第三十八話『それぞれの居場所』
――前回のあらすじ
暴走したアルサメスをシャヒンが殺すことで止めた。兄を殺されたオルテギハは、シャヒンを恨むことで命を繋ぎ止めていた。
分かれ際、オミードを追っていた暗殺者の凶刃がシャヒンを襲う。
何ともいえない後味の悪い終わりに、オミードは胃の辺りが重く、憂鬱な気持ちで城門をくぐる。コバルトブルーの空に白々とした色味が射し込んでいた。どんなに落ち込もうが、嫌な事があろうが、陽は昇り何もなかったように日常が始まる。そんな当たり前の事が、今は異質に感じられた。
魔法の昇降機から降りたソーラブは、オルテギハをベッドで眠らせると言い、そこで別れた。オルテギハを抱きかかえ城の中に入って行くソーラブの背中を見つめながら、二人の今後に思いを馳せる。反乱の首謀者の妹だと後ろ指を指されながら生きていくオルテギハ――最愛の兄に、王族としての身分、あらゆるものを失った彼女に過酷な現実を耐える事ができるのだろうか心配だったが、ソーラブが傍にいるのだから、それは大丈夫だろうと思っていた。それに、私もたまには会いに行こうと考えていた。
――またね。と、去りゆくソーラブの背中にぽつりと語りかけたオミードは、城外に視線を向けた。そこには、数万の軍勢が整然と並んでいた。その先頭に〈氷の淑女〉と〈腐敗の女王〉が、オミードを迎えるように並び立っていた。
「すご~~いじゃないオミードちゃん」
陽気に手を振るシシュガンビスに、オミードは無表情で応える。
「――地下にアルサメスの遺体があるわ。それとオルテギハはこの件には一切関係ないから、今は眠らせてあげて」
それだけ告げると、オミードはシャヒンの遺体を連れ数万の軍勢の真ん中を粛然と歩く。
「オミードちゃん、もっと詳しく――」
「ご苦労だったなオミード。だが、オルテギハの処遇は国王が決めることだ」
スタテイラの言葉を背中で聞き、何も応える事はせずオミードは歩みを進めた。その後姿をスタテイラとシシュガンビスは黙って見つめる。
「あの影のある雰囲気、いいわねぇ。まるで純白のキャンバスをぐちゃぐちゃに汚したような感じが堪らないわぁ」
恍惚とした表情を浮かべる。
「――ったく、お前は本当に悪趣味だな。だが、魔法師として、人間として深みが出ればいいのだが……」
「逆に、いい感じに腐ってくれても、わたくし的にはいいのだけれど」
「付き合いきれないな。後始末は後ろの軍隊に任せて、私たちは王都に戻るぞ」
シシュガンビスの歪んだ価値観に、うんざり気味に応えたスタテイラは、司令官に指示を出してチャハマール州を後にした。
――アルサメスの反乱が、首謀者の死によって終結してから一週間が過ぎた頃、オミードとヤムナは駅に来ていた。
駅には大勢の警察が配置され、出入りを厳重にチェックしていた。反乱の起こった州なのだから、それぐらいは当然かと思いながら警備する兵たちに一瞥する。オミードは緑の魔法師の特権で、特にチェックされる事なく汽車に乗り込んだ。客席は、オミードとヤムナ以外誰も座っていなかった。厳重なチェックに、騒乱の後片付けなどもあり、旅行どころではないのだろう。
「私のせいで、出発が遅くなって申し訳ありませんでした」
席に座ると、ヤムナが頭を下げる。
「もういいっていってるでしょ」
うんざりした表情で応えたオミードは右ひじを窓際に置き、景色を見る。
「色々やることがあったから、丁度良かったのよ」
遠くを見つめながら、オミードは事件後の一週間を思い出していた。
――シャヒンの遺体を抱えディーナーに戻ると、従業員たちが全員待っていた。その中には、トラキア城のメイドをしていた女の子もいた。
オミードは従業員の代表として先頭に立つ黒服の四十代の男に、シャヒンの遺体をあずける。
メイドのすすり泣く声を皮切りに、従業員たちが泣き出す。誰もがシャヒンの死を心の底から悲しんでいた。その姿を見て、いかにシャヒンが従業員に慕われていたのか分かった。
「……これからどうするの?」
オミードの問いに、男が答える。
「私たちは全員シャヒン様に拾われた者。ここ以外行く場所はありません。だから、みんなでシャヒン様が残されたこのディーナーを守っていこうと思っています」
全員悲しみに暮れていたが、誰の顔にもシャヒンの意志が宿っているかのように、自分のやるべきことが分かっているようだった。
それを見て安堵する。
オミードはシャヒンの葬式に立ち会うつもりだった。短い間だったとはいえ、一緒に戦った仲間だと思っていた。それに、ヤムナがまだ回復していなかったので、しばらくディーナーで世話になる。
オミードはシャヒンの遺体を預けると、すぐに流民街へと向かった。タラーネフ達家族がどうなったのか、心配で急いだ。
町中には人の気配がなく、静まり返っていた。その状況に、一抹の不安が心に落ちる。そんな不安な気持ちを振り払うように走っていると、遠くでざわめきが聴こえた。
はやる気持ちのまま走る――
期待と不安な気持ちが半々の中、角を曲がりオミードの目に飛び込んだのは――
大勢の人が抱き合い喜びあう光景だった。
嬉しそうに抱き合い喜びあう光景に、オミードは今までの苦労が報われた気分となった。一年前もそうだったが、人々の喜ぶ姿は、今まで歯を食いしばり頑張ってきた事が報われた気持ちとなる。
また、こんな気持ちを味わえた事が嬉しくて、胸に熱いものが込み上がる。
それがやがて涙となって溢れる。
「――オミード! オミードだよお父さんお母さん!」
自分より小さいタラーネフが、大きく手を振っているのが見えた。そんなタラーネフに寄り添うように立つ姉のジャーレフの姿に、母親のサナズ。そして父親のアラシュが満面の笑顔を咲かせ、オミードに手を振ってくれていた。
オミードも手を振りかえすと、タラーネフが駆け寄ってきた。オミードもゆっくりと歩みを進める。すると、オミードの直前でタラーネフが転んだ。慌ててタラーネフに駆け寄る。
「へへへ、転んじゃった」
照れ笑いを浮かべるタラーネフを起こし、怪我がないか見る。どこもケガはないようで、オミードは胸を撫で下ろす。
「オミードがわたしの病気治してくれたんでしょ! ありがとね」
タラーネフに抱きつかれ、オミードは戸惑う。こんな風に気安く抱きつかれた事のなかったので、どう接していいのか分からず、手のやり場に困っていた。
「抱き締めてあげて」
近くに来ていたサナズが、そう助言をくれた。オミードは戸惑いながらも、タラーネフを抱きしめる。人の温もりを感じたオミードは、これが生きている事なのかと改めて感じた。そして、腕の中にある温もりがなぜか儚く感じ、強く抱きしめた。
「――オミード左手どうしたの?」
抱きついたままタラーネフが訊ねる。
その言葉に、全員が小さな悲鳴をあげた。
「これは、大切な人の命と交換したの」
「大切な人は守れたの?」
「ええ。守れたわ」
「良かったねオミード」
そういうと、タラーネフはもう一度強く抱きついた。
「本当に、そうね」
今度は、オミードも強く抱きしめ返した。
――それから一言二言、アラシュたちと会話を交わしたオミードは、ディーナーに戻ろうとした。去り際、オミードは気になっていたことを口にする。
「これからどうするの?」
その問いに、アラシュは苦笑いを浮かべながら答えた。
「俺たちには、ここ以外行くところもない。だから、ここで頑張って生きていくよ」
そういうアラシュの傍には、サナズ、ジャーレフ、タラーネフが寄り添っていた。それを見たオミードは、笑みを浮かべ頷くと流民街を後にした。
――三日後、ヤムナが目を覚ました。だが、しっかり動ける状態ではなかった。
四日後、シャヒンの葬儀が行われた。
お店で粛々と執り行われ、馴染の客などが集まり、賑やかな葬儀となった。シャヒンの為人が窺える葬儀であったと、参列しながらオミードは思った。
そして六日後、城からソーラブの使者が来た。使者から渡された水晶には、オルテギハについての近況報告が収められていた。
それによると、五日前にオルテギハが目を覚ました――だが、抜け殻のようになっていて、揺り椅子に座ったまま、一日中庭を眺めているだけだとの事であった。
今の彼女には、生きる意味も意義も見いだせずにいるのだろう。今はそっとしておいてあげるのが最善だと思い、同じことの繰り返しだが、ソーラブにオルテギハの傍にいてあげるようにと、使者に伝言を頼んだ。
そして、一週間後の現在、王都に向け出発する汽車の中にいた。
「――お嬢様、左腕大丈夫ですか?」
「これ――」
オミードは左腕を見つめた。そこには、豚の肉で作った飾りの腕が、だらりと袖に収まっていた。当然神経も筋肉もない状態なので、動かす事も出来なかった。だが、左腕がなくて、注目される事はなくなった。
「やっぱり、ないと不便ね。大伯母様にお会いして治してもらわないとね」
感情のこもっていない言葉を紡ぐ。
後味の悪い事件を心にしまい、オミードを乗せた汽車は、ゆっくり王都へ向かって走りだした。
――完――
次回 第一部 第三章 ~図南の鵬翼~ へと続く。




