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緑の魔法師  作者: 葉月望
緑の魔法師~落日の哀歌~
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第十六話『追憶の炎』

――前回のあらすじ


 トラキア城から無事逃れたオミードを暗殺者が待ち受けていた。

 山中の戦いは、オミードにとって思わぬ苦戦となり、暗殺者の凶刃が目前に迫る。



 ――油断したつもりはなかった。

 

 残虐な光を放つ白刃が、冷徹な表情でオミードの眼前に迫ってくる。

 絶対的優位に立ち、あとは暗殺者が降伏するのを待つだけだった。しかし、その余裕が、油断となり危機的状況を招いたのは確固たる事実であった。

 忸怩たる思いに唇を噛みしめるオミードの視界は、突然真っ白なものに包まれた。その直後、鼓膜を突き破るような爆音と衝撃波が全身を突き飛ばす。

 雷が暗殺者の刀身に引きよせられ、二人の近くに落ちたのだった。

 結果的に、オミードは自ら作り出した雷雲に助けられた。

 

 運よく雷の直撃を免れたオミードと暗殺者だが、飛ばされた拍子にオミードは右肩から大木にぶつかり、暗殺者は背中を打ち付けていた。


 「――くっ、ぁあああああっ!」


 絹を裂くようなオミードの悲鳴が山に響く。オミードは、大木にぶつけた右肩を苦しそうに押さえもだえる。それでも、魔法で痛みを和らげようとしたが、激痛のせいで魔法に集中できなかった。

 暗殺者も四つん這いになりながら、痛む背中を庇い、二、三度頭を振り意識をはっきりさせようとする。

 やがて、呻き声を上げるオミードに気づく。その姿を注意深く見つめる。

 暗殺者の顔に陽射しが当たり、横目で空を見ると雷雲が晴れていた。それにより、オミードの痛がりは、演技でないと確信する。

 背中を庇いながらゆるりと立ち上がると、隠し持っていた短剣を取り出し、オミードに気づかれないよう、そうっと近づく。

 攻撃範囲に入っても、オミードは右肩を押さえ痛みで苦しんでいた。

 これだけ近づいてもオミードが何もしてこない事に、疑念は確信へと変わった。

 短剣を振り上げた暗殺者は、鈍く光る刃に血を吸わそうと振り下ろす。


 「オミード様!」


 低い男の誰何が、木々にぶつかりながら響く。それと同時に、黄色い閃光が二本オミードに向かって飛来する。


 「――くっ!?」


 暗殺者は低い呻き声を上げ、飛来する雷の矢をかわす。矢はオミードと暗殺者の間を割って入るように通りすぎた。

 その間隙をついて、スカーフェイスのシャヒンが割って入った。


 「ご無事で良かった!」


 シャヒンは、暗殺者に視線を向けたままオミードに声をかけた。


 「……なんで、こんな所にいるか、後で問いただすとして――気をつけて、相当の手練れよ」


 オミードは苦痛に満ちた表情を浮かべ見上げる。


 「分かります」


 王国の至宝と呼ばれる緑の魔法師を、ここまで追い詰めたのだから、生半可な相手ではない。そんな相手に、シャヒンはどこまで戦えるか不安だったが、自分の役目は、オミードが回復するまでの時間を稼ぐ、その一点に絞った戦いを心掛けるだけだと思い、そう実践しようと考えていた。

 オミードも痛みが治まるのを待ち、少しでも早く魔法が使えるまで集中力を回復する事に専念する。

 暗殺者は、突然現れたシャヒンを吟味する様に見た後、木の陰に入って姿を隠した。


 「……逃げた?」


 「油断しないで、ゲリラ戦に長けた相手よ」


 ここまで緑の魔法師を追い詰めて、手ぶらで帰る訳がないとオミードは思った。

 だが、それは見事に外れる結果となった。


 ――十分ほど、防御に徹しながら相手の出方を待っていたが、一向に動く気配がなかった。そして、魔法が唱えれるほど回復したオミードは、すぐに脱臼した肩を治し、ついでにいたるところある傷を治す。

 体力は落ちたとはいえ、激しい動きにも耐えれるまで回復できた。

 そこに至って、ようやく、オミードも暗殺者は撤退したのではないかと考え始めた。


 「あなたの言う通りみたいね」


 その言葉に、シャヒンは肩の力を抜いて頷く。オミードも気が緩む。その途端、一気に疲労感に襲われ跪く。


 「大丈夫ですか!?」


 「ええ――急いで町に戻りましょう。通信用水晶で助けを呼んで」


 オミードの言葉に、シャヒンは申し訳なさそうな表情を浮かべ、ぼそりと答える。


 「……城で戦った時に落としたようで、ありません」


 絶句するオミード。

 だが、自分の通信用水晶はヤムナがいつも持っているので、持っていなかった。

 二人は顔を見合わせる。

 やがて、深いため息を吐く。


 「――しかたないわね、歩きましょう」


 連絡方法がないのでは、自力で山を降りなければならなかった。

 渋々歩き出そうとしたオミードの前に、シャヒンが回り込みかがんだ。

 その行為と姿勢に首をかしげたオミードだが、すぐに理解すると顔を真っ赤にする。


 「いいわよ恥ずかしい、一人で歩けるから!」


 「恥ずかしがっている場合ではありません」


 「本当に一人で歩けるから……」


 「ヤムナ殿からも、しっかりオミード様をお護りするよう頼まれているのです」


 「心配性め……」


 小声で毒を吐く。


 「そのヤムナ殿の安否も気になりますで、急いで戻るには、失礼ながらオミード様をおぶっていく方が速いと愚考ながら意見させていただきます」


 ヤムナの事を言われては、返す言葉がなかった。今まで心配してないふりをしていたが、内心では気が気でなかった。だからといって、飛行魔法で空を行けば、どこから暗殺者に狙われるか分からない。

 熟考した末に、オミードはシャヒンの提案を受ける事にした。


 ――シャヒンにおぶられながら、トマトのように顔を赤くする。年頃の女の子としては恥ずかしくて仕方なかった。せめてもの救いは、人里離れた場所で、誰にも見られることがない事だけだった。

 ヤムナと違う匂いを嗅いだオミードは、男の人におぶられるのは、これで二度目かと思った時、あの忌々しい事件を思い出した。

 八歳の頃、屋敷を抜け出したオミードを誘拐しようとした男たちを殺した生々しい記憶がよみがり、生まれて初めて人を殺めた恐怖と嫌悪と後悔が複雑に絡まった感情が、鼻の奥をツンとさせ、体を強張らせた。


 「オミード様は羽毛のように軽いですね。しっかり食べていますか?」


 「――余計なこと言わないの!」


 「あははは、すみませんでした」


 豪快な笑い声が山に響く。オミードが体を強張らせたことに気づいたシャヒンが、緊張をほぐそうと軽口を叩いたとのだと察した。



 ――夕日が山々を燃やすように赤く染める。それからわずかの時間で、夜の帳がシャヒンの足元を闇に染めた。


 「どこかで、野宿をしましょう」


 「いえ、光の魔法で足元を照らせば大丈夫です」


 「危険だわ。どこかで野宿をします。これは命令よ」


 オミードはわざときつい感じで言う。

 そうしなければ、無理にでも歩き続けそうだったシャヒンを心配してのことであった。

 荒い呼吸でしばらく考えたシャヒンは、オミードの言葉に従う。

 オミードは適当な場所に穴を空け、二人が十分寝れる場所を確保すると、それから四方を固い岩盤に変え、入り口から遠い穴の奥で火を起こす。

 そこまでの準備をオミードが終わらせると、シャヒンが耳の長い動物を捕まえ帰ってきた。それを、手慣れた手つきでさばいていく。


 「あなた料理も出来るのね」


 「宿泊兼食堂を経営していますので、これぐらいはできますよ」


 お肉の焼ける良い匂いが、穴を満たし始めた。その途端、お腹が催促の音を鳴らす。

 二人は暖を取りながら、美味しそうに焼けた肉を頬張る。お腹が空いていたせいか、とてもおいしく感じられた。


 ――お腹も満たされ、人心地ついた二人は、ゆらゆらと燃える炎の揺らめきを黙って見つめる。


 「そういえば、あなた結構な年なのよね?」


 「オミード様と比べたら、年は取っていますが、まだ三十五歳です」


 苦笑いを浮かべ答える。


 「そういう意味じゃないんだけど……あなたが帰らなくて、奥さんや子供は心配しないの?」


 「心配してくれる妻子はいません――この通りの面構えなので」


 笑いながら、左頬の傷をなぞる。

 確かに顔の傷は目立つが、それ以外、整った顔立ちをしていて、精悍さを感じさせる男性だとオミードは感じていた。


 「そういえば、その傷は修行の時に出来たものだといってたけど、魔法師を諦める程とは思えないわね」


 眠気がくるまで、シャヒンについてもっと知っておこうと質問をする。


 「以前も言ったように、家が油を扱った商売をしていたので、その後を継いだだけです」


 「……今の商売と、随分かけ離れているような気がするのだけど?」


 話に一貫性がない様に感じたオミードは、猜疑の目でシャヒンを見る。その目をまっすぐ見返えしていたシャヒンだが、大きなため息をつく。


 「何を詮索されているかは分かりませんが、疑われる事は一切ありませんよ」


 「そんなつもりはなかったのだけど……。そう思わせたのならごめんなさい」


 「いえ、わたしの勘違いでしたのなら結構です」


 狭い空間で、お互いの腹の探り合いは居心地が悪いものであった。


 しばらく沈黙の帳が穴の中に横たわり、炎が弾ける音だけが響く。

 沈黙を破るように、シャヒンが重い口を開いた。


 「わたしの家系に、魔法を扱える者がいなかったのですが、突然変異の如く、わたしだけが魔法を扱えたのです」


 レアなケースだが、両親が魔法を使えなくても子供に魔法師としての遺伝子が現れる事もあった。オミードもその例外的であったが、大伯母に大魔法師がいたので、魔法とは縁がないわけでもなかった。


 「喜んだ両親は、わたしを魔法学校へ入れたのですが、商家の子供というだけで、いじめに遭いました」


 シャヒンの話は、オミードと類似していて驚く。オミードも魔法師の血が覚醒した時に、父親の力で貴族の子弟だけが入れる魔法師学校に入れられたのだった。

 勿論、周りは貴族の子弟ばかりで、商家出身だった為に不当ないじめに遭っていたが、圧倒的な魔力を駆使して跳ね除けていった。


 「どこでも一緒のようね……それで?」


 シャヒンの境遇に共感したオミードは、話の続きが聞きたくなり促がす。


 「そこからは、必死に魔法の勉強をして次席で卒業しました。そして、州の警備隊に幹部候補として就職したのです」


 「出世コースに乗ったじゃない」


 オミードが褒め称えると、少し照れ笑いを浮かべ頷く。

 州の警備隊幹部になると、後は、下手なことしない限りエスカレーター式に出世していき、いずれ州軍魔法師部隊幹部として配属される。


 「わたしが二十歳の時、王国魔法師大会予選が行われ、腕試しに出場して、州の代表に選ばれたまではよかったのですが……」


 そこまで喋り、シャヒンは一旦言葉を切る。左の頬の傷を触るシャヒンの表情は、まるで、怨念に憑りつかれた恐ろしいさを見せていた。その表情にオミードは、背筋を冷たいものが流れる感覚を味わう。


 「それ、修行でついた傷ではないの?」


 恐る恐るオミードが問う。その言葉に、我に返ったようにシャヒンが微笑を浮かべる。


 「傷は修行の時付いたのですが……生死を彷徨う大怪我で、回復の魔法も体力がなさ過ぎて効果がなかったようです。わたしが目覚めたのは、一か月が経ったぐらいでした」


 「無事で良かったわね」


 壮絶な話に、オミードは当たり障りのない言葉をのべる。すると、シャヒンの表情はより一層暗く沈む。


 「わたしは無事だったのですが、わたしを心配するあまり、両親は心労が祟って、わたしが目覚める前に亡くなったそうです。亡くなる寸前までわたしの心配をしていてくれたそうです」


 空気が重くなるように感じたオミードは、ありきたりの慰めの言葉しか浮かばない自分の未熟さを恥ずかしく思った。


 「――ははは、十五年も前の話です。もう、心の整理はついていますから」


 無理に、明るく振る舞っているように見えた。

 そんなシャヒンの思いを無駄にするわけにもいかず、オミードも微笑を浮かべる。


 「それで、わたしは両親の遺産を引き継ぎ、さらに、昔のコネを使って警護の仕事も起こし今の財を築いたのです」


 ようやく合点がいった。


 「いろいろ大変だったのね」


 「わたしなんて、まだ運がいい方ですよ」


 笑いながら頭を掻く。

 本当に苦労してきた人間ほど謙虚という言葉を知っている、とオミードは思った。


 「それよりオミード様はお疲れでしょう。横になってください。わたしが見張りをします」


 年長者の顔を立て、また、疲れがピークに達して眠気が脳を侵食し始めていた。


 「お言葉に甘えて、そうさせてもらおうかしら」


 そう言い、横になったオミードは、すぐに寝息を立てた。

 その姿に、シャヒンは微笑を浮かべ見つめ、炎の調整をする。



 ――人工的に作った洞穴に光が射しこむ。その眩しさで、オミードは目を覚ました。


 「あれ……もう、朝?」


 「おはようございます」


 朝が苦手なオミードは、上半身だけを起こすと、しばらくぼんやりと宙を見つめていた。徐々に脳が覚醒しだすと、慌てた表情を浮かべる。


 「まさか、私朝まで眠っていた?」


 「はい、よほどお疲れだったのでしょう、ぐっすり寝ていましたよ」


 「どうして起こしてくれなかった――いえ、ずっと見張りをさせてごめんなさい」


 オミードは、いつもヤムナに対する態度を取りそうになり、慌てて取り繕う。


 「警護の仕事をしていたので、一晩ぐらいなんでもありませんよ」


 笑いながら朝食の準備を進める。

 その度量にシャヒンに対する好感度が上がる。


 ――二人は、少し冷たい朝の空気を感じながら、朝食を済ますと野宿の為に作った洞穴を元の土に戻す。


 「あんな騒動を起こした後だから、城の方が気になるわ」


 「ヤムナ殿の安否も気になります」


 オミードが一番に気になっているのはヤムナの安否だったが、それを口に出して言うのも何か違うような気がしたので、あえて口にしなかったが、シャヒンが気を利かせて言ってくれた。


 「ヤムナならきっと大丈夫よ……。それより急ぎましょう」


 「空を行きますか?」


 「今は時間が惜しいわ、空から行きましょう」


 暗殺者の存在も気になったが、先を急ぐことを選択する。


 「昨日は聞きそびれたのですが、一体何者なのでしょう?」


 「使っていた武器から、おそらく東方にある島国の暗殺者でしょうね」


 身元を偽る為に使っていたとも考えられるが、暗殺を成功させるためには使い慣れた武器を使用するはずであるから、その可能性は低いと思われた。


 「いえ、暗殺者を雇った人物の事です」


 「ああ……。それだったら、見当はついているわ」


 「誰です?」


 「むしろ、あなたのほうが知っているんじゃないの?」


 風を切り飛行するオミードは、真っ直ぐ見つめたまま話す。その姿を斜め後方で見ていたシャヒンは微笑を浮かべる。


 「おそらく、ザルトーシュト候から送られたプレゼントでしょうね」


 「……あのじいさんらしい贈り物よ」


 「年上に好かれるのでしょうオミード様は――」


 シャヒンの軽口に眉間に皺を寄せる。


 「本当に……嫌だわ、それ……」


 心底嫌そうに言い放つオミードに、シャヒンはくすりと笑う。

 そして、二人は紺碧が広がる空をトラキア城に向け飛ぶ。


 その後方から、曇天が広がっているのを二人は気づいていなかった。


次回  第十七話『宣戦布告』

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