ、と言ったのだ。そう信じるよう心が動いたとしても仕方のない事だろう。それでも、その言葉を信じきれないもう一つの理由があった。
それは、カワードとオミードの二人の関係が影響していた。
次回 第二十七話『二人の出会い』




