第十二話『オルテギハとの謁見』
――前回のあらすじ
トラキア城へ侵入する準備が整うまでの間、オミードトヤムナは、町の様子を窺うために出歩いていた。町では、荒くれ者たちが闊歩して歩くほど、戦乱の様子を醸し出していた。
そんな雰囲気を感じていたオミードに、トラキア城への侵入準備が整ったと知らせが入り、三人はトラキア城内に侵入したのだった。
歴史を感じさせる廊下を、長めのスカートの裾を揺らしオミードが駆け抜ける。しばらく歩いていると、扉の前に若いメイドが立っていた。
それに気付いたオミードは慌てて歩みを止める。
「大丈夫、私の手の者です」
シャヒンが若いメイドに近づく。若いメイドはシャヒンに深々とお辞儀をした。
「少々お待ちください」
そう言うと、若いメイドは扉を三回ノックする。
「入りなさい」
部屋の中から、先日オミードが聞いたオルテギハの声と同じだったので、とりあえず罠ではないと安堵する。
扉が開かれ中に入ると、ピンクを基調としたフリルのたくさんついたドレスを着たオルテギハが椅子に座りオミード達を待ち構えていた。
「今日は無理なお願いを聞いていただきありがとうございます」
シャヒンが深々と頭を下げる。それに倣うようにオミードも頭を下げた。
「ジャミラのお願いでは仕方ありません」
「ありがとうございます殿下」
オルテギハの隣に控える年配の女性が礼を述べる。
「それで、シャヒンとやら、大切なお話とはなんですか?」
「それですが、こちらにおられますオミード様が、オルテギハ殿下とお話があるとのことでお連れしました」
シャヒンに紹介されたオミードが一歩前に出る。
「――あれ、あなたどこかで……?」
「昨夜、お会いしています殿下」
「――あっ! あの時の謎の少女ね!」
謎の少女と言われ、オミードは苦笑いを浮かべる。
「あなた、こんなところまで追ってきて、何が目的なの?」
警戒心を深め、猜疑の目をオミードに向ける。
そして、警備の兵を呼ぶ仕草をしたので、シャヒンが慌てて説明をする。
「こちらにおられるオミード様は、王国の至宝『緑の魔法師』様です」
その名を聞いて、驚かないパルシア国民はいない。それは王族でも例外ではなかった。
オミードが緑の魔法師と聞き、オルテギハは口を開いたまま固まっていた。
「あの時は、名乗れなくてごめんなさい」
オミードの言葉に、冷静さを取り戻したオルテギハは、眉間に皺をよせ注視する。
「緑の魔法師が二人……まさか、お兄様の暗殺?」
その言葉を口に出したオルテギハは、自分の疑念に怯えるように震えた。
「その逆よ。王はアルサメス殿下の無実を信じているわ」
落ち着かせるように、優しく語りかける。
オミードの言葉の意味と、その優しい口調にオルテギハは落ち着きを取り戻す。
「その言葉は本当なのね?」
「ええ、間違いないわ」
言い切ったオミードの言葉に、オルテギハは大きく安堵の吐息を漏らす。
「それじゃ、緑の魔法師が何の用で来たのかしら?」
「私は、王の依頼で来たの――アルサメス殿下が謀反を企てていると、一体誰がそのようなウワサを流しているのか……その犯人に心当たりないかしら?」
オミードはオルテギハを探るように言葉を投げかける。
「お兄様は、誰かに陥れられているというの!?」
その話に、オルテギハはかなりの衝撃を受け、両手を合わせ祈るように確認をする。
「その可能性があるってだけで、まだ証拠もない話なの」
オミードはオルテギハを怯えさせてしまったことを反省して、落ち着かせるように語る。
「――もし、それが事実なら絶対に許さない!」
合わせた手から、指を鳴らす音が聞こえ、このお姫様は見た目と違い、気が強いようであるとオミードは感じ取った。
「それじゃ、殿下ではないのですね」
「当たり前でしょ! わたくしがお兄様を陥れるわけがないわ!!」
犯人の可能性であったオルテギハが違うとなると、捜査は振り出しに戻った。
「アルサメス殿下に恨みを持つ者や、接触してきた者に心当たりはありませんか?」
「お兄様に恨みを持つ人などいるわけはないわ。お兄様はとてもいい人なのに――ね、ジャミラ」
「はい、姫様」
ジャミラの表情が、一瞬曇ったのをオミードは見逃さなかった。
「それじゃ、アルサメス殿下の交友関係はご存じありませんか?」
「最近、お兄様の元には色々な人が出入りしていて、よくわかりませんわ」
そこにヒントがあると思ったが、当初の当てが外れたオミードは、シャヒンに目で訴える。それを理解したように小さく頷く。
「ありがとうございました殿下」
これ以上の情報は得られないと思い、オミードは立ち上がる。
「オミード様、わたくしをカワード兄様――国王陛下に会わせて下さい。お兄様の無実をわたくしの口から、はっきりと伝えたいのです」
それは、想定していたオルテギハの言葉であった。
そして、それに対する答えをオミードは決めていた。
「わかりました」
アルサメスの妹が釈明に向かえば、無益な戦争を回避できるのではないかと、少なくとも主戦派の牽制にはなるだろう。時間が作れれば、アルサメスを陥れようとしている人物の正体を突き止めれる。その思いでオミードはオルテギハの提案を受け入れた。
「ありがとうございます。それでは、準備しますので少々お待ちください」
「危険です姫様!」
ジャミラがオルテギハの前に立ちはだかり、行くことを阻止しようとする。
「これは、お兄様だけの為じゃないの、このチャハマール州を戦渦に巻き込ませない為にも必要な事なの」
オルテギハの真剣な眼差しに、ジャミラが折れた。
そして、オルテギハは隣室に移り着替えを始める。
ここまでは予定通りに進み、安堵しながらも油断をせず、シャヒンの方を向く。
「殿下を無事に国王の元に届ける方法を考えて」
「――輸送手段は、わたしが運搬している荷物に紛れていただければ大丈夫でしょうが……この城から出るのが難しいですよ。何も準備をしていないのですから」
メイドの格好をさせるにしても、オルテギハの顔を見れば、すぐに見つかってしまう。洗濯物に紛れて、運び出すことは出来ないかとオミードは思案する。
色々な手段をシャヒンと話している間に、オルテギハの着替えが済み現れた。
乗馬用の動きやすい恰好で現れたオルテギハは、冒険気分で目を輝かせていた。
「それで、どうやってこの城から出ます?」
その説明をしようとした時、扉が荒々しく開かれた。
「強力な魔法力を感じたので来てみたら、オミード殿だったとはな」
現れたのは、緑の魔法師シャーリヤであった。
オミードとしては一番会いたくない人物の登場に、苦虫を潰した表情を浮かべる。
「わたしが時間を稼ぎます。お二人は行ってください!」
シャヒンが前に出ようとしたのを、オミードは止めようとしたが遅かった。
「雑魚が引っ込んでいろ!」
シャーリヤが右手をかざすと、突風が起こり、シャヒンを吹き飛ばした。
その光景に、黄色い悲鳴が上がる。
「今は、あなたの相手をしている暇はないの!」
オミードも素早く隠語を唱えると、シャーリヤが起こした風を利用して、カマイタチを起こす。
シャーリヤは、シャヒンに気を取られた一瞬の隙をつかれ、オミードの攻撃を受ける。その間に、オミードはオルテギハの手を掴み、窓を開け飛び出そうとした。
しかし、すぐに窓は閉ざされる。
激突しそうになったが、直前で止まることが出来た。
「そう簡単に逃げられると思うな小娘」
シャーリヤは、殺意を剥き出しにしてオミードを睨む。最初に出会った時から感じていた違和感は、これだったのかと得心する。
「あなたに、怨まれる覚えはないのだけど?」
若くして、魔法師の最高位である緑の魔法師を拝命してから、敵意や嫉妬、憎悪といった負の感情に晒されることの多かったオミードだが、あまり知りもしない人から、これほどの殺意を向けられたことはなかったので、若干の戸惑いを感じた。
「我が師の復讐だ!」
そう叫ぶと、シャーリヤは爆炎弾を投げてきた。ここには、オルテギハ殿下がいるのに、気にするそぶりすら見せず攻撃を仕掛けてきた。
オミードはオルテギハを守るように防御結界を張る。
爆炎弾の轟音が、城中に響き部屋が揺れた。
「あなた、この城を破壊するつもり!?」
「貴様の首が取れるなら、何を犠牲にしてもかまわぬ!」
そう言うと、シャーリヤは次の詠唱に入っていた。弓を構える仕草をすると、雷の矢が出現する。それを、オルテギハがいるにもかかわらずオミードに向けて放つ。
オミードはオルテギハを守る為に、相殺効果のある風の防壁で受ける。
「本当に、お構いなしね」
正気の沙汰とは思えぬシャーリヤの行動に、とにかく被害を押さえようと、防戦を余儀なくされる。
シャーリヤは、雷の矢を放った後、火の矢を出現させ放つ。それを、水の防壁で防ぐ。
シャーリヤは次々と属性の違う矢でオミードに攻撃をする。
それを、すべて相殺効果のある属性で防いでいく。
「……す、凄い……早すぎて、ついていけないわ」
オルテギハも魔法師の端くれであり、アルサメスに修行をつけてもらったこともある。だから、魔法に関して多少の自信はあったが、王国の至宝と呼ばれる緑の魔法師の詠唱速度を目の当たりにして、そんな自信も強風にさらされる紙切れのように、あっけなく吹き飛ばされた。
それほど二人の魔法合戦は凄く、とても割り込める隙など無いように思えた。
次回 第十三話『トラキア城からの脱出』




