第四話『黄昏に蠢く』
――前回のあらすじ
シラズ州都に入ったオミードは、今まで立ち寄った村と違い整然と整理され、お祭りのように賑わっていた。それは、魔法師大会優勝者がシラズ州から出たので、それを祝う為のものであった。
その頃、総督は、村はずれで起こった殺人事件に頭を悩ませていた。
そこに、オミードが現れたのだった。
赤よりも深い紅い色のくせ毛を肩まで伸ばした少女が、その幼さに似合わない仏頂面で、一枚ものの樫の木の扉を見つめていた。その横には、初老とは思えないほど筋骨隆々な体格をしたヤムナが、体のラインが分かるほどぴったりした服を着た秘書と共に立っていた。
その女性は、背筋を曲げオドオドした様子をしていた。なにしろ、王国の至宝と称えられる緑の魔法師を目の前にしているのだ。それが緊張せずにいれるわけがない。たどたどしい仕草で扉を開く。
「シラズ州へようこそ、王国の至宝緑の魔法師様。私が総督のシャーヤーンです」
ポッコリと出たお腹でお辞儀する総督の顔は、無理に口角を上げた作り笑いであった。その隣には、少しはましな出立をみせるピルーズが並んで立っていた。二人の様子にオミードは小さく嘆息する。そう緑の魔法師と知れば、大抵同じような状況となる。それに、うんざりしていた。
作り笑いを浮かべ手を差し伸べた状態で、総督が近づいてきた。礼儀なので、その手を握り返そうとオミードも手を差し出した。だが、総督はその手を無視してヤムナの手を握った。
「あ、あの……」と、ヤムナは困惑したような表情を浮かべ総督の手を握り返す。そんなことを気にせず、握った手を何度も上下に動かす。
「彼が、魔法師団団長のピルーズです」
「我々魔法師にとって、緑の魔法師は憧れの存在。そのようなお方にお会いできて感無量です」
総督とは対照的に、自然な笑顔でヤムナの手を握る。緑の魔法師の突然の来訪に、先ほどまで動揺していた人物とは思えないほど、完璧な礼節で対応する。
それに困惑したのはヤムナの方であった。
「いえ……私ではなく、こちらが、その緑の魔法師のオミード様です……」
申し訳なさそうにオミードを指し示しす。総督とピルーズはオミードを見て、そしてまた、ヤムナを見る――
「ええええええええっ!?」
だだっ広い執務室に響き渡るほどの驚きの声を上げた。
「その行動を掣肘出来るのは国王のみいわれ、三大諸侯でさえ手を出せない。領土を持たない侯爵、王国の至宝と称えられる、この国にたった十人しかいない緑の魔法師が、こんな子――ッ!」
ピルーズは慌てて口を噤む。
「いいわよ慣れてるから――って、一体誰に対しての説明かしら……?」
オミードは、懐から親指ほどの緑色に光り輝く水晶を取り出した。その水晶にはパルシア王国の紋章が、特殊な魔法を用いて刻まれており、本人以外の者が持つと高圧の電流が流れる仕掛けが施されていた。それを持てる者こそ、緑の魔法師であるとを証明する物のひとつであった。
「――え!? あ、これは、失礼しました……」
その水晶を確認して、総督とピルーズは深々と頭を下げ謝罪した。
「しかし、まさか、このような若い方だとは……」
「こんな小娘と思っていたくせに」
オミードは、皮肉と嫌味をスパイスさせた言葉を総督たちに浴びせた。それに、総督たちは冷や汗を拭く仕草を見せる。
「そんなことは……。こ、今回、シラズ州へはどういった御用でお越しいただいたのでしょうか?」
「あら、この州では客と立ち話が、慣習なの?」
追い打ちをかけるよう、言葉で総督を責める。
「お、お嬢様!」
これ以上オミードが暴走しないよう、ヤムナは注意を喚起した。それに、オミードは渋々といった表情で口を噤んだ。総督とピルーズは恐縮したように黙り込む。
「――し、失礼しました」
慌てた様子のピルーズが、オミードをソファーへ案内する。それを、総督はこめかみと唇は引くつかせた笑顔で見守っていた。人に対して尊大で横柄な態度をとり、頭を下げられたり、媚びへつらわれる事を当然の事と思っている総督のような人種にとって、目上に対して生意気な態度をとる小娘は、許しがたい存在であった。
オミードのほうも権力に安寧し、傲慢な態度をとる人種が許せなかった。ましてや、立ち寄った村の惨状が頭から離れず、当てつけの一つや二つぐらいやらないと気が済まないと思っていた。
そんな二人があって、平々凡々に事が進むとは到底思えなかった。――とはいえ、このまま総督たちを怒らせて、非協力的になられても困るし、またヤムナにこれ以上心配かけてもいけないと思い考えを改めることにした。
「この州には、ある事件の調査でちょっと寄らせて頂いたんだけど……。ところで、村はずれで起こった事件なんだけど、何かわかりました?」
総督は、オミードの言葉に一瞬身体を強張らせ反応を示す。それをオミードは見逃さなかった。
「そ、それは…………」
総督が返答に窮し口ごもっていると、ピルーズが助け舟を出した。
「……まだ未確認の報告ですが、魔法師同士の戦いであるようです。倒された者の近くに、王下魔法師団の紋章があったとの事です」
「なんですって!」
思わず大声をだしてしまうほど、オミードは驚いた。それは総督も同じであった。まさかピルーズが正直に話すとは思いもしなかったからだ。
「その王下魔法師団員って誰かわかる?」
「……実は……」
この質問に、ピルーズは正直に答えるべきか判断に迷った。あとで調べればわかることを、ここで隠しては、いらぬ疑いをもたれ、後々やりにくくなるのではと思い、事実を話すことにした。
「……先日、このシラズ州に来られたラフシャーン殿ではないかと、私どもは考えていますが、何分、遺体があの状態なものなので、今の段階では……」
「王下魔法師団のラフシャーンさんが、なぜここに?」
「何かの調査らしいのですが、同じご用件ではないのですかオミード様?」
ピルーズは、さりげない質問でオミードの反応と目的をみようとした。
「いいえ、私の事件とは関係ないわ」
「そうでしたか、オミード様はどういったご用件でこちらへ?」
ピルーズと総督は、オミードの言葉を聞き安堵したように吐息を洩らす。
「そうね、王下魔法師団殺人事件はあなたがたにお任せして、私の事件の調査に少し協力していただこうかしら」
オミードの言葉を合図に、ヤムナがテーブルの横に移動し、拳ほどの黄色っぽい水晶を置いた。その水晶にオミードが手をかざすと、周りには聞きとれないほどの小さな声で隠語を唱えた。すると、水晶から天井に向け淡い光が送射され、立体映像が浮かび上がった。この黄色っぽい水晶は、映像保存用であった。その方法は、まず録画したい対象物に向け、隠語を唱え焼き付ける。そして、保存した映像をこのように人に見せたりすることができる。だが、水晶に録画された映像は、だれでも自由に投影させることは出来ない。録画するときにパスワードを一緒に組み込むことで、簡単に録画した映像を見れないようにしてあるのだ。
そこに映し出された立体映像には、年齢がバラバラの五人の男性達が映し出された。
「この五人は、それぞれ州魔法師団長を勤めていたり、元魔法師大会優勝者、または有力者の護衛などをするフリーの魔法師なんだけど、今年に入ってから一人でいるところを次々と殺害されていったの。しかも、僅かな時間で目撃者も出さずに殺害されていたの……」
オミードは、被害者の殺害現場の映像をスライドさせながら説明する。その映像を総督とピルーズは食い入るように観ていた。
「――そして、これとは別に三年前の事件なんだけど――」
ヤムナが違う水晶をテーブルに置き、オミードが隠語を唱える。先ほどとは違う十名の男性の映像が浮かび上がった。
「これは王下魔法師団本部にあった未解決事件のファイルなんだけど、これも高位魔法師達が、何者かに次々と殺された事件なの。今回と同じで、被害者が一人でいるときに短時間で、目撃者もださずに殺害された。この手際の良さ、おそらく同じ犯人ではないかと考えているわ。しかも、三年前の事件では、王下魔法師団員も殺されているの」
「あの、王下魔法師団員が……」
オミードの言葉に、総督たちは驚く。
「――ただ、その後殺人事件は起きていなかった。それが、三年後の今、また事件が起こり始めた」
映像が消されると、総督とピルーズは大きくため息をついた。
「……そんな事件があったとは知りませんでした。……二つの事件は、何か組織的な犯行のように感じますな」
総督は、緊張が解けたように座り直す。
「そのケースも考え調査してみたけど、現場に残された足跡は、被害者ともう一つの足跡しか見つかっていないし、戦闘範囲がそれほど広くないの」
オミードは新たな映像を出す。そこには、争った現場が映し出された。
「複数で襲ったのなら、必ず戦闘範囲は広がるはず、それに足跡も……そして、何よりも組織的犯行にしては、犯行声明のようなものもないし……さらに、空白の三年間が腑に落ちないのよね」
ピルーズは、映像を観て何か思いついたように話す。
「……もし、オミード様の言うように単独犯だというと、その犯人は王国屈指の腕だということになりますな」
「そう、一対一で王下魔法師団に勝てる者は、この国では緑の魔法師だけ……」
王下魔法師団員同士の戦いなら、お互い無傷ではすまない。ならば、勝てるのは自分と同じ緑の魔法師ということになる。オミードは複雑な思いで口にする。
「外国の手の者という可能性は?」
総督が言うと、オミードは頭を否定の仕種でふる。
「外国人が、これだけ長期にわたってこの国に潜伏するのはかなり大変よ。しかも、それだけの魔法力の高い人物が入国して分からないわけがないわ。それに、この時期の攪乱は、それほどの意味がないはず」
オミードの説明は理に適っていると、総督とピルーズは頷いた。
「それで、オミード様は次に狙われるのが、シラズ州の州魔法師団長のピルーズだとお考えになられ、ここまでこられたのですか?」
総督は、オミードがここに来た本当の理由を知ろうと質問をする。
「いいえ、私の予想では……魔法師大会優勝者ハーミよ!」
「な、なぜハーミなんだ!」
総督は奇声に近い声を上げる。その異常なまでの反応に、オミードは訝る。それを察したピルーズが口をはさんだ。
「落ち着いてください総督閣下。まだ、ハーミが狙われると決まったわけではありませんよ」
「だが……いや、あれは……」
総督の態度は明らかにおかしかった。当然オミードも気づいたが、深く詮索したところで、この二人が正直に話すとは思えなかった。しかたなく、この場は言葉を飲み込み、違う言葉をかけた。
「おそらく、犯人は自己主張をしたいんだと思うの。まるで、まとめてお小遣いをもらい計画もなく使い果たす子供のように、自分の魔力をこの世界に見せつけたいだけのお調子者なんだと思うのよ」
総督は顔を赤らめたまま、オミードの話を聞いていた。
「当然、そんな奴にとって王国魔法師大会優勝者は格好の標的だと思わない? それに、ちょうど三年前の事件も、王国魔法師大会が行われた年なの。ここに、何か意味があるような気がするわ」
オミードの話を聞いているうちに、総督は少しずつ血の気がが下がり、冷静さを取り戻しだした。
「――で、そのお調子者だけど、とんでもない魔法力の持ち主だから、緑の魔法師が直接調査に乗り出したって訳――手掛かりを求めてここまで来たけど、無駄足ではなさそうね」
話しながらも、オミードは総督の動向を観察していた。
「では、今回起こった王下魔法師団のラフシャーン殿を殺したのも、その男だと?」
「たぶん間違いなさそうね。王下魔法師団員を倒せる者なんて、そう、ざらにいないもの……」
「確かに……」
総督はオミードの言葉にひとつひとつ頷いた。
「それで、ハーミさんを呼んでもらえないかしら。一つ二つ、聞きたいことがあるの」
「そういうことならば……」
総督は、秘書に連絡してハーミを呼ぶように伝えた。
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