第十三話『アールマティの研究室』
――前回のあらすじ
伝説の緑の魔法師アールマティと会ったオミード達は、早速凄さの片鱗を垣間見る。それは、今まで不可能だといわれてきた転移魔法を、アールマティが完成させていたことを知る。
その理論を説明されるが、さっぱり理解できなかった二人は、しぶしぶと家に向かう。
女が玄関の扉を壊さんばかりに開け入ってきた。その女は、紫水晶色の瞳と紅潮した卵形の顔を忙しなく動かし辺りを見渡す。その度に、銀色の髪留めで留めた肩甲骨まで届くブリュネット色のポニーテールがフサフサと揺れていた。
「フォルセティ皇子! 師匠! どこですかーーー!?」
耳の奥が痛くなるほどの甲高い声で喚く。
オミードは、この女が何者か探るように見つめる。女は紺色のタイトな服に鈍い光を放つライトアーマーを付け、短めのワインレッドのプリーツスカートに、黒色のレギンスを穿いた闊達そうな雰囲気をしていた。ブーツは動きやすさを重点に置いたくるぶしまでの茶色ものを履き、服装はパルシア王国のものではない事が分かった。さらに女を観察して、その肉体にも注目した。スラリと伸びた四肢に、華奢だがしっかりと筋肉の付いた鍛え上げられている体だと服の上からでも窺い知れた。丸みを帯びた腰には、美しく細工されたレイピアを佩刀していて、それはとても一般人が持てる代物ではないと、一目でわかるほどであった。
オミードは、ますますこの女の正体に興味を持った。
その時、女の紫水晶色の瞳と視線が合う。すると、女は大袈裟なほど驚いた表情を浮かべ、体を固まらせる。
だがすぐに、目を吊り上げ体を震わせた。
「皇子を連れていかせないぞおおおお!」
腰のレイピアを抜き隠語を唱える。銀色に輝くレイピアの刀身に、青白い閃光を放つイカヅチが絡みつく。それはまるで、女の怒りを体現するかのように危険な咆哮を上げていた。
オミードは女の怒りにも驚いたが、それよりも魔法を操る事にもっと驚いた。パルシア王国では、刀剣類を帯刀している者は魔法が扱えないと見なされていたからだ。
だが、この女は違った。やはり、この女もザルティオン帝国の兵士か、とオミードが思考を進めた時、女は凶悪な輝きを放つレイピアを振りかぶり襲い掛かってきた。
オミードは一瞬判断に迷った。向かって来る女は、おそらくフォルセティの護衛でアールマティの客人だろう。そんな相手と戦い怪我をさせていいものかと。しかし、何もしなければイカヅチを宿したレイピアに貫かれ命を落とす。オミードほどの魔法師に、死を連想させるほどの使い手であった。
「――やれやれ、本当に騒がしい奴だねぇ」
アールマティが一歩踏み出し、右手を水平に払う。すると、渦を巻いた風が女の腹部に直撃した。嗚咽を漏らし、女が吹き飛ばされる。
壁に激突すると思われた瞬間、一回転して着地する。
あれだけの攻撃を受けても平気なのか、とオミードは感嘆した。
だが、女は跪いたまま激しく咳き込む。それでも、レイピアを握り直し顔を上げる。その顔からは、戦意が失われていなかった。
咳き込んだまま、アールマティに何か抗議したそうにしていた。
それをアールマティが冷ややかな視線で見つめる。
「少しは落ち着きなフレイヤ……」と、嘆息をつき見下ろす。
それでも、女の眼光は戦意を喪失していなかった。
僅かなやりとりだが、落ち着きのない女だと感じた。それと、もう一つ気になる事があった。それは、この女の言ったセリフだ。確かフォルセティのことを〝皇子〟と呼んでいた。それが本当なら、尋常ならざる状況に自分たちは立ち入ったのだと身震いする。
「いいかいフレイヤ。この子は、私の大姪でオミードっていうんだ。そして、この子は仲間のメフルザード。私の客だよ」
「……はぁはぁ……。師匠の御親族でしたか……大変失礼しました。私はザルティオン帝国宮殿騎士団所属のフレイヤと申します。今はそちらのフォルセティ皇子の護衛をしています」
「このバカ……」と、アールマティは天を仰ぐ。
自分がフォルセティの正体をばらしたとは気づいていないフレイヤは、騎士らしく毅然とした態度を貫いていた。
「大伯母様、これはどういうこと!?」
「――ええい! 話は全部後だ! まず先に、オミードの腕の件を済ませるよ」
有無を言うわせぬようアールマティが言い放つ。
それに対して、オミードを含め全員が不満げな表情を浮かべた。
それを毅然と受け止めるアールマティ。
ピリっとした緊張感が、玄関ホールに漂う。
アールマティに、折れる気がないと察したオミードは、小さなため息を吐いてから頷いた。それに倣うよう、他の者も頷いた。
しかめっ面をしていたアールマティが、相好を崩す。
「それじゃフレイヤは、厨房にいるヤムナと協力して夕餉の支度をしな」
「師匠の御親族に、最大限のおもてなしを披露しましょう」
敬礼で挨拶すると、踵を返し颯爽と厨房へ向かった。
オミードはその後姿を見つめながら、この人は直情的で感情的ではあるが良い人なんだと、フレイヤのことをそう分析する。
「――あんたたちは、付いてきな」
――アールマティは若者三人を引きつれ、書斎のある扉をくぐった。
なかは真っ暗で、一寸先も見えない程であった。
オミードが魔法で明かりをつくろうとした。それより先にアールマティが指を鳴らす。すると、天井の隅に配されていた水晶から煌々とした明かりが灯る。
一瞬で視界が良好となった。憧れのアールマティの書斎とあって、オミードは興味津々の態で辺りを見渡す。すると、重厚な二つの影が圧迫するよう傍に立っていた。
「――えッ!?」
と、オミードは小さな悲鳴をあげる。それに反応してメフルザードが臨戦態勢をとる。
が、すぐに臨戦態勢を解いた。
そこにいたのは、漆黒の騎士と深紅の騎士が壁に寄り添うように立っていた。
正体が分かり、ほっと胸を撫で下ろす。
そんなオミードを、「クックッ……」と、笑いをかみ殺し見つめるメフルザード。
それに気付いたオミードは、恥ずかしくなり視線を外す。するとその先に、金髪のくせ毛を小さく揺らして笑うフォルセティの姿をみとめる。
怒りと恥ずかしさで複雑に歪む表情を浮かべながら、隣国の皇太子を観察する。
逃避行中だと思われる皇子の外見は、女の子でも通じそうなほど色は白く、まつ毛は長く、整った顔をしていた。だが、その柔和な外見とは裏腹に、フォルセティから放たれる眼光の強さは、決して他者に屈する事のない気丈さと、生まれながらの王者の輝きを持っているようであった。
「さてさてさて……ババクとの連絡用水晶はどれだったかな……」
独り言を発しながら、アールマティは広々とした部屋の中央に向かって歩く。
そこには、王都の大図書館に納められている巨大な双四角錐の縮小版のような水晶が、煌びやかな輝きを放ち鎮座していた。その傍らには、ふかふかした白い革張りのリクライニングチェアが置かれていた。
その椅子には腰をかけず、アールマティは立ったまま双四角錐を操作していた。
他に何かないか、オミードは視線を動かしてみたが、入り口近くにいる二体のゴーレム以外は何もなかった。
研究室というわりに、それらしいものがなくて落胆する。この現状を見るまで、オミードは勝手なイメージをもっていた。それは、一面に本が詰まれ、もっとゴチャゴチャしている部屋を想像していたのだが、現実はイメージとかけ離れ、整然と片付き、必要最低限の物しか置いていない殺風景と評していい部屋であった。
期待が外れ肩を落とす。だが、すぐに思い直した。あのアールマティだ、おいそれと貴重な研究物を発見させるようにしていないのかもしれない、と新たな期待に胸を膨らませた。そこで、さらに部屋を観察してみることにした。すると、ゴーレム達の横に扉を発見する。それは上下に開閉する仕様で、大きさはゴーレムが通るには充分の大きさだったので、そこから出入りしているのだろう。さらに観察していると、オミード達が入ってきた扉の向かいに、新たな扉を見つける。その先が本当の研究室ではないかと、オミードは勝手な想像そして興奮する。
「――あったあった!」
アールマティが急に声を上げたので、オミードは少し驚き、そちらに視線を戻す。
双四角錐から拳ほどの大きさはある四角いでっばりが現れていた。それを取り出し机の上に置く。虹色の輝きを放つ四角い水晶が、ババクとの連絡用らしい。
「――さて、オミードや腕を見せな」
手招きで呼ばれ、しずしずと近づきアールマティの前に立つ。
ずっと憧れ、逢いたかったアールマティを前にして、オミードの手は汗で滲んでいた。緊張を気づかれないよう毅然と振る舞うだけで精一杯だった。
そんなオミードの努力を気にせず、アールマティは袖を捲る。
それを見たフォルセティが激しく目を背ける。そこには、上腕から下がなく、残った部分から五センチほどが紫紺に染まり、無数の亀裂が崩壊の凄まじさを物語っていた。
「……ふむ。聞いていた通りの症状だね」
醜悪な傷を前にしても、アールマティは眉ひとつ動かさずじっくり検分する。その姿に、さすがはあの〝氷の淑女〟と言われる理知至上主義のスタテイラの師だと感心する。
オミードの腕の状態を確認してから、机の上に置かれている水晶を操作する。
待っている間、メフルザードはゴーレムをまじまじと眺めていた。その姿は、新しいおもちゃを物欲しそうにみつめる子供ようであった。
フォルセティ皇子は、部屋の中央で煌びやかに輝く双四角錐を、メフルザードと同じような瞳で眺めていた。男たちが、それぞれ興味のある物に視線を向けているころ、オミードはさらに奥にある部屋の存在が気になっていた。あそこに、アールマティが今まで研究してきた数々の資料が保管されているのかと思うと、手に取って観てみたいと思っていた。
『――なんだ。私は忙しいのだが』
双四角錐から、気怠そうなか細い男の声が聴こえてきた。
「ずいぶん偉そうな口を利くじゃないかババク」
『…………別に、事実を端的に言ったまでだ』
「また今度、しっかり教育しなおしてやったほうがいいみたいだね」
その言葉に、水晶越しだがババクが動揺しているのが分かった。
ババクといえば、世界中から引く手数多な権威のある魔法学者である。それを言葉だけで動揺させるアールマティの発言力の高さに、オミードはますます羨望の眼差しを向ける。
ところで魔法学者とは、新しい魔法具や魔法の研究をする人たちのことを指す。その資格を得るには、国際規定にある試験に合格しなければならない。それに合格して、三級魔法学者の資格を得る。そこから二級、一級と段階的に昇級していく。昇級方法は、難関な試験をクリアしていくしかない。その難しさは、一級魔法学者が世界に千人しかいないということだけでも窺い知れるだろう。それほど難しい一級魔法学者のさらに上位にあるのが、特等級魔法学者である。その資格を手に出来るのは、一級魔法学者の中でも特に優れた実績や功績を納め、国際学者会議で認められた者だけが特等級魔法学者になれるのである。
現在、世界で五人の特等級学者の資格がいる。その中にアールマティの名前はなかった。数々の資格を持つアールマティだが、魔法学者は持っていなかった。アールマティの実力なら充分持てるのだが、本人曰く「別に必要ない」と、一刀両断で言い捨てていた。他の誰かの発言なら、負け惜しみと取られてもしかたのない発言だが、それを言ったのがアールマティなら、そうなのだろうと納得させてしまう。実際、魔法学者の資格を取る者の理由のほとんどが似たようなものであった。それは、どこかの学校、企業への就職や、研究の支援をしてくれる人や団体から資金を得るためであった。
アールマティに関しては、すべての条件をすでに手に入れていた。そのため魔法学者としての資格を特に必要としなかった。仮に魔法学者の資格を取っていたら、特等級魔法学者は世界に六人となっていただろう。
話がそれたが、そんな偉い魔法学者のババクをアゴで使えるアールマティのデタラメな凄さに、全員が苦笑いを浮かべて見つめていた。
『…………それで、何の用事だ?』
間があったのは、おそらくため息を吐いていたのだろうと、オミードは推測した。水晶での連絡なら映像でやりとりするのが普通だが、なぜ音声のみでやりとりしているのか疑問に思っていたが、なるほど、映像があったのでは表情や仕草を見られ、文句を言われると分かっていたのだ。それを避ける為の常套手段なのだろう。
「――あの強引さ、さすがはお前の血縁だな」
メフルザードがオミードの耳元で囁く。
その言葉に、オミードは「黙れ」という思いを込め睨む。不敵な笑みを浮かべながら、メフルザードは肩をすくめる。その間も、アールマティとババクの会話は進んでいた。
「私の大姪が、左腕を失くして困っているんだ」
『暗黒魔法か』
「ああ」
『サイズは?』
オミードに前倣えをさせ、腕のサイズを図った。
それをババクに告げる。
『…………今、手持ちにないな。一か月は待ってもらわないと』
「三日で仕上げな!」
全員が口を開け驚く。いくらなんでも無茶無茶な注文だと――
「大伯母様、私は大丈夫、一か月ぐらい待ちますから」
気を使いオミードが口添えする。
アールマティは、悪巧みを企てている子供のように笑みを浮かべる。
「私の大姪が左腕を失くして、死にそうなぐらい落ち込んでいるんだよ! お前には良心がないのかい!? それとも……」
あきらかな嘘だが、迫真の演技で相手の良心に訴える。それと、切り札のように言った言葉が、オミードには気になった。
長い沈黙の末、ババクはようやく口を開いた。
『――一週間で仕上げよう』
嘆息交じりの言葉に、全員が気の毒だと感じた。
「私は三日と言ったんだ! 三日で届けな!」
さすがに無茶な要求だと、全員が眉をひそめる。義手をつけてもらうオミードにとってこの交渉は、針のむしろに立たされている気分で居心地が悪かった。
『…………ッ』
「あいつ、通信切りやがった! もし三日後に届かなかったら、八つ裂きにしてくれる……」
恐ろしい形相で通信用の水晶を睨む。
「……あのぉ、大伯母様、私いつでもかまわないので……」
「いや、私の方に用事があってね……」
そう言うと、金髪の美少年フォルセティの方をチラリと見る。
次回 第十四話『遺恨と経緯』




