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緑の魔法師  作者: 葉月望
緑の魔法師~落日の哀歌~
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第三十一話『第三の選択』

――前回のあらすじ


 戦場となる町に、大勢の流民や難民が残っていた。必死に脱出を呼びかけるオミードの声は誰にも届かなかった。そんな中、入城手続きの時であったジャーレフと出会う。妹のタラーネフが病気だと聞き向かう。そこで、行き場を失くした難民たちが、なぜ逃げないか理由を知り、その難民たちを助けるためにも、ひとまず王軍の侵攻を待ってもらえるよう説得に向かった。


 闇の絨毯が空に敷かれ、冷気を含んだ空気が肌を刺す。その中をオミードとシャヒンは飛行する。彼女らの目的は、ダアイに進行してくる王軍を見つけ、侵攻を暫く待ってもらえるよう説得するのであった。暗がりのなか飛行していると、前方に黒々とした塊が蠢くのを見つける。


 「王軍でしょうか!?」


 シャヒンの叫び声に――


 「きっと、そうね」と、オミードは確信をもっていう。


 オミード達が王軍を発見したのと同じように、王軍も近づいてくるオミード達を見つけていた。それはすぐに、先鋒を預かる隊長に知らされ、行軍を中止して臨戦態勢に入る。緊張感が漂う大地に、オミードとシャヒンは降り立つ。


 「何者だ!」


 数十人の兵が、いつでも魔法を放てる状態で叫ぶ。


 「私は緑の魔法師のオミード。司令官と会いたい」


 懐からペンダントを取り出すと、光魔法でそれを照らす。それを確認した兵士たちは、慌てて敬礼すると、すぐにオミードを司令官の元へと案内した。

 多くの兵に見守られながら進んでいくオミードは、兵士たちの顔に精悍さが滲み出ているのを見とめ、士気は高いように肌で感じ感心する。そして、この兵士たちが町に入るのかと思うと、心配になった。アルサメスの軍をうち破り、血に酔った兵士たちほど恐ろしく残忍なものはない。なんとしても、町の中に戦闘を持ち込ませないようにしなければならないと、決意を新たにする。

 しばらく進むと、司令官と思しき恰幅の良い体格と口ひげを生やした五十代の男が敬礼をして待っていた。


 「私は反乱討伐軍を預かるサリームといいます。オミード様の参戦感謝します。これで緑の魔法師様が三人になられ、心強い限りです」


 司令官の言葉に、周囲にいた兵士たちからは歓声に近い声が湧き上がる。


 「手助けに来たのは間違いないのだけど、少しお願いがあるの」


 「なんなりとおっしゃってください」


 満面の笑顔を浮かべ司令官が応えてくれたことに、オミードは少したじろぐ。

 そして、意を決したように口を開いた。


 「州城に攻め込むの少し待って欲しいの」


 司令官は笑顔を浮かべたまま固まる。それから、ゆっくりと険しい表情へと変わっていく。


 「お言葉ですが、我々は国王の命で反乱の鎮圧に来ているのです。いかに緑の魔法師の申し出とあれ、承服しかねます」


 「攻めるなと言っているんじゃないの、しばらく待って欲しいの」


 怪訝な表情で司令官はオミードを見る。


 「しばらくとは?」


 すぐにでも攻めたそうな司令官の顔に、オミードはどうしたものかと思案する。

 時間をかけて説得するつもりだったのだが、どうもそうはいかない雰囲気に、司令官が妥協できる日数を計算する。


 「……三日、三日だけ待って欲しいの」


 しぼりだすように告げると、司令官は渋い顔をして口ひげを触り思案する。


 「――なにを止まっているのかしら――あら、オミードちゃんじゃない」


 「ゲッ!」と、オミードは露骨に嫌な表情を浮かべる。


 オミードの前に現れたのは、〝腐敗の女王〟ことシシュガンビスが、栗色の襟足を長くしたレイヤーボブヘアーをしなやかな指でかきあげる。


 「おひさしおひさし!」


 シシュガンビスは両手を広げ、オミードに抱きつこうと駆け寄る。オミードの目の前に、大きな胸が下品に揺れ迫ってきた。


 「抱きつかないで!」


 腕を伸ばし抵抗をするオミードの鼻腔に、戦場には似つかわしくない香水の匂いが、きつく香り眉をしかめる。


 「あら? オミードちゃん左腕どうしたの?」


 腕の通っていない左袖を触り驚いた様子で問う。


 「……戦いで失っただけよ」


 弄ばれていた左袖を奪い返す。


 「ちょっと見せてみなさいな」


 シシュガンビスが左袖を持つと、紫色の煙を上げて溶け出す。


 「ちょっとあんた何してるのよ!?」


 毒に侵食され、左袖が徐々に溶かされていく。慌てたオミードは、その袖を切り離す。すると、露わになったオミードの乳白色の左腕が、失った部分から無数の亀裂が痛々しく残り、数センチだけどす黒い色に染まっていた。


 「オ、オミード様!?」


 シャヒンの悲鳴に近い声を聞き、オミードは急いで左腕を隠す。


 「あららら、自分の腕を媒体に、闇系の魔法である崩壊を使ったのね」


 オミードの腕に残る傷跡を見ただけで、見事に言い当てる。


 「あなたには関係ないでしょ!」


 「冷たいわねオミードちゃん。わたくしたち三姉妹って呼ばれる仲じゃない」


 「姉妹じゃないし、いい迷惑よ!」


 そっぽを向く。そんなオミードに微笑みを浮かべていたシシュガンビスだったが、左腕を見直すと真剣な表情に変わる。


 「崩壊の魔法を受けた物体は、魔法によっては元に戻せないわよ」


 「人の命と引き換えなら左腕一本ぐらいいい取引よ」


 毒によって失った左袖を復元する。


 「……まぁ、わたくしたちの師であるアールマティ様なら、元に戻せなくても何とかして下さるかもしれないわね」


 自信はなさそうに話す。


 「この一件が片付いたら、一度お会いしてみるわ」


 アールマティと会うのは、魔法が発眼したときに以来である。両親もそうだが、母の祖父であるアールマティの弟もアールマティを嫌っているようであった。何かあるのは、幼少の頃から感じていたが、その因縁が何かは知らなかった。そんな訳で、オミードは尊敬する大伯母のアールマティとは、ほとんど会うことが出来なかった。


 「それまでの代用として、わたくしがかわいい腕をプレゼントして差し上げますわ」


 満面の笑顔を浮かべ、シシュガンビスが肉片を集め作ったグロテスクな腕を差し出す。あまりの気味悪さに、オミードとシャヒンは顔を背ける。


 「どこがかわいいのよ! そんな腕いらないわ」


 「ええーー、この肉の腐り方といい艶のなさは、芸術品よ!」


 うっとりとした表情で、肉片を集め作った腕を眺める。


 「ただの腐敗物じゃない……」


 「ドロドロのグチャグチャじゃなくてかわいいのは、オミードちゃんぐらいよ」


 体のラインが分かる深紫色のロングスカートタイプのワンピースを着て、腰をくねらせる仕草をするシシュガンビスに、司令官たちは鼻の下を伸ばし眺める。


 「それって酷いいわれ様に聞こえるんだけど――」


 「わたくしにとっては、最高の世辞よ。それとも、本当にドロドロのグチャグチャなゾンビにしてあげようかしら?」


 妖艶な笑みを浮かべ顔を近づけてくる。


 「もっといらないわよ!」


 「それぐらいにしておけ」


 一瞬で、シシュガンビスは氷に閉じ込められた。

 その氷の陰から姿を現したのは、〝氷の淑女〟と呼ばれるスタテイラであった。


 「やっぱりいたわね……」


 そのアイスブルーの瞳は、全てを凍てつかせる理知至上主義の精神を宿し、金髪のロングヘアーを風に靡かせ颯爽と立つ。


 「おお……緑の三姉妹の揃い踏みだ」


 後ろに控えていた兵士たちの間から、感嘆の吐息混じりに漏れた言葉に、オミードは不愉快さを露わにする。

 そんな中、氷が割れる音が響くと、そこからシシュガンビスが無傷で現れる。


 「もう、オミードちゃんと戯れていたのを邪魔なさるなんて、酷い姐様です事」


 少し頬を膨らませ拗ねてみせる。


 「お前が前に出ると、話が進まないからな。それで、王軍の進路を阻むとは、お前も反乱に加担したかオミード?」


 凍るような目つきで、師であるアールマティの親族を見つめる。普通の魔法師なら、その視線だけで、凍りつきそうなものであったが、オミードは真っ向から受けて立つ。


 「そこのシシュガンビスより、下品な冗談はやめてよねスタテイラ。私はアルサメスを説得するまで、侵攻を待って欲しいとお願いに来たの」


 「この期に及んで説得だと?」


 辺り一面に霜が降りたかのような怒気を含んだ冷気を放つ。


 「ええ」


 「今更、あのお坊ちゃんが、降伏などするはずもなかろう。時間の無駄だ」


 「いえ、必ず説得してみるわ。その為に時間が欲しいの」


 力強く訴えるオミードの瞳はまっすぐに輝いていた。その輝きをスタテイラのアイスブルーの瞳が受ける。


 「オミードちゃんがここまで言っているんだから、きっと説得してくれますわよ。そうしてもらえると、わたくしたちも楽ですし――ね」


 おどけてウインクして見せる。


 「お前は、楽がしたいだけだろう」


 「むう。合理的といってください」


 「合理的と横着を一緒にするな!」


 スタテイラに一喝され、シシュガンビスは首をすくめる。


 「いいかオミード、これ以上奴らに時間を与えるという事は、王軍が攻めあぐねている印象を与え、くすぶっている火種が一斉に燃え盛る事態になりかねない。それに、時間を与えれば奴らの防御はより強固となり攻め落とすのに甚大な被害が出るのだぞ。その辺り分かっているのか!」


 頭ごなしに叱られることに慣れていないオミードは、おもわずムッっとした表情でスタテイラを睨む。


 「反乱軍といっても、大多数は寄せ集めの兵士で、何の訓練も受けていない者もいるのよ」


 「それがどうした。ひとたび武器を持ち立ち上がったのだ、趨勢が悪くなった途端、自分たちは無辜の臣民だから見逃してくださいという論評が通用すると思っているのか!」


 スタテイラの正論にオミードは唇をかむ。


 「……この町にはまだ一般人もいるのよ、その人たちを戦渦に巻き込むつもり?」


 「一部の民間人の為に、大勢の民間人に被害が出る可能性があるのだぞ、どちらを優先させるべきか論ずるまでもない」


 冷酷な為政者の言葉に、オミードの怒りが爆発する。


 「人の命はそんな数字で測るものではないわ!」


 「だったら、十人乗りのボートに、助けを待つ者が十三人いた場合お前はどうする? 三人の命を犠牲にするぐらいなら全員が命を落とす事を選ぶのか? それとも三人を犠牲にする選択をするのか? どうするのだオミード!」


 綺麗ごとではすまされない現実が付きつけられることもある。その場合でも、為政者は選択しなければならない。それがどんなイバラな選択でも。


 「……第三の選択があるかもしれない……最後の最後まで、私は諦めず探し続けるわ」


 直接的な答を避ける形となったオミードだが、そのことについて、スタテイラは指摘する事はせず、真意を探るように自分の胸の辺りぐらいの身長の若い緑の魔法師を見つめる。


 「幼いし……言ってる事は子供の論理だ」


 正鵠を射られ、言葉に詰まる。だが、決めつける事は、可能性という未来の芽を摘み取る事となる。視野を広げ考えれば、全員を助けれる選択肢が見つかるかもしれない。

 その事を強調しようと、オミードが口を開きかけたが、スタテイラが制する。


 「賊軍が立てこもる州城まであとわずか、だが、日が沈みここまで強行軍で来たからな、一晩英気を養い翌朝一気に攻めるとしよう」


 腕を組み凛とした声で告げる。


 「それって……」


 「十時間、いや九時間猶予が出来た。お前の言う第三の道、その時間でなんとか切り拓いて見せろ!」


 後ろを振り向きそう告げると、司令官に全軍の休息を命じる。その後姿を見つめながらオミードは、やってやると拳を強く握り息巻く。

 そのオミードに、シシュガンビスがそっと耳打ちをする


 「ああ見えて姐様は優しいんだから……言動が厳しいから冷たく感じるけど、本当は誰よりもこの国のこと、国民の事を考えているのよ」


 「私だってこの国や国民のこと、スタテイラよりも考えているわ」


 シシュガンビスの言葉に、つい張り合ってしまったオミードは、恥ずかしくなり顔を背ける。


 「本当にオミードちゃん、かわいいんだから。まぁ、がんばって、そして、どうにもならなくなったら、遠慮なくわたくしたちを頼りなさいね」


 柔和な笑みを湛え、シシュガンビスが手を振ってオミードを見送る。

 その言葉に、反発する気持ちと、心強い気持ちが同時に湧き上がったオミードは、その感情を持て余し気味に州城のある方向を睨む。


 「シャヒン、あなたはお店の人のところに戻って」


 「いえ、最後までお供します。この州の為にも」


 決意は固そうだった。


 「……分かったわ。それじゃ、行きましょう時間がないわ」


 チャンスを与えられたとはいえ、たった九時間しかなく、その短い時間でアルサメスを説得することはおろか、あの復讐の鬼と化したシャーリヤを説得する事など出来るはずはないと思っていた。

 唯一残された手は、シャーリヤを倒しオルテギハの目覚めさせ、アルサメスを説得まで持っていくしかない。それでも説得に応じない場合は、力ずくでアルサメスを捕まえ、王の元へ引っ張っていくしかないと考えていた。

 静まり返った町を越え、光の水晶でライトアップされた州城めがけ飛翔する。



 ――野営の準備を進める兵たちを見つめるスタテイラの背後から、シシュガンビスが忍び寄る。


 「姐様の理知至上主義には恐れ入りますわ」


 「何の事だ?」


 シシュガンビスの方に身体を向けずに話す。


 「オミードちゃんにチャンスを与えたように見せて、実はこちらの被害を最小限に抑える算段でしょ? 本当に恐ろしい人」


 「……分かったのか?」


 「何年の付き合いだと思っているのです。オミードちゃんに言った通り、こちらは強行軍できたので、兵の疲労もあり休ませたいところだけど、そうすれば、敵は防御を固め、シャーリヤも疲労を回復する。そんな敵と戦えば、負けなくても被害は甚大なものになるでしょう。しかも、追い込まれ自暴自棄になったアルサメスかシャーリヤが魔法の暴走を行えば、下手をしたら州都が壊滅的な被害をこうむる可能性もある。その不安要素をどう排除するか、ずっと考えていましたものね」


 シシュガンビスの嫌味を含んだ言葉に、スタテイラは眉ひとつ動かすことなく着々と進む野営準備を見守る。


 「オミードの提案は感情論だが、実は一番被害の少ない方法であった。仮にアルサメスが降伏に承諾すればよし。失敗したとしてもオミードが州城に乗り込むことで、防御の準備が出来ず、シャーリヤを休ませず、魔力を削ってくれるだろう、そして、夜明けとともに私たちが疲弊しきった州城を攻めるのだから、赤子の手を捻るより簡単だ」


 「……その中で、一つ語られていない事がありますが」


 スタテイラの心の奥を洞察するように、シシュガンビスがその冷酷なるアイスブルーの瞳の奥を覗き込む。その視線に恥も後悔もない真っ直ぐな瞳で見返す。


 「戦闘で死んだとしても、それは緑の魔法師として、この国の臣民として幸せな事だろうさ」


 「あの方は、その事実を知ったら何ておっしゃりますかね?」


 動揺を誘うような言い方に、シシュガンビスの悪意を感じるが、長い付き合いの二人にとっては、いつもの馴れ合いのようで、特に怒りを表すことなく淡々と言葉を紡ぐ。


 「そんなことで、あの婆さんが怒るなら見てみたいものよ」


 「あーー、それ、わたくしもみてみたいーー」


 最後はじゃれ合う様に語る二人は、運命の一夜を戦場で過ごす。



次回  第三十二話『無血』

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