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緑の魔法師  作者: 葉月望
第一部 第一章
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第三話『繁栄と荒廃の都市シラズ』

――前回のあらすじ


シラズ州のある村に立ち寄ったオミードとヤムナは、その村で、シラズ州に起きている子供の誘拐事件のとこを知り憤る。

そして、ダメ総督がいる州都に入ったのだった。

 深紅の髪を揺らし闊歩する十四歳の少女と、銀髪を短くまとめた筋骨隆々な初老の男性のツーショット――普通に見れば、仲の良い祖父と孫のように見えるだろう。だが、二人の様子から、そんな生易しいものではないことは窺い知れるだろう。なにしろ、シラズ州の州都であるシラズに入ってからの光景に、オミードとヤムナは我が目を疑い、次に怒りが沸々と湧き上がってきたのだ。


 「……何これ? 同じ州なの?」

 

 オミードに、そう呟かせるほど、まるで別物であった。今まで立ち寄った村は廃墟のように荒れ果て、住んでいる村人に生気はなく、その眼差しには怯えの色しかなかった。それに比べ州都の街並みは、しっかりと区画整備され、レンガ造りの外壁に細かいディテールが施された装飾で飾られていた。また、通りを歩く人々の顔には活気が溢れ、高価でお洒落な服装で着飾っていた。露店商も多く、品物も豊富で煌びやかに彩られている。


 「お嬢様、ゴーレムや合成獣までいます!」


 ヤムナが興奮気味に話す。ゴーレムとは、主に人型に模った大きな岩などで造られた自動歩行巨石人型人工物で、『命の水晶』と呼ばれる魔力を込めた水晶を体内に埋め込み、持ち主の言うだけに忠実に従う動く創造物であった。ちなみに、『命の水晶』にもランクがあり、ただゴーレムを動かすだけの物から、主人の教えたことを学習する人工知能内蔵型とよばれる物に分かれている。ただし、人工知能といっても五、六歳程度の学習能力しかない。この人工知能内蔵タイプの『命の水晶』は、魔法師でもごく一部の魔法師しか作れない。当然その魔法技術は門外不出で、基本的に一族の者にしか伝えられないものであった。その為、この『命の水晶』は高価な代物で、貴族か大金持ちの商人にしか買うことができなかった。

 合成獣だが、百七十五万種の動物種から、それぞれ特出した能力を合成させ作り出した動物のことを指す。その用途も様々で、荷物を引かせる馬車用の合成獣から乗り物としての合成獣に、ギャンブルなどの競争用の合成獣、観賞用の合成獣など様々な種類があった。特に軍事目的で開発された合成獣は高値がついていて、一頭の合成獣のレシピを作り出せば、一生遊んで暮らせるだけのお金を稼げるほどであった。

 そんな高価なゴーレムや合成獣が大通りを行きかい。さらに、どこかの富豪が『動力の水晶』を搭載した魔法車に乗り、見せびらかすよう大通りを往来していた。


 「王都にも負けないほどの賑わいですねぇ」

 

 感嘆した表情で、ヤムナがキョロキョロと辺りを見渡す。


 「王国魔術師大会優勝者が、この州からでたからでしょ……」


 街の賑わいを、どこか侮蔑ぶべつしたような表情でオミードは見ていた。


 「確か、明日でしたね。州総督の甥でハーミという二十歳代の青年の魔法師大会優勝を祝うパレードが行われるのは」


 「たかだか王国魔術師大会で優勝したぐらいで、こんなにも大袈裟おおげさにやることないじゃない!」


 「たかが王国魔術師大会といいますが、その大会は、三十歳未満の将来有望な若者たちの登竜門として、三年に一度行われるパルシア王国が建国してから三百年も続く、伝統的で権威のある大会ですぞ。その大会に出れることでも名誉なこと! ましてや、優勝するもの――」


 「ヤムナ!」と、大きな声で制止する。


 「私が言いたいのは、このパレードに使われる税金について言ってるの!」


 両腕を腰に当て睨むような、または諭すかのような表情で、自分の何倍もの年長者であるヤムナに説教を始めた。


 「私は、パレードをするなって言ってるんじゃないの、あの建物を見なかったらね!」


 オミードが指差すその先には、人の溢れかえる大通りからでも見える州総督府の建物であった。それは地上から二十階ほどの高さがあり、外観には大理石や化粧石が使われていた。太陽光が当たると、その光を反射し輝くという設計が施されていた。また、総督府を守るよう、高い塀が一般人を拒むよう囲う。まさに、権力の象徴というべき建造物で、このシラズ州の民が総督に搾取されているとことがよくわかるという代物であった。


 「事件の調査じゃなかったら、近づきたくないところね、あそこは……」


 肩に怒気をはらませながら、ぐつぐつと煮えたぎる熱湯のように総督の愚痴を呟きながら歩く。その肩が、通行人とぶつかった。


 「――ごめんなさい」


 オミードは、振り向き男に謝る。しかし、ぶつかった男はオミードを無視して先に進む。


 「ちょっと待ちなさいよ、今の人!」


 よく通る声で、オミードはぶつかった男を呼び止めた。その声に反応して、ぶつかった男がゆっくり振り向く。

 年の頃は十七、八歳ぐらいで、小柄な体型に頭にはターバンのようなものを深くかぶり、その表情はやや陰鬱いんうつなように見えた。


 「ぶつかったのはお互い様なんだから、あなたも謝るべきでしょ!」


 両手を腰に当て睨め上げる怒った時のポーズを、この時もオミードはとっていた。陰鬱な男は、オミードよりわずかに身長が高く、その表情は無に近いものであった。

 威圧的に睨んでくるオミードに対して、青年は陰鬱そうな表情のままゆっくりとオミードに顔を近づける。


 「――なによ」と、オミードは毅然とした態度で、青年の目を見返す。


 「――やるかやられるか、まじりっけなしの純粋な生き方、すべての無駄を一切なくした純粋な生ってわかるか?」


 呪文のような奇怪な言葉を紡ぐ。あっけにとられていると、青年は突然大きな声で笑い出す。それは、楽しくて笑うものとは違い、狂人が喜んでいるような笑い方であった。青年の奇怪な言動に、オミードは目を丸くする。そのオミードの頭の上に青年が手を置いた。あまりにも無造作な動きだったので、オミードとヤムナは反応できなかった。すると、オミードの頭の上に置いた手を乱暴に動かし撫で回しだした。


 「おい!」と、ヤムナが青年の腕を掴もうとした。それよりも早く、オミードの頭から手を離した青年は、笑いながらオミード達の元から歩き去っていった。


 しばらく呆然と青年を見送っていたオミードだが、無表情のまま乱れた深紅の髪を直す。


 「こういったお祭りになると、必ず現れるのよね。ああいった輩が……」


 心を落ち着かせようと、何度も何度も髪を直す。


 「……あの男、どこかで見たような……?」


 「……ヤムナの知り合い?」


 「いえ、知り合いではありませんが……」


 「そう、良かったわね。もし、知り合いだったらあなたクビよ!」


 「お、お嬢様~……」


 悲壮感ひそうかん溢れる表情を浮かべるヤムナ放って、オミードは大股で歩きだした。

 

 怒りを顕わにして歩いていたオミードの足が止まる。威圧的な鉄の扉が、オミードを見下すよう立ち塞がる。その異様さに、オミードは腹立たしさを覚え、鼻を一つ鳴らしてから近づく。


 「おい! これ以上近づくな!」


 門番が高圧的な態度で、オミードの行く手を阻む。それだけでも総督の為人が窺えた。さらに、オミードの不愉快指数は上がった。怒りに任せ名乗ろうとしたところを、ヤムナの咳払いが窘める。しぶしぶ、身分を告げた。

 オミードが緑の魔法師だと知った門番は、先ほどまでの態度とは百八十度変わり、平身低頭な姿勢でオミードを通した。あからさまな豹変ぶりに、オミードは憮然としながら門をくぐる。そんなオミードの目に、魔法仕掛けの豪華な噴水が飛び込んだ。さらに、足元の通路は綺麗に敷き詰められ、幾何学模様で彩られ、両サイドにはよく手入れされた観賞用の木々が植えられていた。その間に、動物を模った彫刻が立ち並ぶという絢爛豪華な光景に、これぞ贅の極みといった中庭であった。

 「チッ」と、舌打ちをしてしまう。


 「お嬢様、お下品ですよ」


 「……そうね、ごめんなさい」


 素直に謝ったオミードだが、眼光の鋭さは、人を殺せるほどであった。そして、それが向けられているのが、総督のいる建物であった。外観であれだけの贅沢を施しているのだから、総督府の内部も贅沢な施工がされているのだろう――そう思うと、驚嘆きょうたんよりも税金を搾取さくしゅされ、困窮している州の民の姿が想像できて、胸が痛かった。それに比例するよう、総督への憎悪は増していった


 「どれだけの州民を苦しめているのかしら、ここの総督は……。こんなのがのさばってる様では、この国はまだまだダメね」


 溜息ためいきを漏らしながら、オミードは重い足取りで総督府の建物内へと足を踏み入れた。


 ――圧倒的な概観がいかんに負けないほどの一階ロビーは、どこかの高級ホテルかと思わせるほど広々としていた。キラキラと輝きを放つ磨き抜かれた大理石に、靴音を響かせ受け付に向かうオミードとヤムナ。そこで、身分を明かし総督に面会できるよう働きかけた。

 すぐに、総督の執務室へと通じる昇降機に案内され、そこから最上階へと向かった。


 総督執務室がある最上階は、フロアーの半分を総督の執務室が占めていた。その扉は、一枚物のかしの木で作られ、部屋の壁は魔法の硝子で囲われていた。魔法の硝子は、ボタンを押せば展望室のように下界を覗けたり、魚や美しい珊瑚さんごなどが写された水族館や、また大草原の動植物が写されたりと、自由に硝子越しの景色を変えれる仕掛が施されていた。

 ほかにも、部屋の天井の四隅にある四角い水晶からは音楽がながれ、それが部屋の温度調整も自動でしてくれていた。さらに、大理石でできた複雑な細工が施されたテーブルと高級な動物の毛皮で作られた豪華な椅子――その肘掛のところにも魔法の水晶が埋め込まれていて、その部分に触れ思うだけで、思い通りに椅子を移動させることができた。また、壁には著名な画家の絵がいくつも飾られ、国内ばかりか外国の高級酒が並べられている棚など、この部屋だけで、何千人もの一生分の食事をまかなえる程の贅が詰まっていた。

 その執務室に、美しい模様に彩られた毛足の長い絨毯の上を歩く男と、豪華な椅子に腰かける男がいた。

 絨毯を歩く、小太りで頭の禿げ上がった六十歳代の男性は、このシラズ州を食い物にしている総督のシャーヤーンである。もう一人の男性は、高価なローブをまとった五十代の色黒で細身の州魔法師団団長を務めるピルーズであった。


 総督は落ち着きなく部屋を動き回り、ピルーズは椅子に腰掛け、動き回る総督を見つめていた。その様子に不快感を示していた。


 「落ち着いてください、総督閣下」


 「これが落ち着いていられるか!」


 怒りを爆発させるように、机を叩き怒鳴る。


 「まあ、確かに……」と、ピルーズは大きな大理石のテーブルの真ん中に置かれている汚れた代物を見た。


 「間違いなくあの魔法の痕跡の場所にあった黒焦げの死体が、この王下魔法師団のバッチを持っていたんでしょうね?」


 ピルーズが、念を押すよう総督に問う。


 「調査をおこなった地方警備隊員が、持ってきたものだぞ!」


 テーブルに置かれている汚れた物を、苦い物を食べたような表情で見つめる。


 「本当に、その黒こげとなった死体が、先日訪れたラフシャーンとかいう王下魔法師団員で間違いないのだろうか?」


 総督は、動き疲れ椅子に腰掛ける。そして、バッチを睨みつつ吐き捨てるように言った。


 「ほかに、シラズ州に入った王下魔法師団の形跡はありませんから、まず間違いないかと……」


 淡々と話すピルーズとは対照的に、総督は椅子にうな垂れる。


 「……あのことを調査に来た王下魔法師団員が、突然死んだとなれば、疑われるのは我々なんだぞピルーズ君」


 「私もそこまで愚かではありません。この事件は、私のあずかり知らぬ所で起こった事です総督閣下」


 ピルーズの落ち着き払った声で断言され、総督は少し安堵したように深く腰掛けた。


 「しかし、我々ではないならあの王下魔法師を倒せるとは、一体何者なのでしょうか?」


 パルシア王国内で、一対一で王下魔法師を倒せる者は、同じ王下魔法師団員か、王国の至宝と称えられる〈緑の魔法師〉しかいないのは、パルシア国民なら誰でも知っている事実であった。


 「それよりもだ! 必ずこの事件の報告は、国王の元まで届くはず。そうなれば、疑われるのは我々だ。どう対処するべきか……」


 総督が頭を抱え苦悶くもんの表情を浮かべる。すると、突然秘書からの呼び出しのベルが部屋に鳴り響き、総督とピルーズはまるで心臓をわし掴みされたように驚く。


 「い、今は忙しい、あとにしろ!」


 机にある秘書との連絡可能な通信石を怒鳴りつけた。


 『すみません……が、あの……、み、〈緑の魔法師〉様が、総督閣下にお会いしたいとお越しです……』


 総督とピルーズは全身の筋肉を硬直させ、互いの顔をみあわせる。


 「ま、まさか、もう……」


 「いや、早すぎるでしょう……」


 「では、み、〈緑の魔法師〉がなぜ?」


 先程まで落ち着いていたピルーズも立ち上がる。


 『それで、総督閣下どういたしましょ……?』


 「会わないほうがいいかねピルーズ君?」


 怯えた目で助言を乞う。


 「いや、ここで会わなければ無用な誤解を招きかねませんぞ」


 その意見に肯き、総督は〈緑の魔法師〉を通すように秘書に伝えた。


次回  第四話『黄昏に蠢く』

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