第八話『謎の男たち』
――前回のあらすじ
絨毯にまたがり、暗殺者集団から逃れるオミード達だが、どうやらある場所に誘導されている事を察する。
そして、その場所で罠にはまり、地下から吹き上げるマグマに飲まれたオミード達であった。
――まるで、宝石箱をひっくり返したかのような星々の輝きが、夜空に浮かぶ。手を伸ばせば届きそうなほどの高度を、黒い影が漂うよう飛行していた。
「――ったく、死ぬかと思ったちゅーねん」
満天の星空にため息がかかるのでは、と思うほどの大きな息を絨毯が吐く。
「さすがはお嬢様です。敵の作戦を察して、火系の魔法に対して風の防御壁を作って、一時的にマグマの熱を凌ぎ、マグマの噴出する力を利用して、一気に上空に脱出なさるとは感服しました」
目を輝かせヤムナがオミードを褒め称える。そのお世辞にオミードは不機嫌な顔をしていた。
「あんな、見え透いた罠に引っかかるわけないでしょ。人をバカにしてるわ」
「そんな事ないやろ? 準備万端で待ち構えていたんやから」
絨毯の言葉に、オミードはじとりとした目で見る。何か、まずいことを言ったのかと思い、絨毯は体を震わせる。
「……いい。まずは、あの見え透いた誘導が第一の失敗なの――」
可愛らしい人差し指を立てて説明を始める。
「次にクレーターに敷かれていた魔法陣の反応。そして、賊の魔法師たちが使った土系の魔法など、どれも稚拙な布石だわ。だいたい、空を飛んでいる相手に土系の魔法なんて、次の魔法の布石ってすぐ分かるでしょうに――で、やっぱり地面から火系のマグマ。土系の魔法に対して風の魔法で対応させてからの属性相剋の火系の魔法……。その火系属性相剋の水系魔法を使わせないために特定属性封じの陣を引き、水系の魔法を発動させないようにしていた。魔法警備訓練校の教科書にでも載っているような基本的な連携魔法程度のレベルで、私を倒せると思っていたなんて、ほんとバカにしてるわ!」
「……でもよ、敵が舐めてたから、助かったんちゃうの?」
絨毯の発言を、オミードは睨んで黙らせる。
だが、絨毯の言うとおりでもあった。賊がオミードを舐めてかからず、もっと巧妙に罠を仕掛けてきていたら、もしかしたら殺されていたかもしれなかった。そう思うと、複雑な気分にオミードは捉われた。
「このまま飛んでいたら見つかるかもしれないから、一旦降りましょう」
オミードに言われ、絨毯は降下していく。
「――なによ、これ……?」
オミードは降り立つなり顔をしかめた。
そこには、建設中に余ったであろう資材の破片や街のゴミなど、そこらかしこに捨てられていた。総督府や州都周辺は綺麗に区画整備され、清掃も行き届いていたが、少し離れた場所は汚しても構わないと考えている証左であった。この無神経さは、そのまま街を治める人間の人格を浮き彫りにしているのだろう。呆れと怒りの気持ちが、沸々と湧き上がってきた。
「お前達、ここへ何しに来た?」
瓦礫の影から、十名ほどの男が、オミードたちを囲むよう姿を現した。ヤムナは素早くオミードの背後に回る。これで背後は気にしなくてよくなったオミードは、男たちを観察した。服装はバラバラで、チームといった様相ではなかった。概ねこの辺りを縄張りにしている不良グループといったところだろうか、とオミードは推察する。
オミードらを取り囲んでいる輪から、男が一人前に出てきた。その男は二十代前半の精悍な顔つきに、挑戦的な目元が特徴的だった。服装は紺を基調にしていて、その服を着崩していた。おそらく、このグループのリーダーなのだろう。
「ガキや爺さんに手荒な真似はしない。俺たちは、ここで何をしていたか知りたいだけだ」
優しく諭すといった口調とは程遠い、凄みのある声色で男は話す。
「我々は怪しい連中に追われ、ここまで逃げてきた」
オミードに代わり、ヤムナが代弁する。この場合、そうすることが無難な選択であることは、経験で知っていた。
「怪しい連中だと? ……お前ら以外、この辺りに怪しい連中はいなかったが?」
眼光を鋭くしてヤムナを睨む。嘘は通じないと言わんばかりであった。
「ちょっといいか、ヘダーヤト」
別の男がリーダー格に近づき、小声で話しかけた。
すると、ヘダーヤトの表情がさらに厳しいものとなった。
「お嬢様、強行突破しますか?」
ヤムナが小声で指示を仰ぐ。
「もうすこし様子をみましょう」
オミードの言葉にヤムナは小さく頷く。
「どうやら詳しくお前達を調べる必要があるようだな、ついて来てもらうぞ!」
懐や腰に隠し持っていたナイフを持ち出し、男達がゆっくり輪を縮めてきた。さすがに危険だと判断したヤムナが動こうとした。それをオミードが制止する。
「あの賊とは関係なさそうだし、この人達の正体も確認したいわ。ここは大人しく言うこと聞きましょう」
そういうと、オミードは両手を挙げ抵抗の意思がないことを示す。それでも男達は用心しながら近づき、間合いに入るとヤムナを取り押さえた。
「俺は、こいつらとは関係ないからな!」
絨毯がしゃべったことに、男たちは驚く。だが、すぐに落ち着くと、絨毯を丸めオミード達と一緒に連れていった。
目隠しをされたオミード達は、三十分ほど悪路を歩かされた。
ようやく目隠しを外されると、建物の中にいた。オミードは建物の構造を知ろうとつぶさに観察する。どうやらこの建物は建設途中で放置された物らしく、未完成のままであった。しかも、荒廃の進み具合から、何年も放置されていたのだろう。そこを彼らが根城としているのだ。
男たちの誘導で歩いていくと、他にも十人ほどの一癖ありそうな男たちが、警戒心や好奇な目で、オミードたちを観察していた。そんな中を歩き、オミードたちは奥の部屋へと連れていかれた。
「あーーー! 僕の絨毯だ!」
少年が絨毯に飛びつく。
「ボーズの仲間やったんか、こいつら」
「うわ、しゃ、しゃべった……」
絨毯がしゃべったので飛び退いて驚く。
「そこのガキがやったんや」
絨毯の言葉を聞いた少年と男達は、一斉にオミードを見る。特に男達は、半信半疑の目でオミードを見つめた。なにしろ、『生命の水晶は』高価な代物で、貴族か大富豪しか持てない。そんなものを持っているという事は、オミードはどこかの貴族の娘か、大富豪の娘だという事である。
「あー、泥棒女!」
「――ッ!? あなたあの時の!」
オミードも思い出す。絨毯に乗り込んだ時、出会った絨毯の持ち主の少年であった。
「あの時は、追われててしかたなかったのよ」
「人の物を、勝手に持って行ったことにはかわらないだろ」
「謝ったし、結果的に返ってきたんだから、もういいでしょ」
「人の物を盗んでおいて、なんだその言い方、このチビ!」
「チビって何よ! あんただって私と身長かわんないじゃない」
「黙れチビチビチビー」
「ガキみたいに同じ言葉連呼して、バッカじゃない!」
「なんだとー」
いがみ合う二人を見て、大人達は苦笑いを浮かべる。それとは別の感情でヤムナは二人のケンカを見ていた。
オミードには、同年代の友達がいない。それはオミードが大富豪の娘という事が起因していた。誘拐を恐れた両親が、オミードを一切屋敷の外へ出さなかったからだ。その為、幼少のころから、遊び相手は年の離れたメイドか人形しかなかった。十代の女の子の楽しみや喜びを体験することなく生きてきたのだ。それを、ヤムナは不憫に思っていた。
だが、今はオミードの子供っぽい面をみることができ、ヤムナは嬉しくなり涙ぐんでいた。
「やめろ、カームビズ!」
喧嘩をとめたのは新しく見る男だった。
「お、お兄ちゃん……」
カームビズにお兄ちゃんと言われた男は、二十代前半だが、物静かな雰囲気の中に一匹の獣が棲んでいるような、荒々しさを感じさせていた。
「アルサラーン戻っていたのか」
ヘダーヤトが親しく話しかける。どうやら、アルサラーンがこのグループのリーダーであると、オミードは確信した。
「こいつらは?」
ヘダーヤトが小声でアルサラーンに話す。
それに小さく頷くと、ヤムナを奥の部屋に連れて行くよう指示を出した。
「カームビズ、その娘を別の部屋に連れて行ってあげなさい」
「はーい……」
兄の指示に、しかたないといった表情を浮かべる。
「そんな気遣い無用よ。私抜きでは話がすすまないから」
一瞬の間の後、男達は一斉に笑い出した。
「何言ってんだ、お前みたいなガキが」
カームビズもオミードの顔を覗き込みながら笑う。笑い声が渦巻く中、ヤムナと絨毯だけは怯えた表情を浮かべていた。
「お譲ちゃん心配ないよ。俺達はお爺ちゃんとちょっと話をしたいだけだから」
ヘダーヤトはオミードが不安がっていると思いやさしく話しかけた。
「見た目だけで判断すると後悔するわよ。あなたたち」
オミードの鋭い眼光に、アルサラーンは笑いを収める。
「……しかたない、一緒に連れて行こう」
二人を奥の部屋へと連れて行った。
後々、彼らはとんでもない思い違いをしていたと思い知る事となる。
次回 第九話『シラズ州の実態』