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緑の魔法師  作者: 葉月望
第一部 第一章
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第二話『怒りの矛先』

前回のあらすじ


――シラズ州に入ったオミードとヤムナは、魔法師同士の戦いの痕跡を見つける。その痕跡を調べに来た警備兵に怒りを剥き出しにしながら、オミードは州都に向け歩みを進めた。

 シラズ州はパルシア王国の北東部に位置し、山に囲まれた山岳地帯であった。この州は、山地から取れる鉱物や山林などが豊富で豊かな州だと、オミードは事前に調べ識っていた。

 クレーターのあった村から州の中心部に向かっていたオミードとヤムナだが、道を間違えたのではないかという思いに囚われた。何しろ二人が訪れた村には活気というものが、まるで感じられないのだ。見える範囲すべての民家が古びており、改築や修繕を施した形跡がみられなかった。まるで廃村のような様子にオミードたちは眉をひそめる。

 村の中を進んでいくと、数人の男が力なく座っているのを目撃した。昼間から働きもせず、ただその場に座っているのだ。それだけでも、この村の現状が窺い知れる。さらに、男たちの目が異様な光を放っていることに気づいた。余所者よそものであるオミード達に、猜疑さいぎの目を向けるのもわからなくもない。だが、それだけではなく、どこか怯えているようにも見えた。この人たちの瞳は魔法師たちに対する不満と怒り、そして怯えが体現したものだと思った。そんな人たちを目の当たりにして、緑の魔法師に就任した時の誓いを思い出した。


 ――この国を立て直し、誰もが住みよい世の中にするのが、自分の役目!


 それを国王と共に行うため、事件の捜査をしながら色々な州を見て回り、国民一人一人の状況を確認する。それを国王に伝え、どうすべきか考える材料にしてもらう。その為にも、つぶさに村の様子を観察する必要があった。


 そんなオミードの前に、拳程の大きさの薄汚れたボールが一つ転がってきた。それにヤムナが素早く反応し、オミードとボールの間に割り込み、周りを警戒する。すると、そのボールを追って継ぎ接ぎだらけの薄汚れた服を纏った痩せこけた五歳ぐらいの男の子が飛び出してきた。その子を見て、オミードの胸はズキリと痛んだ。

 現れたのが子供だったので、ヤムナは胸を撫で下ろし、ボールを拾いあげると、笑顔を浮かべて子供に差し出す。


 「――うちの子供に近寄らないで!」


 母親らしい女性が、恐ろしい形相を浮かべ、髪を振り乱し裸足のまま奇声を上げて、ヤムナに迫ってきた。その気迫に押され、ヤムナは一歩退いた。子供を抱きしめると、一目散で家の方へと走り出した。ボールを返してほしそうに泣きじゃくる子供を無視して、家の中に消えていった。あまりにも異様な光景に、オミードとヤムナは唖然あぜんとした。

 「すまないなぁ、旅の方。これには少々事情があってのことなんだ」


 オミード達の背後から、腰の曲がった老人が苦笑いを浮かべ話しかけてきた。


 「……事情?」と、オミードが首をかしげる。


 「この村だけじゃなく、この州全体で子供たちが誘拐される事件が、続出しておるんじゃ」


 「続出ってことは、一人や二人ってことじゃないのね、おじいさん」


 「うむ、かれこれ十年近く続いておる」


 「十年って! そんなに続いていて、まだ犯人は捕まらないの?」


 そうは言ってみたが、オミードは先ほど会った警備隊の態度を思い出し、どこか納得してしまった。それでも十年という歳月は長すぎた。

 オミードの驚きに、老人は苦笑いを浮かべるだけであった。


 「旅の方も、お孫さんをしっかり見ていてあげなされよ」


 「……忠告ありがとうございます、ご老体」


 オミードを孫だといわれ、ヤムナはちょっと複雑そうな笑顔を浮かべた。そのオミードは、眉を寄せ口の中で老人の話を反芻はんすうしながら「どうにか、この事件も解決できないかしら……」と小声で呟く。それは、老人には聞こえていなかった。だが、ヤムナには聞こえていた。


 「二兎を追う者は、一兎も得ることはできませんよ」


 「分かってるわよ!」


 オミードは、しっくりしないといった表情でヤムナを見上げた。そんな時、大地が揺れたかの思うほどの地響きが聞こえた。誰もがその音の正体を探るよう辺りを見渡す。だが、どこにも見出すことはできなかった。それでも地響きは聞こえ、徐々に近づいてきていた。


 ――すると突然、家と家の間から二頭の馬が降って湧いたように現れた。オミードの五倍はあろうかという巨体が、荒れ狂うように迫ってきた。一瞬の判断ミスが、生死を分ける刹那――

 オミードとヤムナは同時に動いた。だが、その行動は全く違うものであった。オミードは自分にかまわず、老人を風の魔法で軽く弾き飛ばそうとした。だが、ヤムナの方が早く、オミードを抱き上げ荒れ狂うように迫る馬から逃れた。


 「おじぃさーーーーーーーん!」


 ヤムナに抱き上げられたせいで、オミードは隠語を唱えることが出来ず、老人が馬に蹴られ踏まれるシーンを、見る事しかできなかった。


 「――ちっくしょうおおお。変なもん踏み潰してしまったぜ!」


 「きゃっほー! 賭けは俺の勝ちだな」


 「馬鹿野郎! 総督府までの勝負だ。まだわかるかよ!」


 暴風のように疾走する馬の背に乗っていたのは、クレーターのあった場所で見かけた警備隊員たちであった。地鳴りのような音と男たち歓声が、徐々に遠ざかっていく。

 オミードはヤムナの腕からもがき出てると、地面に横たわる老人の元へと駆け寄り、その姿に息を飲む。老人の右足は曲がるはずのない方向に曲がり、頭からは大量の血が流れ出ていたのだ。すぐに気を取り直すと、老人の左の胸に耳を当てる。

 ――トクン、トクン

 と、微かに心音が聞こえた。


 「まだいけるわ!」


 オミードは老人の体に両手を置くと、隠語を唱えはじめた。すると、老人の体の周りに細かい光の粒子が集まる。それは優しい光を放ち老人を包む。

 大怪我をした老人を助けようと、大通りの真ん中で魔法を発動するオミードの姿を、家の中から盗み見る村人たちの気配があった。こんな大変なことになっているのに、誰一人出てこないことをオミードは訝しく思ったが、老人を助けるのが先決と、魔法に集中する。ヤムナは治癒魔法の邪魔をしないよう静かに動き、オミードを守るよう背後に立つ。


 さて、ここで魔法について話しておこう。魔法とは、火・水・土・金・木・光・闇の七大元素のそれぞれ固有の波長(隠語いんご)を識ることで、あらゆる自然現象を自在に操る術の事を指す。

 しかし、誰にでもその七大元素の固有の波長(隠語)が分かる訳ではない。遺伝か、天賦てんぷの才でしか理解できないのだ。ただ、なかには何十年と辛い修行を積んで、固有の波長を識る事の出来る者もいた。だが、それができる者は、一握りぐらいしかいなかった。また、固有の波長(隠語)が分かったからといって、誰でも魔法が使えるわけでもなかった。元素に干渉する為の集中力は、常人の百倍の労力と集中力が必要なのである。例えば、魔法を発動させるため一分間集中したとする。それを普通の人が行うと、百分間集中しなければならないのだ。その間、少しでも目を逸らしたり、集中力が切れたりすると魔法は暴走し、発動させた術者はおろか、その辺りにあるものや、酷い例では町ごと暴走した魔法に飲み込まれ消失した事例もあるほど、魔法のコントロールは難しく慎重に行わなければならないものであった。だが、魔法が扱えないものでも、魔法を使う方法はあった。それは特殊な水晶に魔法を封じ込め、一時的にその力を使えるようにするというものである。水晶に封じ込める魔法は、力が強いほど高値で取引される上に、悪用されることもあった。それゆえ、各国では水晶に魔法を封じ込める職業を認可制にしていた。そうすることで、少しでも水晶による犯罪の防止と富の独占を図ることが出来た。また、魔法は攻撃するばかりではなく、人体や道具の治癒や修復なども可能であった。だからといって、魔法は万能ではない。今、オミードが行っている治癒魔法だが、人体にある自然治癒能力を促進させているにすぎず、生命力の低い者や死者を復活させることはできない。だからこそ、オミードは必死に老人の命を守ろうと奮闘していた。


 「死なないで、死なないで、おじいさん……」


 祈りながら、オミードは治癒魔法を老人に施す。徐々に、その効果が表れはじめた。変な方向に曲がっていた老人の右足が、徐々に戻っていき、傷ついた体の傷も治り始めた。魔法の使えない者からすれば、まさに、奇跡のような現象であった。

 その光景を、遠くから見守っていた村人達だが、魅かれるよう、おそるおそるオミードに近づいてきた。

 やがて大勢がオミードを取り囲んで、老人の回復を祈っていた。

 その願いが届いたのか、老人の怪我は完治したのだ。先ほどまで微かだった老人の息遣いが、今でははっきりと聞き取れるまでに回復していた。


 「……もう、大丈夫ね」


 オミードは胸を撫で下ろし、地面に座り込む。


 「お父さん! お父さん!」


 中年の女性が涙を浮かべ、老人の元へと駆け寄る。


 「……な、何が起こったんじゃ?」


 意識を取り戻した老人は、自分に何が起きたのか事態が呑み込めず呆然としていた。

 老人が助かったことに中年の女性は涙を流し喜んだ。そして、オミードに何度も何度も礼を述べた。村人たちも、老人を救ってくれたオミードに惜しみない拍手を送った。

 そんな事に慣れていないオミードは、照れくさそうに頬を赤く染めヤムナに視線を向ける。ヤムナも満面の笑顔を浮かべていた。気恥ずかしさを覚えたオミードは、それを誤魔化すよう「あんな乱暴な馬の乗り方をして、村長か役所の人に言って、あの二人を処分してもらわないとね!」と少し声を荒げて話した。

 その途端、村人たちの顔から笑顔と生気が失われた。それを感じ取ったオミードは、怪訝な表情を浮かべ村人たちを見る。誰もが視線を外し、すごすごと家に戻る者までいた。オミードとヤムナは、一体何が起きたのか、訳が分からず狼狽えていると、怪我を治してもらった老人が近づいてきた。


 「……それはいいんじゃよ、お嬢さん」


 乾いた笑みを浮かべ老人が述べる。


 「何がいいの? 人一人殺しかけたのよ。しかも村の警備隊員がよ。あんなことされて黙っておくつもりなの?」


 「あやつらに逆らうと、もっとむごい目に合うんじゃ。だから、黙っておくしかない」


 老人の顔は、すべてにあきらめたような表情をしていた。それは老人に限らず、村人全員が同じ表情をしているのだ。それに対してオミードは、憤りを覚えた。


 「そうやって黙っておくから、あいつらがつけあがるんじゃない!」


 オミードが声を荒げれば荒げるほど、村人たちは一人、また一人とその場を去っていった。そんな村人達を見て「何故逃げるの? 何故戦わないの?」と、大声で叫びそうになった。


 「わしら庶民には、どうすることも出来んのじゃお嬢さん。怪我を治してくれてありがとうな……」


 老人はそういうと、娘の肩を借り家へと戻っていった。


 老人の姿が家の中に消えると、オミードの周りには誰もいなくなっていた。


 「お嬢様……」


 「……私に、彼らを責める権利はないわよね。この国の荒廃こうはいが、人間の尊厳そんげんまでも奪い去っていたなんて……」


 村人たちが自分たちの身を守る唯一の方法が、権力者から息を潜め身を隠し、貝のように口を閉じ、決して逆らわないよう生きること、それが彼らの処世術なのだと……。

 そんな虐げ続けられてきた彼らに変われと言っても無理な注文である。自分たち力のあるものが変わり、道を示さなければ人は付いて来ない。

 オミードは、幼くしてそのことを理解した。


 「いくわよ、ダメ州総督そうとくのいる州都に!」


 オミードの毒舌どくぜつに、ヤムナは苦笑いを浮かべる。そして、大股で闊歩するオミードの後を急いでついていく。


――次回  第三話『繁栄と荒廃の都市シラズ』

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