第十話『新しい仲間』
――前回のあらすじ
オミード達の前に現れた謎の男に連れられ訪れたところは、ホテルも兼ねた食事処であった。
その中に案内されたオミード達を待っていたのは、シャヒンという左頬に傷のある男だった。しかも、オミードの腕前を試すように罠が仕掛けられていたが、逆にシャヒンを幻術にかけていた。
鶏肉をメインとした料理に、野菜をじっくり煮込んだスープと卵料理などが、所狭しとテーブルに置かれていた。それらを愛でたり味わったりする暇もない程に、オミードとヤムナは急いで食べる。上品さとはかけ離れた食べっぷりに、シャヒンは目を何度も瞬かせる。
二人は、前の駅で食事をして以来、およそ二十時間近く何も食べていなかった。そのうっぷんを晴らすように、なりふりかまわずお腹に詰め込む。
最初は驚いていたシャヒンも、気持ちのいい食べっぷりに、左頬の傷を歪ませ笑みを浮かべ、ワインを飲みながら眺める。
「お口に合って良かったです」
「――ええ、美味しいわ」
口の中の鶏肉を飲み込んでから答えると、すぐに違う料理を口に運ぶ。
堰を切ったような勢いで食べていた二人も、ある程度お腹を満たしたのか、満足そうにスープをすする。
そして、口を拭い大きなため息を吐いてから、オミードが話を切り出した。
「時間も遅いし、食事をしながらおなたの話を聞きましょうか」
「それはかたじけないです。兼ねてから私は――」
「話は端的にお願いね!」
長々と話しそうな雰囲気を感じたオミードは、シャヒンの言葉を早い段階で制した。その事に、少し不満げな表情を浮かべたシャヒンだが、仕方ないと諦め気味に頷く。
「――では、私を調査任務のアシスタントとしてお雇い下さい」
シャヒンは額をテーブルにつけ懇願する。
シャヒンから調査任務という言葉がでて、オミードとヤムナは一瞬驚く。
それを悟られないように、食事をしてごまかす。
そして、一言だけ述べる。
「何の事かしら?」
新鮮な野菜を、歯切れのいい音を響かせながらオミードは、すました顔で答える。
「アルサメス殿下の身辺調査に来られたことは、分かっています」
シャヒンの言葉に反応を示したのは、ヤムナのほうであった。その動きをオミードとシャヒンは見逃さなかった。それに対してオミードは、舌打ちしたい衝動を堪える表情を浮かべ、シャヒンは勝ち誇ったように両目を閉じ、ワインを口に運ぶ。
「……その情報は、どこから手に入れたの?」
「それは、企業秘密です」
シャヒンの言葉に、オミードは持っていたナイフとフォークをテーブルに置いた。
「あなたの情報網は素晴らしいけど――それでも、私には必要ないわ」
はっきりと断る。その迫力に、シャヒンは幻術でのトラウマが蘇り、体を強張らせる。
それでも、食い下がるようにワイングラスを激しくテーブルに置き、鬼気迫る勢いでオミードに懇願する。
「オミード様は、この町に不慣れでしょう。ならば、この町に精通しているものをお供に加えたほうが、より効率的に情報を手に入れれるというものでしょう」
シャヒンの言うことは正論であった。それだけに、そこまで想定して、会話の流れを操作しているようにも感じられた。
「仮に、私があなたを雇ったとしても、それに報いる報酬は出せないわよ。それでも私の手伝いをしたいわけを訊かせてちょうだい」
「報酬などいりません。私はこの国、この州の将来を憂いてお手伝いを申し出たのです」
瞳を輝かせ、熱く語るシャヒンの言葉には、白々しく、どこか芝居のセリフのようなものをオミードは感じ取る。
「それに、緑の魔法師様のお手伝いができたとあれば、末代まで自慢できます」
「あなたの気持ちは分かったけど、危険な仕事に民間人を連れていくことはできないわ」
「その心配でしたら無用です。こうみえても十三年前の王国魔術師大会で、このチャハマール州の代表までに選ばれた腕前です」
その言葉に、二人は食事の手を止めて驚く。王国魔術師大会はパルシア国建国以来続く、三十歳以下の魔法師にとって名誉ある大会であった。この大会で優勝すれば、王下魔法師団に内定したようなもので、出世コースに乗ったも同然である。優勝しなくても王国魔術師大会本選に出れるだけでも、思いの職業に就きやすい。その代表で、しかも、本選に出られるという話が本当なら、こんなところに埋もれ、あまつさえ、商人にまで身を落としているのが謎であった。
そんな疑問を、オミードが眼差しに乗せシャヒンを覗き込む。それを感じ取ったシャヒンが、おずおずと言葉を紡ぐ。
「州代表に選ばれてから本選に向け、猛特訓をしていた時に、不幸な事故に遭い本選にはでれなかったのです」
苦笑いを浮かべるシャヒンだが、どこか、怒りを含んだ笑い声をあげていた。
「それはお気の毒だったわね」
「まぁ、運がなかっただけですよ。それで、魔法師には未練がなくなり、こうして商売を始めたしだいです」
もし、自分が同じような経験をしていたら、シャヒンのようにあっさりと魔法師の道を諦め、父親の手伝いをするだろうか、とオミードは考えてみた。
しかし、すぐに首を横に振る。オミードには目的があった。自分の好奇心でクビになった使用人たちが、平和に暮らせるよう、この国を再建させるという目的が――例え、そんな目的がなくても、魔法が扱える者とそうでない者との身分の差が歴然としているこの国で、魔法師という職業を捨てるという事は、自らの生きる選択を狭める行為であった。そんな選択をしたシャヒンの言葉を、全て真に受ける事は出来ないと、オミードはひそかに警戒心を深め、何を目論んでいるのか探ろうと考えていた。
「あなたの気持ちは分かったけど、やはり、民間人に手伝いをさせるわけにはいかないわ」
「地元の手伝いは絶対に必要となってきます! ましてや、この州について調べるに当たり、商売人の情報網はあなどれませんよ」
確かに、シャヒンの言うとおりである。アルサメス殿下が謀反についての情報と、その情報を流布させた人物の特定。それらを、アルサメス殿下やシャーリヤに気づかれないようにしなければならない、裏方的な仕事であった。
しかも、時間的猶予もなさそうであった。この州に来て、それを肌で感じたオミードは、限られた時間内で、情報の出どころを探らなければならない。そして、出来る事ならアルサメスの謀反を止めたい。そんな、難易度の高い任務をこなすには、地元の人間の協力は必要不可欠である。その必要性は、重々承知していた。
オミードは、綺麗にこしたスープを眺めながら思案する。
「……分かったわ」
折れた形でオミードが了承する。それに対して、ヤムナが即座に抗議の声を上げようとした「必ずお役に立ちます!」と、シャヒンがそれを遮るようオミードの手を握る。
「しかし、これだけは守ってもらうわよ。私の命令は絶対、隠し事はしない。この二点の一つでも破ることがあれば、即座に解任するから」
その条件をシャヒンは快く了承した。その軽さに、オミードは一抹の不安を抱いたが、一応釘は刺したし、地元民の協力は必要となる事も確かで、今は、これで良しとする事にした。
「早速だけど、アルサメス殿下が謀反をすると、リークした人物に心当たりは?」
「おそらく、アルサメス殿下の妹君オルテギハ殿下ではないかと思われます」
オルテギハの名前に、黒髪の勝気なお姫様の顔を思い浮かべる。
「それも、あなたが自慢する情報網で得た事かしら?」
「いえ、あくまでも私の推測です。しかし、色々な情報を精査した結果、オルテギハ殿下の可能性が一番高いようです」
シャヒンの説明は論理立てられていて、分かりやすかった。そういう頭の良い人物を好むオミードは、シャヒンを使える人材だと認識し始めていた。
「……やっぱり、オルテギハ殿下に直接会って確かめるしかないようだけど……あなたのコネで会えないかしら?」
「それは、アルサメス殿下に気づかれずに――と、いう事ですよね?」
察しの良いシャヒンに、オミードは満足した表情を浮かべ頷く。
「分かりました。手の者を使って、何とかしてみましょう」
オミードは無理を承知で訊いてみたのだが、まさか、それすらも可能に出来るシャヒンという男、思った以上に底の知れない人物なのではないかと、さらに猜疑心を深める。
「今日は、このボロ屋に泊まっていって下さい」
シャヒンに案内された部屋は、しっかりとベッドが整っていた。泊まることも想定していたかのような準備のよさに、この男の目的が、心底気になった。しかし、今は利用価値がありそうなのと、手元に置くことで、シャヒンの正体を知るチャンスもあるだろうとオミードはそう考えた。
「それでは、私はオルテギハ殿下と会談できるよう手配をかけます。オミード様とヤムナ殿は、ごゆっくりお休みください」
丁寧に頭を下げ、シャヒンが部屋を出ていった。
「――お嬢様、あんな男を信用なさるのは、私は反対です!」
いつになく興奮気味に話すヤムナの顔を、オミードは見つめる。
「訊いていますかお嬢様!?」
「――あなたが怒っているのは、自分の立場をシャヒンに奪われるかと不安になっているから?」
「――な、な、何を言っているんですか!」
顔を真っ赤にして怒鳴る。その姿にオミードは含み笑いを浮かべる。
「冗談よ――十分用心するわ」
怒りが沸点を越えたヤムナを、すぐに静まらせるのには、冗談でワンクッションを入れるのが効果的であることは、長い付き合いで身につけたオミードのヤムナのあしらい方であった。
それでも、くどくどと小言を聞かされてから、慣れないベッドで眠りについた。
――翌朝、豪勢な朝食が用意されていたが、深夜に食べた食事が消化されずに、胃の中に残っていたので、オミードとヤムナは少しだけ口をつけた。
「昨日の件ですが、まだ準備は出来ていないので、お二人には今しばらくお待ちしていただかなければなりません――申し訳ありません」
見ているだけで、お腹が満たされるほどの料理を眺めながら、シャヒンの言葉を聞く。
「それじゃ、ただ待っているのも芸がないから、町を歩いて情報を探すわ」
「そんなことは、私の部下にお任せ下されば」
「申し出はありがたいけど、少しは自分の足を使って情報を得たいの――こうみえても、私達現場人間だから」
オミードの決心は固いようなので、シャヒンも無理に引きとめることはしなかった。
「すぐに連絡がつくように、これをお持ちください」
シャヒンが通信用の水晶を差し出す。
それを見たオミードは、これは、私たちにつけた首輪なのではないかと思う。
だが、今は信じたふりをして受け取る。
「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」
夜はド派手なネオンが輝いていた看板だが、今はその輝きもなかった。それでも、存在感のたっぷりあるお店の前で、シャヒンを先頭に大勢の従業員に見送られる。
その奇異な光景に、道行く人が好奇な目でオミード達を見てきた。
それを、辟易としながらホテル『ディーナー』を後にした。
次回 第十一話『トラキア城への侵入』




