第八話『思わぬ苦戦』
――前回のあらすじ
オミード達の行く手を遮った魔法師たちは、ザルティオン帝国の魔法師であった。なぜこんなところにザルティオン帝国の魔法師が、しかも一個大隊ほどの兵力を率いているのか疑問に感じた。そんなオミードの心配をよそに、メフルザードは歓びの中にいた。
拳ほどの電気の塊が、まるで雪のようにゆっくりと降りてくる。一体それがなんなのか、全員が正体を探るようじっと見つめる。それが何かわからぬうちに手を出す事の危険性を十分理解している魔法師たちは、警戒しつつ電気の塊をやり過ごす。
彼らにとって、それが悪夢の始まりであることを知らず。
ゆっくりと彼らの傍を通り過ぎる電気の塊から、一瞬にして視界を白く染めるほどの閃光が走った。間髪入れず、臓腑を揺さぶるような轟音が轟く。
視界を奪われ何が起きたか分からず、魔法師たちは恐慌状態に陥りかけた。
そんな彼らの視界が徐々に戻る。周りに見慣れた仲間がいてほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、隊長の姿がなかった。隊長だけではなく、何人か仲間がいなくなっていた。
「――たいちょおおおおおお!?」
と、野太い叫び声に戦慄が走る。
その声の先に真っ黒となった隊長と三人の仲間が、地上へと落下していく姿を目撃する。
急いで救助に向かおうとした。そんな彼らの前に、ギラギラと輝く電気の塊が現れた。しかも、一つや二つではない。視界を埋め尽くすばかりの電気の塊が降ってきた。
「全員退避ーーーーーーーッ!」
悲鳴のような叫び声とともに、蜘蛛の子を散らしたよう逃げ出す魔法師たち。
逃がさん、と言わんばかりの咆哮と凶悪な白い牙が、魔法師たちを襲う。
光に飲み込まれた魔法師たちは次の瞬間、炭のように黒く焦げ黒煙をあげ落下していった。何が起きたのか確認しようと見上げた。その全員が息を飲む。上空にある黒い雲から青白い閃光と咆哮が、次の獲物を物色するよう不気味に鳴動していた。
そしてそれは、突然起きた。電気の塊に誘導されるよう青白い閃光が、魔法師たちに襲い掛かってきたのだ。
息つく暇もなく襲いくる雷を、必死に避ける魔法師たち。
白い光が走るたび、一人また一人と雷の餌食となって地上へ落ちていく。
十人の仲間が落雷の餌食になったころ、魔法師たちはそれぞれペアを組み一人が防御魔法で雷の攻撃を防ぎ、もう一人が大人一人分の大きさはある火炎弾を作り出すと、一斉に雷雲へ向け放った。五つの火炎弾が唸りを上げ、黒い雲に向かっていく。それを迎え撃つように、白い牙が次々と襲いかかる。
オレンジの閃光が走り、腹の底に響くほどの轟音が大気をを揺らす。火炎弾の一つが撃ち落とされた。続けざまに、もう一つオレンジの閃光が走る。これで、残す火炎弾は三つとなった。その間も、白い牙は容赦なく魔法師たちを襲う。
そろそろ、防御魔法が限界に近づいていた。残る三つの火炎弾に、彼らの運命を委ねるしかない。あと少しという所で、二つの火炎弾が白い牙によって引き裂かれた。
最後の一つに全員の命がかかる。
その火炎弾の横を白い牙が掠める。
全員が大きく息を吐く。
「いけえええええ!」
誰かが叫んだ。それに続き、全員が叫ぶ。
その思いが届いたのか、赤く燃える火炎弾が黒い雲の中に突っ込む。
すぐには何も起きなかった。息を止め見守っていると、オレンジの閃光が雲の隙間から漏れ、爆音が起き黒い雲を細々に引き裂いた。
散り散りになった雲の間から、蒼穹の空が顔を出す。それと同時に歓声が上がった。
が、歓びも束の間だった。辺りを見渡すと、三十人近くいた仲間は二十人にまで減っていた。その誰も彼も、疲弊した様子で空中に停止していた。
そんな彼らの頭上に大粒の雨が降ってきた。今度は何かと困惑した様子で見る。そこには、黒い雲の欠片から満面の笑みを浮かべるメフルザードの姿があった。その笑顔を見た誰もが、悪夢はまだ終わっていない事を悟り、逃げ出したい衝動に駆られる。
――だがどこに?
背を向けた途端、魔法攻撃を受け命はない。そんな恐ろしさがあった。まさに蛇に睨まれた蛙のように、全員がメフルザードの一挙手一投足に注目する。
そんなメフルザードも全身ずぶ濡れで、肩で息をするほど消耗していた。敵の索敵から逃れるため雷雲の中に身を潜めていたため、強力な防御魔法を展開して雷を防いでいた。あれだけの時間隠れていたのだから消耗も激しかったはずだが、顔には笑みを浮かべていた。
「……あのじいさんの技だが、使わせてもらうか――ライトニング」
三つの光線を地上に向け放つ。光は大粒の水滴に当たり、不規則な動きで魔法師たちに襲い掛かる。あまりにも不規則な動きに、目で捉える事は出来なかった。
四方八方から光が襲ってくる。それを闇雲に動いてかわそうとした。光も標的を決めて動いているわけではないので、そうたやすく当たるものではなかった。
が、ついに最初の犠牲者が出た。長身で細身の魔法師がジグザグに動きながら、果敢にもメフルザードに向かっていこうとした。
あと少しで届きそうなとき、目が眩むような光を感じた。
目を開けると何もなかった。一体なんだったんだ、と疑問に感じたが、今はメフルザードを倒すのが先決だと顔を上げた瞬間、焼けるような痛みを腹部に感じる。その痛みに顔を歪めながら腹部を触ってみると、指先にヌルリと生暖かい感触があった。それがなんなのか、予想のついた男は恐怖で顔を引きつらせながらもゆっくりと両手を見た。
滴るほどの赤黒い血が、両手にべっとりと付いていた。
「うわああああああああ」
男の悲鳴が轟く。その声を聞いた他の魔法師が助けに向かおうとしたが、それより早く光が男の身体を食い散らかしていった。
あまりにも凄惨な光景に、目を背けたくなった。だが、次は自分かもしれない恐怖から、魔法師たちは一心不乱に動き回って光をかわそうとした。
「――あのじいさん、とんでもない悪趣味だったんだな」
技を放ったメフルザードも、その光景に苦笑いを浮かべる。
この水を使った光の軌道を変える技は、緑の魔法師シャーヒーンが得意としていた技だった。一年前、シラズ州でシャーヒーンと戦った時に使用され、危うくメフルザードも殺られそうになった。間一髪のところをオミードに救われたというメフルザードにとって苦々しい因縁のある技であった。
そんなことを思い出している間に、光を反射する大粒の雨が止みそうになっていた。
煌びやかな閃光が各所で起こる光景は、目を奪われるような美しさがあった。だが、輝きがあるたびに一つの命が失われる。そんな恐ろしい技だが、時間にして僅か一分足らずの光の乱舞に、二十人いた魔法師が五人にまで減っていた。
やがて雨が止み、光も消えた。生き残った魔法師たちは激しく消耗していた。それでも、メフルザードを見る目は憎悪でギラついていた。
「……ガキがああああああ!」
ザラリとした黒い感情を剥き出しにした咆哮を上げ、五人の魔法師がメフルザードに向かっていく。それを、メフルザードは冷笑を浮かべて見おろす。戦いにおいて、怒りは瞬発力はあるが持続力はない。それゆえ、一旦かわされると脆いという弱点があることをメフルザードは分かっていた。だからこそ、魔法師たちの怒りを見下す。
怒りで前しか見えていない男たち対して、メフルザードは挑発するように手招きをする。その態度に、魔法師たちの怒りは沸点を越え頭の中が真っ白となっていた。もし冷静なら、メフルザードの動きを警戒していただろう。そうさせないための行動でもあったのだが、見事術中にはまったは魔法師たちに、メフルザードは些か不満を感じた。だが、容赦するつもりはなかった。
手招きしていた手を握る。すると雨で濡れていた魔法師たちの体の水分が凝固する。それは透明感のある青みがかった氷となって、男たちの動きを鈍くさせた。
慌てて氷を破壊しようと、ある者は温度を上げる。またある者は空気を振動させ氷の破壊を試みる。
それほど手こずることなく、身体から氷を取り除くことが出来た。
水を差された形となった男たちは、少し冷静さを取り戻すことができた。そのお蔭で、目の前にいるメフルザードの強さを再認識して、残った者で仲間の仇を討つべくお互いの気持ちを統一した時だった。男たちの視界が白に染まる。
そのまま男たちの意識は、永遠に途切れたのだった。
男たちを襲った白いものは、天と地を結ぶほどの巨大な雷であった。
黒焦げとなった男たちは、力なく地上へと落下していく。あとに残ったのは、顔を紅潮させたメフルザードただ一人だけだった。
「……さて、オミードの奴、まだ生きているか?」
口で言うほど、心配している様子はなかった。それより、長時間の集中力と緊迫した戦闘に、数十手先まで読む思考合戦を行ったあとだけに、メフルザードも疲労困憊していた。
それでも荒い息を整えるため、何度か深呼吸を繰り返す。
そして、新たな敵を求めて地上へと滑空していった。
――その頃オミードは、思わぬ苦戦の中にいた。
朦々と立ち込める灰色の煙が、木々の間を埋めるよう漂い視界を塞ぐ。その中にオミードはいた。この煙は敵をかく乱するためにオミードが発生させたものだった。
地上の敵を一掃しようと威勢よく降り立ったオミードだが、予想よりも敵が散開していたことで、まとめて倒すという計画を変更せざるおえなくなった。そこで、煙を発生させ敵の視界を奪い各個に撃破していこうとしたのだ。
それが、思わぬ誤算となる。
煙に紛れ近づこうとしたオミードは、自分の体が淡い光を発したことに気づく。
――索敵魔法!
敵が使用したことに気づいたオミードは、すぐにその相手を探した。灰色の煙を通しても分かる程の光彩を放つ男の影がみえた。その男が索敵魔法を打った者のだ。
索敵魔法は敵の居場所も分かるが、放った者の姿も浮かび上がらせるものであった。
お互いの居場所がわかれば、あとは魔法詠唱の早い者が勝つ。すばやく氷の矢を作り出したオミードは、男に向け放とうとした。その瞬間、背筋に冷たいものを感じた。
咄嗟に姿勢を落としたオミードは、お尻に痛みを感じた。それで、自分が無様に尻餅をついたのだと気づき赤面する。すると、頭上を矢が掠める嫌な音が鼓膜を揺すった。無様でも、敵の攻撃をかわせたことに胸を撫で下ろす。すぐに気を取り直したオミードは、姿勢を低くしたまま移動する。その背後で、魔法がぶつかる甲高い音が響いた。敵はオミードの位置を正確に把握していた。どうやら数の多さを利用して、一人が索敵魔法を打ち、もう一人が魔法を放つ。というコンビネーションをとっているようだ。さすがはザルティオン帝国の精鋭といったところだろう。と感心する余裕はまだあった。しかし、感心ばかりもしていられなかった。このままでは、獲物のように追い詰められ狩られてしまう。そんな愚かなやられ方をしたのでは、墓の前でメフルザードに何を言われるかわかったものではない。そんな事を考えながら、煙に覆われた林の中を走り打開策を模索する。
「……まぁ、あれが妥当かしら」
この展開を打破する方法をいくつか考えたオミードは、そのなかの一つを実践しようと加速する。煙で視界が悪いにもかかわらず速度を上げる。突然現れる木を寸前でかわしながら、敵を翻弄するように飛行する。
オミードの移動速度が速いせいで、索敵魔法を打ってから仲間に連絡して魔法を放ったのでは遅すぎた。それでも、他に手はない。愚直なまでに同じ方法でオミードを追い詰めようと攻撃を繰り返す。単調な作業になると、必ずそこに隙ができる。そこをオミードは待っていた。
そのチャンスは、すぐに訪れた。オミードの進行方向に、索敵魔法を放った者がいたのだ。そう、これを待っていたのだ。索敵魔法を感じてから向かったのでは遅い。ならば、ちょうどオミードが進もうとしている方向に敵がいれば、ロスなく敵に辿り着ける。
素早くその場所に辿り着いたが、すでに敵の姿はなかった。それは、オミードの予測の範囲内であった。その場に留まるほど愚かな敵ではないが、団体行動なのでそれほど機敏に動けるはずはなかった。
その予想通り近くで物音がした。そちらに向かうと、小隊規模が移動しているのを捉える。
「やっと見つけた!」
喜色を浮かべるオミードは、そのまま小隊の真ん中へと躍り出る。
突然現れたオミードに、男たちは驚いた顔で見つめる。ぐるりと全員の顔を見渡したオミードは、メフルザードに負けないほどの不気味な笑みを浮かべ魔法準備に入る。
それを見た男たちの背筋に、冷たいものが這う感覚を味わう。男たちは、恐怖の塊を振り払おうと隠語を唱えた。
「――撃つなあああ!」
小隊長らしい人物が悲鳴のような叫び声を上げる。
だが、すでに遅かった。魔法が放たれた瞬間、オミードは上空へと逃れた。もともと唱えていたのは飛行の魔法だった。オミードに向け放った魔法は、すべて仲間に当たった。
そう、オミードの狙いは同士討ちをさせることだった。それを確実に成功させるため、あえて敵を挑発するような行動をとったのだった。
灰色の煙の中、男達の呻き声がこだます。
「――だ、大丈夫か!?」
難を逃れたのは、小隊長を含むたった三人だけだった。
男たちは倒れた仲間の介抱に回る。オミードはその隙を逃さなかった。氷の矢で狙いを定め撃つ。続けざまに矢を放つ。
撃ち終えた頃には、折り重なるように倒れる魔法師たちの姿があった。
「……悪く思わないでね。これも戦闘だから」
仲間を助けようとした敵を背後から襲う行為に、オミードはザラリとした感情を胸に抱く。
が、そんな甘い考えで戦闘にのぞめば、次に死ぬのは自分だろう。そう戒めるようにオミードは両手で頬を叩いた。
「――よし!」
と、気持ちを切り替え、まだまだいる敵を探すため煙の中に入って行った。
次回 第九話『ザルティオン帝国の狙い』




