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緑の魔法師  作者: 葉月望
緑の魔法師 ~図南の鵬翼~
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第十五話『談話』

――前回のあらすじ


 ザルティオン帝国の皇太子であるフォルセティが、なぜ祖国から追われるようになったのか、その理由を知りとんでもないことに巻き込まれたと思う。


 大広間の中央に、一枚ものの樫の木でできたテーブルが置かれ、それを囲むよう六人の老若男女が淡々と食事をしていた。何処の家庭でも見ることのできる普通の光景だ。しかし、和やかな雰囲気とかけ離れた重い空気がテーブルの周りにまとわりついていて、喋ることが躊躇われるようなムードが漂っていた。その要因の一つに、ほとんどの者が初対面だということがあった。オミードと面識がある者といえば、幼い頃から面倒を見てもらっているヤムナと、お通夜のような食卓の雰囲気が良く似合うメフルザードぐらいである。残る三人のうち、オミードと歳は同じぐらいの少年がいるのだが、彼はパルシア王国と長年大陸の覇を競い合うザルティオン帝国の皇太子という立場で、気さくに話しかけにくい存在であった。また、彼の隣に座るブリュネットの髪をポニーテールに結んだ闊達そうな女性は、フォルセティを護衛する兵士でかなり腕の立つ魔法剣士であった。二人は敵国の人間で、そんな人たちと食卓を囲む違和感に戸惑うのは仕方がないことだが、それ以上にオミードを困惑させる人物がいた。その人物は数々の武勇伝を持ち、幼い頃から寝物語としてヤムナからよく聞いていたので、オミードにとっては憧れの存在である。その人が目の前にいて、同じ空気を吸い同じ食事を摂っているという現実に、感動が胸を満たし、とても食事がのどを通る状態ではなかった。それゆえ山のように積まれた料理を前に、少し嫌気が差していた。しかし、まったく食事に手を付けないのも作ってくれたヤムナやフレイヤに失礼だと思い、スープ類から手を付けることにした。スープは飲みやすく、気がつけば皿は空になっていた。次に食べやすそうな固形物を口にすることにした。すると、若い胃が刺激されたのか、思いのほか箸が進む。やがて箸が止まらなくなり、オミードは自分でも驚くほど食が進んだ。そのことに疑問を感じたが、すぐにその理由が分かった。さきほどまでザルティオン帝国の魔法師と激しい戦闘を繰り広げていたのだ。そのせいで体力の消耗は激しく、それを補う必要があった。

 食事を進めていくうちに、オミードはある事に気づく。味付けがいつもと違う料理があるのだ。それが、フレイヤの作った料理であることはすぐに分かった。

 なるほど、これがザルティオンの味付けか、と新しい味覚に舌鼓を打つ。


 「――いい食べっぷりだね。やっぱり、若者の食事はそうじゃないとね」


 満面の笑みを湛え、アールマティがオミード達の食べっぷりを称する。その言葉で冷静さを取り戻したオミードは、トマトのように顔を赤くする。その横で、食器をこすり合わす耳障りな音をたてながら料理に食らいつくメフルザードの姿があった。いつもの陰鬱な雰囲気とは違い食事をする姿は活発な少年ぽい、と感じさせるほどの食べっぷりに、それほどお腹を空かせていたのか、とオミードも共感する。その時、視線を感じてふと顔を上げる。そこには、口の端を上げバカにしたような笑みを浮かべるフォルセティの顔があった。その表情を見た瞬間、頭に血が上ったオミードが何か言おうと口を開きかけた時だった。


 「ほら、フォルセティもあれぐらい食べな。次期皇帝になろうって男が、そんな線の細い食事をしていたら家臣に侮られるよ」


 「そうです殿下! モリモリ食べ、体を鍛え、誰もが羨む筋肉を手に入れて、帝国を逞しくなられた腕で導いて下さい!」


 アールマティとフレイヤの二人がかりで攻めたてられたフォルセティは、口をへの字にして料理を睨む。だが、すぐに顔を上げオミードを見る。その表情が狼狽えたものだったので、さっきの仕返しといわんばかりに、オミードは口の端を上げ笑ってみせた。その途端、フォルセティは眉を吊り上げる。そして、荒々しくスプーンを握るとやけくそな態で料理に食らいついた。その姿をアールマティとフレイヤは満足気に目を細め見つめる。

 お通夜のようだった食事の場に活気が満ち、三人の若者が競い合うように食事を進める。それを年長者たちは嬉しそうに見つめ、自分たちも食事を進めた。

 テーブルに山と積まれていた豪勢な料理が瞬く間に片付き、オミードとメフルザードは満足気にお腹をさすっていた。それとは対照的に、フォルセティは虚ろな目で口元を押さえ苦しそうに俯く。


 「さあ、オミードとメフルザードは、旅の汚れを落としてきな」


 ワイングラスに酒を注ぎながら、アールマティが声をかける。


 「それじゃ」


 メフルザードが立ちあがる。


 「はぁッ!? なんであんたが一番風呂なのよ。大叔母様に決まっているでしょ!」


 「いや、わたしはまだ飲んでいるから、先にお前たちが入りな」


 そういわれては、先に入るしかなかった。そこで、誰が先に入るかメフルザードとフォルセティと相談しようと振り返る。だが、そこにはすでにメフルザードの姿はなかった。どうやらオミードが逡巡している間に、風呂場へと向かったあとだった。


 「……あいつめ~」


 オミードは、メラメラと燃える炎を背負うような怒りの形相を浮かべる。だがすぐに、怒りを収めテーブルの方へと体を向けた。


 「殿下はいいの!?」


 「………………僕は、まだいい……」


 フォルセティの反応は鈍かった。少しでもお腹が楽になるよう椅子に深く腰掛け天を仰いでいた。その様子に、今は動ける状態でない事を察したオミードは、嫌々ながらもメフルザードの後に入る事とした。




 深紺の帳が山全体を覆い、空には競い合うように星が輝いていた。それはとても幻想的な煌めきで、その余波が窓から差し込む。その光につられるようオミードが空を見上げる。眼前に広がる光景に感嘆の吐息を漏らす。

 吸い込まれるよう仰ぎ見るオミードの首筋に、うっすらと汗が浮き、風呂で温まった体がほんのりと赤く染まっていた。体の水分をタオルで拭い、温まった体が冷える前に目的を果たそうと、星々の光の競演から名残惜しそうに視線を外し歩き出す。オミードのつま先の向く方向には、食堂があった。そこにいるであろうアールマティに会うのが目的である。

 食堂の扉は閉ざされていたので、軽くノックをしてから開け入る。山のように積まれていた食器類は綺麗に片づけられ、誰もいない食堂はガランとしていてうすら寒く感じられた。まだアールマティがいるとおもっていたオミードは、当てが外れ少し落胆していたが、ご機嫌な鼻歌が鼓膜を揺すった。


 「――ヤムナ、大伯母様どこにいったの?」


 食器を洗う音と鼻歌が止むと、ヤムナが満面の笑顔を浮かべ厨房から覗く。


 「確か、研究室にもどるとおっしゃっていましたよ」


 「ありがとう」と、食堂を後にしようとしたオミードが、ふと振り返る。


 こんなにも上機嫌なヤムナを見るのはいつ以来だろう、そんな思いが頭をよぎる。すると、心に何か靄のような得体の知れないモヤモヤした感覚が広がるのを覚えた。それがなんなのか、深く考えることをしなかった。今はアールマティとの会話が楽しみで、他のことを考える余裕がなかった。飛び出すように食堂を出たオミードは、一目散で研究室に向かい、その扉をノックする。


 「――入りな」


 柔和な声色が扉越しに聞こえ、おずおずと扉を開く。中に入りまず目に飛び込んできたのは、双四角錐の水晶だ。それは、王都にある大図書館の双四角錐の縮小版のようであった。水晶から放たれる淡い光を頼りに本を読むアールマティの姿を見つける。その双眸には銀色の縁の眼鏡を掛け、黒い革張りのリクライニングチェア―にゆったりと腰かけていた。


 「――お風呂に入ってきたのかい?」


 「ええ、気持ちよかったわ」


 オミードの答えに、双眸を崩し微笑む。


 「確か、この奥に椅子が置いてあったはず……」


 アールマティが立ち上がろうとしたので、それを制止したオミードは自ら椅子を取りに行く。

 アールマティから少し離れた場所に椅子を置き、ちょこんと座る。そんな二人の間に、ぎこちない雰囲気が漂っていた。親族でありながら今まで会えなかったのが、そうさせているようだ。オミードとしては、もっと気さくに話しかけたいのだが、緊張や憧れなど様々な感情が思考の妨げとなり、何も思い浮かばずにいた。必死に話題を探していたオミードの目に、アールマティが読んでいる本をみとめる。


 「紙の本なんて珍しい」


 「ああこれかい。魔術組式プログラムを組んだ私が、今更紙の本なんておかしいだろ?」


 微笑を浮かべるアールマティに、オミードは首を振って否定する。


 「何の本を読んでるの?」


 「フィロンが書いた『実在した超古代文明』だよ」


 フィロンとは、今から五十年前にいた魔法学者で、考古学者の異端児と呼ばれる人物である。なぜ彼が異端児と呼ばれるのか、それは彼が書いた論文が世界を騒然とさせ、その反響の大きさとあまりにも胡散臭い内容からそう呼ばれるようになったのだ。

 ではなぜ彼が、そんな論文を書いたのか。――それは、ある発見がきっかけだった。

 それが発見されたのは、ザルティオン帝国領にある高山、名前をナーストレンド山という。そこは文明発祥の地とされる場所にあり、ザルティオン人ならずすべての人々が崇める聖山であった。だが、時代が進むにつれ各国の王は自分たちの先祖を祀るようになり、ナーストレンド山はザルティオン人だけの聖山となっていった。それでも考古学者たちにとってナーストレンド山は、貴重な遺物が眠る研究対象の聖山であり続けた。その聖山にフィロン率いる研究隊が発掘に入り、頂上付近で氷漬けとなっていた遺物を発見したのだ。その遺物は二十五メートルほどある鉄を加工した物で、それがかつて天才考古学者ピルレイが提唱した五万年前にあったとされる古代の機械文明の遺物の一部であると彼は確信を持ち、それを引っ提げ世界考古学会に挑んだ。そこでフォロンは、この遺物がピルレイの提唱した機械文明の存在を裏付ける証拠であると発表した。しかし、考古学会からすぐにニセモノと断定され、偽証したとしてフィロンは考古学会から追放されたのだ。それでもフィロンは自分の発見したものは本物だと言い続け、それを本として出版した。その本は、一部のファンから聖書として崇められ、五十年経った今でも語り継がれていた。


 「そうだわ! 去年、シラズ州でそれらしいものを見たわ!」


 それはオミードが緑の魔法師となって最初に取り組んだ〝連続殺人事件〟の調査で訪れたシラズ州の地下深くにあった超古代文明の遺跡の事であった。それに関連した〝カク〟の存在や超古代文明の遺産ともいえる魔法と機械の融合体であるハーミとの出会いを、オミードは事細かく話してきかせた。

 聞き終えたアールマティは腕を組み、何かを思案するように黙る。それをオミードはしげしげと見つめる。


 「――で、その地下都市跡は、〝カク〟によって消滅したんだね?」


 「最後まで確認していないけど、おそらく……」


 「そして、ハーミもいなくなったと」


 「ええ、ああするしかなかったの……」


 ガッカリしている様子のアールマティを見て、オミードは申し訳なさそうに俯く。


 「いや、責めている訳じゃないんよ。あんたの決断は間違っていない。――まぁ、見てみたかったという気持ちは確かにあるがね……」


 オミードを気遣うように微笑を浮かべたあと、思案するように右手で顎をつまむ。その仕草を見たオミードは、それが自分と同じ癖である事が嬉しく胸に暖かいものが広がるのを感じた。

 ――コンコン、と二人の時間に水を差すよう扉をノックする音が響く。


 「……入ってきな」


 アールマティが声をかける。ゆっくりと扉が開き、そこから陰鬱な雰囲気をまとったメルフザードが、敵意を剥き出しで現れた。その姿をみるなり、オミードは苦々しい表情を浮かべ背を向ける。それがメフルザードの視線を引きつけた。


 「やっぱりいたか」


 「私を探していたの!?」


 「いや……そこのばあさんに……な」


 と、視線を移す。


 「――ったく、ウルスラグナは教育ってものがなっていないね!」


 強めに本を閉じる。その音に、オミードとメフルザードは体を強張らせた。薄暗い部屋に重いものが動く鈍い音が響く。その正体が分かった二人は、素早く戦闘態勢に入る。そんな二人の視線の先に、まるで壁が押し迫ったかのような圧迫感をともない漆黒の鎧が迫る。


 「面白い! ザルティオンの魔法師をやった実力をみせてもらおうか!」


 メフルザードは嬉々とした表情を浮かべ隠語を唱える。

 こんな狭い場所で魔法を放つなんて、正気の沙汰ではない。だが、相手はあのメフルザードである、そんな常識が通じる相手でない事は、一年近い付き合いで身に染みて分かっていた。言葉じゃなく実力で阻止しようとオミードは動いた。その瞬間、暖かい温もりに腕を掴まれ振り返る。すると、イタズラを企てる少年のような笑みを湛えたアールマティと目が合う。この大伯母は、また何かを計画しているのか、とその表情で読み取った。しかし、どんな計画があるにしても、大伯母はメフルザードの無茶苦茶ぶりを計算に入れていないはず、屋敷が壊される前にやめるよう進言しようとした。すると、ウインクして様子を見るよう促がしてきた。一瞬逡巡したオミードだが、この偉大な大伯母が企てているのだから漏れはないだろう、と思い黙って成り行きを見守ることにした。

 アールマティの目論みを知ってか知らずか、メフルザードはカマイタチを作り出し、漆黒の騎士に斬りかかった。鼓膜を突き刺すような甲高い音が部屋中にこだます。それと同時に、メフルザードの作り出したカマイタチは漆黒の騎士の前で弾けるように消えた。それを見たメフルザードは、少し驚いた表情を浮かべる。鉄の塊に魔法防御結界が張れるはずがない。ならば、アールマティが防御結界を張ったのかと思い振り返る。そこには、椅子に座ったままニヤニヤした笑みを湛えるアールマティの姿があった。あからさまな挑発的態度に苛立ちを覚えたが、頭を殴られた事を思い出し冷静さを取り戻す。そのお蔭で、アールマティが防御結界を張ったのではないと理解する。そうなると、考えられるのは漆黒の鎧の下に、魔法防御用水晶が嵌められているのだろう、と推測ができた。分かってしまえばなんてことはないトリックだが、初見の相手には有効な手段であることを認める。だが、所詮は水晶に込められた魔法の力、それ以上の力の前では児戯に等しい。ならば、上位魔法で粉砕するだけだ、とさらに強力な魔法を放とうとした。


 「やっぱりあのバカ、熱くなって!」


 危惧したことが現実となり、オミードは慌てて止めに入ろうとした。その眼前で――

 ゴン! という文字が浮かびそうなほどの重く鈍い音が響く。漆黒の騎士の拳が、メフルザードの魔法より早くその頭を捉えたのだ。


 「あははは。坊や、目上に対する口の利き方に気を付けないとこうなるんだよ」


 アールマティが大きな口をあけて笑う。それとは対照的に、オミードは何度も目を瞬かせる。ふつうは魔法師が隠語を唱えはじめたら防御魔法を唱えるか、逃げだすか、が魔法師との戦い方である。詠唱状態に入った魔法師の前に飛び出す行為は、今にも爆発する場所に足を踏み入れる自殺行為でしかない。しかし、メフルザードが相手にしたのは感情を持つ人間ではなく、ただの鉄の塊であった。その認識の差が、この結果となったのだ、と一歩離れた場所から観ていたオミードはそう分析する。だが、もし自分がメフルザードと同じ立場なら、同じミスをしていただろう、とも思えた。

 王国の至宝と讃えられる緑の魔法師であるメフルザードを見下ろすよう悠然と立つ漆黒の騎士。その姿に、オミードは背筋に冷たいものを感じる。これは、新しい時代の幕開けであり、魔法師の凋落の前触れではないのだろうか、そんな恐ろしさがあるように思われた。

 まだ見ぬ未来に冷や汗をかくオミードの耳に、けたたましい音が刺すように響いた。


 「大丈夫ですか、師匠!」


 扉を壊すほどの勢いで現れたのは、白皙の身体にバスタオル一枚だけ巻いた姿のフレイヤだった。どうやらメフルザードが放ったカマイタチの音に、敵襲と勘違いして現れたのだろう。その証拠に、彼女の白皙の肌は濡れ、アップに纏めた髪の毛から水がしたたり落ち床を水浸しにしていた。

 そんなフレイヤの格好に、アールマティとオミードは唖然とした様子で見つめる。


 「――あれ? 凄い音がしたんですけど……?」


 部屋の中が、特に荒れている様子もなかったので首をかしげる。


 「教育的指導を施しただけさ。……それより、なんて格好だい」


 「――これは、お風呂に入っていたんですが、大きな音がしたので賊の侵入かと思い、急いできました」


 ほっそりとしていながらも肉付きのよい太ももがバスタオルの隙間から伸び、ふっくらした胸がバスタオルを押しのけんばかりに主張していた。


 「大丈夫だから、さっさと戻りな!」


 まるで動物をあしらうかのような手つきで追い払う。そんな扱いを受けても、フレイヤは行儀よく頭を下げ出て行った。

 静けさが戻った部屋にアールマティの咳ばらいが響く。


 「――さて、まだ指導はいるかい?」


 フレイヤの乱入でおかしくなった空気を引き締めるよう強めに言葉を発する。


 「……いや、それより、こいつについて聞かせて欲しい」


 痛む頭を擦りながら、メフルザードが左手で指示したのは漆黒の騎士だった。


 「それに興味を持つって、男の子だねぇ」


 アールマティの揶揄に、メフルザードは無表情で視線を逸らす。


 「それはゴーレムじゃないんだよ」


 その言葉に、メフルザードだけじゃなくオミードも驚く。そして、それを確認するよう、まじまじと漆黒の騎士を見つめる。


 「中は空洞で、鉄の鎧だけでできているのさ。目の部分に嵌められている水晶を通して、こいつが見たものをこの水晶に映し遠隔で操作するものさ」


 漆喰が塗られたタンスから、人の頭ほどはある黒い水晶を取り出してテーブルの上に置く。


 「なるほどな……中身がないからこそ、鎧の内側に魔力を溜めた水晶を嵌めれるということか」


 「正解だ。そうすることで、魔法防御用水晶を嵌めるスペースが確保できている」


 「その魔力はどうやって補充しているの?」


 疑問を口にしたのはオミードであった。


 「あんたたちが来る前にやっていたよ」


 そう言われても、それらしいことをしていた様子はなかった。そこで、もう一度観察してみる。確か、アールマティは椅子に座り本を読んでいた。それでどうやって、と思ったとき足元にある物に気づく。それは女性ほどの細い黒いパイプで、アールマティの座っていた椅子から鎧の騎士が立っている台座まで伸びていた。オミードはすぐにそれが何か理解したが、それがあまりにも想像の範疇外の行為なので、ただただ口を開け驚く。

 そう、アールマティは読書をしながら鎧の騎士たちの魔力を補充をしていたのだ。それがいかに大変な事か、魔法師なら誰もが理解できた。鎧に嵌められている水晶は、おそらく五行の魔法防御用と暗黒系と光系の魔法防御用水晶の計七つ、それが二体あるのだから合計十四個となる。それらに魔力を注入するとなると、一体だけでも上位魔法師が一人動けなくなるほどの魔力が必要であった。それをアールマティは一人で二体分を補充するのだ。しかも、読書をしながら。その事実に、アールマティの規格外の魔力量は、とても同じ人間ではないように感じられ、畏怖と憧憬しょうけいの気持ちが心に湧き震える。それはメフルザードも同じようで、口を開け体を震わせていた。

 そこに、扉をノックする音が響く。


 「なんだいフレイヤ、まだ用事があるのかい?」


 アールマティが不愉快そうに答える。

 今度は静々と扉が開く。フレイヤではないのかな? とオミードが疑問に感じた時、扉の隙間から金髪のくせ毛が覗くのがみえた。


 「僕だけど、入っていいか?」


 恐る恐る顔を出したのは、ザルティオン帝国の皇太子フォルセティであった。アールマティは相好そうごうを崩し頷く。

 オミードに三人分の椅子を用意させ、アールマティの前に座らせる。三人の年齢を足してもアールマティには届かないほどの若者たちを前に、満足そうな微笑を湛える。はたからみれば、まるで小さな私塾ようであった。


 「――さて、まずは、さっきオミードが言った地下都市の話だが……」


 メフルザードが、何のことだ、といった視線をオミードに向ける。


 「シラズ州で見た地下の廃墟の事よ」


 「ああ……」


 「メフルザードも見たのかい?」


 「薄暗かったが、荒廃した街が確かにあった」


 「――ふむ。荒廃した街に、〝カク〟のようなもの……私の仮説は間違いなかったかぁ……」


 「僕にもわかるよう話してもらえないか」


 疎外感を覚えたフォルセティが、少し声を荒げ会話に加わる。その言葉を受け、アールマティは満を持したように少し身を乗り出す。


 「そうさね、今から世界の成り立ちについて話してやろう。――先に言っとくが、これはあくまでも私の仮説で、まだ確証のない話だけど、いいかい?」


 三人は目を輝かせ頷く。それを、満足気に見つめたアールマティが、滔々と語り始めた。


次回  第十六話『魔法の成り立ち』

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