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緑の魔法師  作者: 葉月望
緑の魔法師 ~図南の鵬翼~
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第十八話『魔法』

――前回のあらすじ


 アールマティから出された魔法についての宿題について、オミードは糸口すらつかめずにいた。朝食のあと、フォルセティがどんな考えを持っているか知りたく部屋に行くと、そこでお互いの国の将来について熱く語り合う事となるのだった。


 「ふぁあああああぁ……」


 気怠そうにあくびをするメフルザードに――


 「今がどんな時か解っているのか!」


 と、怒鳴りたい衝動にオミードとフォルセティは駆られた。昨日も、メフルザードのアクビのせいで魔法の真髄を聞けるチャンスが先送りとなったのに、それなのに反省も後悔の色さえも窺わせず、またアクビをする無神経さに、退出して欲しいと切に願った。そんなオミードたちの願いも虚しく、メフルザードはもう一度大きなあくびをする。


 「あんた、やる気がないなら部屋に戻って寝てなさいよッ!」


 オミードが声を荒げ責める。


 「……こっちは寝起きだぞ。少しは勘弁してくれ……」


 目をこすったり身体を動かしたりと、メフルザードなりに起きようと努力をしているのは窺えた。だが、赦せないものは赦せないと、何度も注意する。


 「――それぐらいにしてあげなオミード」


 「でも、大伯母様――」


 「興味があるから眠たくてもここにいるんだろ」


 アールマティのフォローに乗っかるよう頷く。


 「……大伯母様がそう言うなら……」


 そういいつつも、オミードは納得しかねていた。

 少し落ち着いたところで、この場の空気を引き締めるようアールマティが咳ばらいをする。


 「――さて、昨日あんた達に出した宿題の答案を拝聴しようか。――まずは、そこの眠そうな坊やからだ」


 先陣にメフルザードを指名したアールマティの采配に、オミードは拍手喝采したい気分となった。突然名前を呼ばれても、メフルザードは狼狽えた様子はなく、気怠そうに立ち上がる。


 「……考えてみたが……やはり魔法とは、自然に働きかけ思いを事象化させる事だと思う」


 頭を掻きながら淡々と語ったあと、沈黙という帳が部屋の中に幕を張った。

 そして、たっぷり溜めてから、静かに座った。


 「――ええ!? それだけッ!? あんた、昨日部屋に戻ってすぐに寝たでしょ!!」


 オミードの指摘に、メフルザードはコクリと頷く。


 「ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」


 「眠気には、勝てなかった」


 そういいながらも、またウトウトとしていた。そのふてぶてしい態度に、眠気と戦い魔法について考えようとしていたオミードの努力をばかにされたように感じ、一発殴りたい衝動に駆られる。


 「――クス」と、フォルセティの悪意を含んだ笑いが聞こえた。


 それがメフルザードに対してなのはすぐに分かったが、オミードも一緒に嘲られたように感じられた。朝の失礼な態度に続きこの嘲り、無礼にもほどがあると、顔を赤くして睨む。

 それを、フォルセティはなにも無いように受け流す。


 「――さあさあ、次はどっちが発表する?」


 中断した話を戻すようアールマティが促がす。


 「私がいくわ!」


 同じ緑の魔法師として、メフルザードの汚名を雪ぐべく鼻息荒くオミードが挙手する。


 「では、オミード」


 アールマティに名前を呼ばれ、少し緊張しながら立ち上がる。

 アールマティの視線を正面から受け、オミードは手に汗をかき、心臓が早鐘のように打つのを感じて緊張していることに気づく。魔法学校の卒業式で読んだ答辞でさえ、こんなに緊張しなかったと振り返る。そして、一度深呼吸してから、口を開いた。


 「魔法とは、自然界とのコミュニケーションだと思うの――」


 「ほう……」と、アールマティが感心した表情を浮かべ、続けるよう促がす。それに自信を得たオミードは、胸を反し言葉を続ける。


 「隠語を使って自然界に話しかけ、その力を借りて具象化させる事を指します」


 フォルセティが大きく口を開け、驚いた表情を浮かべる。それを横目で捉えたオミードは、してやったりと、心でガッツポーズを作る。――たが、すぐにそれが、賞賛の驚きでない事を知る。


 「……お前、言い方を変えただけで、俺と変わらないだろ、それ――」


 意外な人物から指摘され、オミードは慌てて言い訳をする。


 「そ、そんなことないわよ! あんたのは、ただ自然界に働きかけるって言っただけで、私は自然界とコミュニケーションを図るといったのよ。全然違うわよ!」


 言葉を紡げば紡ぐほど、メフルザードの指摘通りだと感じられた。それでも、なんとか言い逃れられないか言葉を探してみたが、焼け石に水だと気づき、しおらしく席についた。


 「……コミュニケーションっていう表現は良かった」


 アールマティのフォローが、ますます惨めな気分とさせた。


 「――それじゃ、最後はフォルセティだね」


 満を持したように咳払いしてから立ち上がる。そして、オミードとメフルザードを一瞥する。その顔には、自信が満ちていた。


 「あらゆる現象や事象には法則があり、それらが起きるためには、必ず必要な条件や物などが存在する。それらを理解したうえで、七行ごとに振り分けられた隠された言葉、つまり隠語を用いる事で現象や事象を操ることが出来る。それが魔法である」


 言い終えたフォルセティは、得意満面な顔で着席する。


 「……ねぇ、あれって要約したら私たちと同じこと言ってるわよね」


 「同じだな」


 「――いやッ、お前たちより深く意味を理解している事が、今の説明で分かっただろ!」


 「……そういうのを狡賢いっていうのよ」


 「一国の皇子とは思えないほど、姑息なやり方だ」


 「稚拙な弁論しかできないからって、嫉むのは止めてもらおうか!」


 「はぁあああッ? 小狡い弁論のどこに羨む要素があるっていうのよ!」


 「俺ほど器の大きな人間には、お前たちのようなこまごました弁論は必要ないということだ」


 「あんたのはただの大雑把っていうのよ! 何どさくさに紛れて正当化しようとしているのよ!」


 「まったくだ。貴様の漠然とした弁論と、僕の精巧な弁論を同じようにしてほしくないものだ!」


 「――あはははははは、子供っていうのは、仲良くなるのが早くていいねぇ」


 不毛な論争を繰り広げるなか、アールマティの笑い声が響く。


 「仲良くなんかない!!」


 異口同音で叫ぶ。


 「いやいや、やっと打ち解けたみたいで、私は嬉しいよ」


 涙が出るほど笑うアールマティに――


 「どこが打ち解けているんですか!?」と、またも、息を合わせたように異議を唱える。


 「――まぁ、答えはともかく、三人の性格がよくでた答えだったよ」


 笑いを収めたアールマティが、それぞれの顔を見渡しながら満足そうに見つめる。


 「メフルザードは、細かい事に頓着しない、意外に素直な性格だね」


 アールマティの判断に、オミードは否定的な顔を浮かべる。


 「そしてオミードは、協調性を大切にし、広く話を聞こうとする。ただ、決断の鈍さがあるように見受けられるね」


 メフルザードが何度も頷く。それに対して、オミードは怒りの視線を放つ。


 「最後にフォルセティは、分析力に優れ即断即決できるタイプ。だが、一歩間違えれば非情にみえるところがあるから気を付けた方がいいよ」


 「冷たそう~」と、フォルセティの性格を茶化すような視線をオミードが向ける。それを無視して、フォルセティは不満そうな表情を浮かべアールマティを見つめる。


 「僕たちの性格を診断するのが、魔法についての答えだったのか?」


 「それもあるが、若い者にこの世界がどうやってできて、どこに向かうかを考え、生きる指標として欲しいと思ってね。まぁ、単なる老婆心ってやつさ」


 ――おや? っとオミードは感じた。何か含みのある、自分の未来さきがみえているような、そんな憂いを含んでいるように思われ、胸が締め付けられた。


 「三人とも表現の違いだけで、魔法についての認識は旧来のままだ。私も古代文明の研究を始めるまでは、そう思っていた。だが、それは間違いだと知った――いや、すべてが間違いという訳でもない。メフルザードが言ったように、「自然に働きかけ思いを事象化する」それは同じだ。だけど、その考えが根本から違っていたのさ」


 一旦間をつくり、三人の反応を確かめる。

 三人は、理解に苦しむといった態で、目を丸くしていた。


 「そもそも、魔法を使用するために用いる隠語だが――従来の定義は、三人が言ったように自然界に働きかけるためのコミュニケーションだと考え教えられてきた。けど、それは間違いで、イメージづくりの為に必要な行為でしかなかったのさ」


 意味が分からないといった表情で、アールマティの話を聞く。先ほどまで眠そうにしていたメフルザードが、言葉の深淵を探るよう集中して聞き入る。


 「自然界に働きかけるんじゃなく、この世界に干渉――いや、操るといったほうが正しい、それが魔法で、私はそれを〝念動力〟とよんでいる」


 初めて聞く言葉に、全員が目を輝かせる。


 「よくわからないのだけど、その〝念動力〟と魔法はどう違うの?」


 「そうだね。……例えば――オミード、そこにある本を取ってくれないかい」


 少し離れた机の上にある茶色い背表紙の本を指さす。理解に苦しむっといった表情を浮かべ、オミードは茶色の背表紙の本を取りアールマティに渡す。


 「これが、今まで考えられていた魔法だ」


 「――え? 今のどこが……?」


 実際に動いたオミードが、驚きの声を上げる。


 「……そういうことか……」


 フォルセティがぽつりと呟く。


 「え!? 何が解ったの!?」


 「……でもそれじゃ、魔法とはなんだ?」


 一人考え込むフォルセティ。


 「一人で納得してないで、説明しなさいよ!」


 怒鳴るオミードを一瞥して、すぐに視線を落とし考え込む。

 あからさまな態度に、怒りが爆発寸前となる。

 そんなオミードを押しのけ、メフルザードが指を鳴らす。


 「口を割らない奴の相手は得意だ、まかせろ!」


 「待ちな! 私が説明するから大人しく座ってな」


 一触即発のムードを、アールマティの一喝が壊す。

 初めて聞いたアールマティの怒気を含んだ声に、全員が体を震わせる。これが、アールマティの真の姿の一端なのかと、オミードは感心して席に座る。


 「オミードに本を取らせたのは、今までの魔法の概念を解り易く説明したものなんだが、解りにくかったようだね。それじゃ改めて、さきほどやらせたことの説明をすると、オミードを自然に置き換え、「本を取って欲しい」を隠語とすると――解るだろ」


 オミードとメフルザードは目を輝かせる。だが、すぐに新たな疑問も浮かんだ。


 「――でもそれじゃ、私たちが使う魔法って、どういう仕組みになっているの?」


 それが解らないから、こうやって頭を悩ませているんだろう、と言いたそうにフォルセティが見つめる。


 「フフフ――自然界に働きかけるのではなく、直接操るのさ」


 そういったあと、アールマティが本を浮かせてみせた。


 「念じる事であらゆる事象を起こす。それを〝念動力〟という」


 言葉を切り、アールマティが様子を窺うと、三人は渋い顔をして考え込んでいた。


 「オミード、この本を浮かせるにはどうする?」


 「それは……そうね、風を操って本を浮かせるわ」


 実際に隠語を唱え、右手をかざし本を浮かせる。


 「そのイメージが大切なんだ。逆に言えばイメージできない事は出来ない。――例えば、隠語を唱えず、この机の脚を曲げることが出来るかい?」


 鉄製でできてた机を指差す。


 「そんな事、できないわ……」


 オミードが首を振る。その隣で、メフルザードが呟きながら手をかざす。


 ――だが、何も起きなかった。


 ほらね、と言った表情をオミードが浮かべる。それでも、メフルザードは机の脚を曲げる仕草を何度もおこなう。


 ――五分程経ったが、何も起きなかった。見かねたオミードが、諦めるよう言おうとした時だった。机の脚が少し曲がったのだ。それはほんの僅かな歪みだったが、それでもアールマティの言ったことを証明するには、充分な歪みであった。


 「やるじゃないかメフルザード。どんなイメージでやったんだい?」


 「言われた通り、脚が曲がるのを想像してみただけだ」


 うんうん、とアールマティが満足そうに頷く。それを見たオミードは、激しい嫉妬に心を燃やす。メフルザードに出来たのなら自分にも出来ると、机の脚を曲げる事に意識を集中する。

 息をするのを忘れるぐらい集中したが、それでも脚は曲がらなかった。

 やがて息がもたなくなり、精魂を使い果たしたように、椅子に身体を預けるよう座る。


 「オミードは、まだ半信半疑といったところだね。――いいかい、隠語は自分自身に暗示をかける行為でしかない。それを唱える事で、魔法が発動すると刷り込まれているにすぎないんだ。それをさっき、メフルザードが証明しただろ」


 そう諭しながら、隠語を唱えず曲がった机の脚を元に戻す。


 「練習すれば、魔法と同じように扱えるようになるよ」


 オミードは、まだ頭と心が整理できないでいた。隠語を唱えず魔法のようなことが出来るなんて――今まで信じてきたことが根底から覆され、足元が抜けるような心許ない気分に、恐ろしさを感じ自分の体を抱きしめる。


 「それで、昨日オミードが、転移魔法も理論を知ってしまえば誰でも扱えるのでは、と言ったけど、これがその答えさ」


 固定概念が、自由な思考の妨げとなる。知識として転移魔法の理論を知っても、本質的に理解していないと、転移魔法も〝念動力〟も扱えないのだと、この時オミードは理解した。

 同じように聞いていたフォルセティは、自らが魔法を扱えないので、オミードほどの衝撃を受けてはいなかったが、それでも、魔法に関する概念を改めようと感じ始めていた。


 そして、この日アールマティが話した魔法に関する概念が、オミードの将来、ひいてはパルシア王国全体に最厄としてもたらせるとは、この時の誰にも想像はできなかった。


次回  第十九話『謎の侵入者』

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