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緑の魔法師  作者: 葉月望
第一部 第一章
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第五話『もう一人の至宝』

――前回のあらすじ


シラズ州の総督と会ったオミードは、四年前に起こった連続殺人事件と今回起こっている連続殺人に、関連があると総督達に話す。

そして、次に狙われるのが、魔法師大会優勝者のハーミだと自分の予想を述べると、予想外の反応を示す総督達に違和感を持ったオミードだった。

 「それにしても、オミード様はまだお若いのに、緑の魔法師を拝命なさるとは素晴らしい!」


 王国魔法師大会優勝者であるハーミを待つ間の雑談に総督が選んだのは、オミードの若さであった。


 「どうも……」


 不愛想に答える。年のことについてもそうだが、力のある者に対して媚びへつらうような言い回しをオミードは嫌っていた。それが露骨に顔に出てしまう。

 「オホン」と、ヤムナが一度咳払いして注意を喚起した。それに対してオミードは、「分かっているわよ」と、言わんばかりにヤムナを睨む。


 「それで、オミード様はおいくつですか?」


 まだ年齢の話題かと、うんざりした様子でオミードが答えようとした横から――


 「十四歳になります」と、ヤムナが答える。

 

 機先を制されたオミードは、またもヤムナを睨む。それを涼しげな顔で受け流す。


 「ならば、今年の王国魔法師大会にでていたら、もしかしたら最年少優勝記録を更新できたかもしれませんな」


 最年少記録は十五歳である。それが記録されたのが、今から三年前の話であった。その後、その少年がどうなったか誰も知らなかった。オミードにとっては、どうでもいい話であった。だが、ヤムナは違っていた。


 「お嬢様が出場なさっていれば、確実に記録は更新されてました!」


 まさかヤムナが食いついてくるとは思わなかったピルーズは、一瞬鼻白む。だが、すぐに薄ら笑みを浮かべオミードを見る。


 「――でしょうね。なんと言ってもオミード様は、王国の至宝と称えられる緑の魔法師様ですからねぇ、総督」


 「うむ――。しかし、オミード様はまだお若いですから、展開のあやしだいでは、万が一にも負けたりする可能性はあるかもしれませんから、出場なさらなくて良かったかもしれませんな」


 総督とピルーズは、下卑た笑い声を上げる。オミードの生意気な態度に直接文句が言えないので、婉曲な言い方で貶めることで、気を晴らそうとしているのは見え見えであった。


 「お嬢様が、展開のあやごときで負けるわけがない!」


 尊敬する主人をバカにされたと思い、ヤムナが食って掛かる。狙った相手ではなかったが、気分を害することに成功した総督たちは、追い打ちをかけようと、滑らかに口を動かす。


 「どこかの富豪は、お金で地位を買ったと言われてますが、王国魔法師大会の優勝までは、どうにもならなかったようですな」


 「大金をつぎ込めば、選手を買収することは可能かもしれませんが! ハッハッハッ」


 どこに行っても、大富豪の父の影が付きまとう。確かに、オミードの実家はパルシア王国でも一、二を争う大富豪である。それが、オミードの経歴に暗い影を落としていた。事あるごとに引きあいに出され、こうした輩に嫌味としての材料として使われるのだ。毎回の事に、オミードはうんざりぎみに息を吐く。


 「それは誤解です――」


 「いいわよヤムナ」


 ヤムナも、この手の噂話や嫌味には敏感で、すぐにフォローしようとする。だが今回は、それをオミードが遮った。


 「お金の力ではどうにもならないことがあるって、その通りね。どんなにお金を積んでも、犯した罪からは逃れられないのよッ」


 静かだが、腹の底へと響く声色は、総督とピルーズの傷を抉るよう届いた。僅かに残る罪悪感が疼くと、自分にぶつけるのではなく、他人にぶつけることで心を守ろうとするのが、自己偏愛者の特徴である。総督はその典型的な見本であったろう。顔を赤くして眉を吊り上げ、総督が何かを言いかけた――


 『――ハーミ様が来られました』


 そこに秘書からの連絡が入り、中断された。そのお陰で、総督はオミードを怒らせずに済み、助かったといえた。


 「と、通せ……」


 険悪な雰囲気が漂う執務室に、ハーミが入ってきた。


 「お呼びでしょうか、総督閣下」


 精気のない青年……。というのが、オミードのハーミに対する第一印象だった。


 「いや、私ではなく、こちらのお嬢さん――緑の魔法師様が、お前に質問があるそうだ。答えてあげなさい」


 ハーミは、総督の言葉に小さく頷くと、オミードの方へ体を向ける。


 「まずは、魔法師大会優勝おめでとう」


 「ありがとうございます」


 ハーミは無表情まま頭を下げた。


 「最近、あなたの周りでおかしなことや、見慣れない人がいたりしない?」


 「いえ、ないです」


 ハーミは顔色ひとつ、瞳すら動かすこともなく、淡々とオミードの質問に答えていた。そんなハーミに、オミードは違和感を覚えた。魔法師にとって緑の魔法師は憧れの存在――総督やピルーズでさえ、ヤムナを緑の魔法師と間違えたときには、憧れや尊敬の眼差しを向けていた。ましてや魔法師大会優勝者なら、有頂天になってもおかしくない。それなのに、ハーミには感情というものが欠落しているような、そんな印象が見受けられた。


 「……そう。これからは、なるべく一人で、出歩いたりしないようにね」


 「わかりました」


 オミードはじっと、ハーミの瞳を見続けたが、ハーミの目線は遥か彼方を見ているようであった。


 「……あなたのご両親は、お元気でいらっしゃるのかしら?」


 わざと関係のない話をしてハーミの反応を見た。すると、常人では決して気づかない、わずかな表情の動きをオミードは見逃さなかった。


 「――まだ、魔法師大会の疲れが取れぬようですな……質問はこれぐらいでいいですか?」


 ピルーズがいそいそと立ち上がり、ハーミに近づく。


 「――ああ!? 明日は彼のパレードがありますので、この辺りでいいですかな?」


 総督もピルーズの動きを見て、そのフォローにまわった。あまりにも不自然な彼らの動きであった。だが、このまま問い詰めてもまともな答えが返ってこないと判断したオミードは、黙ってひきさがることにした。

 総督達に形ばかりの礼を述べ、オミード達は執務室を出た。


 「――ヤムナ、今晩泊まれる宿を見つけてきて。そこで、国王にシラズ州について何を調べていたのか聞きたいから」


 ヤムナは頷き、活気あふれる街中へと消えていった。


 「……一体、この州で何が行われているのかしら……?」


 大きくそびえ立つ総督府を見上げながら、小さく呟く。



 ――オミードが歩き去るのを、総督たちは執務室から苦々しく見つめていた。


 「行ったみたいですな……」


 ピルーズの言葉に、総督は悔しさを前面に出すよう頷く。


 「……まったく、生意気な小娘だったわい」


 吐き捨てるように言うと、ソファーに荒々しく座る。


 「まあ、緑の魔法師になったばかりで、権力を行使したかったんでしょうな」


 ピルーズの毒舌に、総督は嬉しそうに笑って頷く。


 「まったく、コネと金の力で地位を得て、偉そうに振る舞うとは見下げ果てたものだ……。しかし、あの小娘に、これ以上詮索されては、あ《・》の《・》にご迷惑がかかる恐れがある」


 「……今度は、あの小娘が例の事件に巻き込まれるかもしれませんぞ」


 含みのある笑顔を浮かべ、ピルーズが答える。


 「……おお! なるほど、小娘が言っていた事件か……その事件で命を落としてくれるとありがたい」


 二人はいやらしい笑い声をあげながら話しあう。それを、ハーミは黙ったまま一点を見つめ立っていた。


 「――ほう、それは面白そうな話じゃな」


 三人しかいない執務室に、突然四人目の声が聞こえ、総督とピルーズはソファーから飛び上がらんばかりに驚き、声の主を探した。


 「……シャ、シャーヒーン様……」


 総督は、その声の主が見知った老人で、安堵したように息を洩らす。四人目の声の主は、深い年輪の刻まれた顔や手をした男性で、深緑ディープグリーンのローブをまとい杖をついていたが、杖に頼るほど足腰は弱ってはいなさそうであった。


 「す、すみません総督閣下。一応お止めはしたんですが……」


 遅れて入ってきた秘書が、平身低頭して謝る。


 「わしが勝手に入ってきたんじゃ、もうさがっていいぞお嬢さん」


 シャーヒーンに言われ、逃げるように執務室から出て行く。


 「――驚きましたぞ、シャーヒーン様」


 総督は、オミードの時とは違いシャーヒーンには、すぐにソファーを薦めた。


 「突然入ってきて驚かせるとは、お人が悪いですよシャーヒーン様」


 ピルーズはソファーから立ち上がり、笑顔で席を譲った。


 「――これが、例の子供か……うむ、良く出来ている」


 シャーヒーンは直立不動に立つハーミを、品定めするように観察する。


 「魔法師大会での優勝を、あ《・》の《・》も大変喜ばれていたぞ」


 総督とピルーズはお互いの顔を見て、まるで子供のように喜びあった。


 「それであの方は、明日のパレードには参加されるのでしょうか?」


 「――いや、明日の優勝パレードは、体調がすぐれないとの事で、欠席じゃそうじゃ」


 「そうですか……あの方の為に盛大な催しを考えていたのですが、残念です」


 自分の力を誇示した祭典を企画していただけに、落胆の色が濃く表情に浮かんでいた。


 「――ところで、先程話していた小娘とは?」


 「……ああ、緑の魔法師のオミードとかいう生意気な小娘が、王国内で起こっている、連続殺人事件の捜査で先程まで、この執務室で偉そうに話をしていまして」


 「ほう、国王のお気に入りの小娘が、ここに来ていたのか……」


 「まったく、陛下のお気に入りか知りませんが、かなり生意気な小娘でしたぞ」


 総督が、オミードについて怒りと侮蔑を込めて話す様を、シャーヒーンは笑顔で聞いていた。


 「同じ緑の魔法師でも、シャーヒーン様とは品や格が違いすぎました。いや、比べる事自体おこがましい限りです」


 ピルーズもオミードに対する罵詈雑言に加わる。それに笑顔を湛え、満足そうにシャーヒーンは何度も頷く。


 「――国王といえば、我々について何か探りを入れているそうだ……」


 「その件で、実は……先日も王下魔法師団のラフシャーンが来ていて、色々と探っていたようです」


 その報告にシャーヒーンは眉をあげる。


 「そやつは、まだこの州にいるのか?」


 「いえ、それが……今日、町外れで死体となって発見されたようです」


 言い難そうに、ピルーズが伝えた。


 「……ほう、かなり大胆なことをしたではないか、総督……」


 「いえ! 決して我々ではありません! 私達のあずかり知らぬ所で殺されていたようで……」


 シャーヒーンから怒りを感じた総督は、慌てて取り繕う。


 「お主たちが手を下していないとしても、怪しまれるのは確実……」


 不測の事態が起こっている事実に、シャーヒーンは杖で床を何度か叩きながら思案する。


 「それについて、あの小娘が言うには、ラフシャーンを殺ったのは、もしかしたら連続殺人犯ではないかと申してまして……」


 総督の言葉にシャーヒーンは興味を持った。


 「なるほど……で、先程の話へと繋がる訳か……」


 シャーヒーンはしばらく思案気に窓の外を眺める。


 「……よかろう、小娘も連続殺人犯とやらに殺られた事にしようか」


 シャーヒーンの提案に、総督とピルーズが年甲斐もなく飛び上がらんばかりに喜んだ。


 「その計画にシャーヒーン様もご協力してくださると?」


 「うむ、一応小娘もわしと同じ緑の魔法師、万が一にも逃がすようなことがあってはならんのでな」


 「おお!! 緑の魔法師同士の魔法対決とは、世紀の決闘ですな」


 魔法師にとって、王国の至宝と称えられる緑の魔法師の魔法合戦を間近で見れることは、勉強になるとあって、ピルーズは感極かんきわまったように、小さくガッツポーズをとる。


 「今回は、ハーミも夜襲に加えてもらうぞ。実力も見ておきたいのでな」


 三人は同時にハーミを見る。注目を浴びているハーミは、相変わらず無表情だった。

 そして、シャーヒーンは総督とピルーズとハーミに作戦を授けた。


次回  第六話『月下の暗殺者』

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