第十話『暗穴道』
――前回のあらすじ
謎の男達に捕まったふりをしてアジトに連れていかれたオミードトヤムナは、そこで尋問を受ける。
しかし、オミードの方が上手で、男たちは、レジスタンスのような集まりだと分かる。
そして、シラズ州で起きている誘拐事件が、根深く、この州を暗く沈めている事を知った。
その塀は、近づいてみると想像していたよりも高く、中央にある別荘を外界の目にふれぬよう護っているようであった。ただ、総督府と比べると、さほど豪勢な造りではなかった。
別荘の様子を詳しく見るため、オミードらは一旦塀の上に降り立った。都合よく、月は雲に隠れ忍び込むには適した状況であった。それでも用心して、まずはよく観察することにした。黒い塊のような別荘を凝視していると、あることに気づいた。明かりがまったく灯っていないのだ。深夜とはいえ、警備のための外灯ぐらい灯っていても不思議ではないのだが、不気味なほど静まり返っていた。まるで廃墟のような様相に、オミードとヤムナはアルサラーン達の言っていた場所は、ここではなかったのかと思いはじめた。
それでも、念のため建物の中も調べることにした。
塀の上から見る限り、警備員はおろか、魔法によるトラップなどの反応も感じられなかった。そう思わせて油断を誘っているかもしれないと、オミードは慎重に建物へと近づいた。間近で別荘を見ると、ありふれた華美な装飾を施された外観であった。ますますここが、アルサラーンたちの言っていた別荘ではないように思われた。
「――どうしますお嬢様?」
確認するようヤムナが問う。しばらく思案したオミードだが、意を決したように、「行くわ!」と、はっきりと口にした。それにヤムナも頷いた。
手近な窓から魔法を使い侵入をはたす。内装も外観と同じく華美な装飾が施され、貴族が好みそうな飾りつけであった。秘密の別荘にしてはあまりにもありふれた様相に、オミードとヤムナは落胆の色を浮かべる。人の気配を探ってみたが、一切感じられなかった。ハズレかとオミードが思った時、ヤムナが何かを発見した。
「ここは、最近まで使われていたようです」
窓のふちに埃が乗っていないのだ。オミードでは気づかないところであった。そう言われ、もう一度内部を見渡すと、確かに綺麗に片付けられていることに気づく。そうなると、なぜ今は無人なのか、そのことが気になった。そこで、オミードとヤムナは別れて建物の中を調べる事にした。ヤムナは一階部分を担当し、オミードは二階を調べることにした。
中央部にある螺旋階段を上っていくと、手すりもしっかりと手入れされていた。確かに最近まで人がいた形跡がある。そんなことを確認しながら螺旋階段を上っていくと二階部分にたどり着いた。左右に廊下が伸びており、片側に三部屋づつある構造となっていた。とりあえず右側の部屋から潰していくことにした。
ノブに手を伸ばすと、鍵はかかっていなかった。罠かと思い用心しながら扉を開くと、少し甲高い音を上げながら開いていく。――だが、何も起きなかった。それでも気を緩めることなく、用心しながら部屋の中へと進んだ。部屋の中は、ベッドとタンスとテーブルがあるだけで飾りっ気のない内装であった。テーブルも調べてみたが、何も入っていなかった。すぐに手掛かりが見つかるとは限らないと、気を取り直し次の部屋へと向かった。
同じような手順で、次々と部屋を潰していく――
六部屋全部回ってみたが、どの部屋も同じ様相で、手がかりになるようなものは見つけられなかった。落胆の色を浮かべながら、一階に降りヤムナと合流することにした。
ヤムナが調べている一階は、食堂と厨房に談話室があり、他に四つの部屋がある構造となっていた。
オミードが降りてきたころで、ヤムナも一階ロビーに戻ってきた。もちろん、手がかりになるようなものを発見することはできなかった。
見当違いだったかと思い別荘を出ようとしたとき、ヤムナが違和感を訴えた。
「お嬢様、この屋敷外から見た時の広さと、中に入ってからの広さが、若干違うようなのです」
「そんなことがあるの?」
他の誰かが言ったなら、オミードは一蹴しただろう。だが、ヤムナが言うのなら、そうなのだろうと思い、もう一度一階部分を調べなおすことにした。
ヤムナは建物の形と部屋の形状を頭に描き、不自然なところを割り出すよう歩く。その後ろをオミードは黙ってついていく。すると、談話室でヤムナの足が止まる。
「この辺りのはずです」
不安そうな表情でオミードを見る。そんなヤムナを勇気づけるよう大きく頷き探り始めた。
談話室の奥には魔法の暖炉があり、左横にはいろいろな種類のお酒が整然と並べられた棚が置かれ、それを眺めるよう三人がけのカウンターが設置されていた。部屋の中央にはソファーとテーブルが置かれているだけの平凡な談話室だった。オミードは部屋を見渡してみたが、特に変わったところは見受けられなかった。そんなオミードの横をヤムナが通り過ぎる。そのまま暖炉のほうへ近づくと、突然壁を叩き始めた。
「この奥のはずなんですが……」
オミードも同じように壁を叩いてみる。
「……空洞ぽい音は鳴らないみたいだけど」
オミードも半信半疑になってきた。その横で、ヤムナが必死に探る。その姿に、とことん付き合おうと覚悟を決める。
――三十分ほど談話室を調べてみたが、何もみつけることはできなかった。諦めの気持ちが二人の心に広がりはじめたころ、オミードの視線が暖炉に止まる。暖かい季節なのに、最近まで使用していた形跡がある事に違和感を覚えたのだ。そこで、ゆっくりと暖炉の中に手を入れてみた。すると、オミードの手が消えたのだ。
「――さすがねヤムナ!」
満面の笑みを浮かべヤムナの方を見る。それを見て、胸を撫で下ろす。
「これは気づかないわね、暖炉自体が魔法投影だなんて」
感心したように呟きながらオミードはしゃがむ。暖炉の高さは、せいぜい一メートルぐらいしかなかったので、二人は四つん這いになって暖炉をくぐった。その先は、闇が広がっていて何も見えなかった。これは危険だと、オミードは光魔法で足元を照らす。長い通路があるかと思いきや、四つん這いになるのは、せいぜい一メートルほどの距離で、奥には十分の高さと小部屋ほどの広さのあるスペースがあった。そこには、魔法の昇降機の乗り口があった。ようやく、それらしい雰囲気を感じ、オミードの心は少し踊った。二人はそれに乗り込むと、まずは上に行く矢印のついた水晶に手をかざした。だが、反応はなかった。次に下に行く矢印のついた水晶に手をかざした。すると、昇降機がゆっくりと動き出した。
――一分程魔法の昇降機に乗っていると、小さな音を上げ止まる。昇降機から降りた二人の目に不気味な光景が飛び込んだ。中央にある通路を挟むよう円柱のガラスが十数個ほど並び、その中には液体が満たされ、何やら得体のしれない物が入っていた。暗くてよく見えなかったので、オミードが明かりを少し上にあげ全体を照らすと、ガラスの中の物体の輪郭が浮かび上がり二人は飲んだ。そこには、奇怪な形をした獣たちが入っていたのだ。
「やっぱり、かなりやばい研究をしていたみたいね」
動物を掛け合わせて、新たな合成獣を作る実験施設なのは一目瞭然であった。
「誰もいないのはなぜでしょうか?」
これが高価な設備であることは、素人のヤムナにも分かった。それが放置された状態に、素朴な疑問を感じたのだ。
「おそらく、王下魔法師団が動いたと分かり、急いで撤収したんでしょうね」
オミードの説明にヤムナは頷く。
これだけの設備があるのだ、人体実験も行われていたのかもしれないと確信したオミードは、確かな証拠をみつけようと更に奥へと歩を進めた。
薄気味悪い光景が続く通路を進んでいくと、突き当りに頑強そうな扉が現れた。それはまるで、部外者を拒むように鎮座していた。ヤムナが扉に近づきノブを回したが、鍵がかかっていてびくともしなかった。そこで、オミードが鍵の解除魔法を唱えた。
――ガチャリと鈍い音の後、ヤムナが頑強そうな扉を押し開ける。金属のこすれる甲高い音を響かせながら扉を開ける。
中は真っ暗で、何も見えない状態であった。オミードは部屋の中を照らしながら、ゆっくりと進んでいく。
そこはオミードの背丈より高い棚がずらりと並んでいた。その中には、小さな魔法器具が整然と並べられていた。
二人は何か手掛かりになるようなものはないかと棚を探る。だが、書類や紙切れ一枚すら見つけられなかった。
「ここまで来ても、何もないなんて……」
完璧なまでに証拠隠滅が施された部屋を前に、オミードは苛立ちを覚えはじめた。他に扉はないかと辺りを見渡してみた。すると、入ってきた扉以外に三つの扉が左右と奥にあった。そこで、オミードは左の扉へ、ヤムナは右の扉へ入ることにした。
オミードの入った左の部屋は、机や本棚が並んでいた。どうやら、研究データをまとめるための部屋のようであった。だが今は、本棚に一冊の本もなく、机の上にも何もなかった。念のため引き出しを開けてみたが、すべて空っぽであった。
「どこまでも抜け目ないわね」
落胆の吐息を漏らしたオミードの脳裏に諦めの文字が浮かぶ。肩を落としながら部屋を出たオミードは、最後の望みをかけ三つ目の扉を開けた。
その部屋は、中を仕切るように分厚いガラスがあった。ガラスと扉の間隔は狭く、大人二人が横をむかないとすれ違えないほどのスペースしかなかった。中の様子を覗おうと、オミードはガラスに近づいた。
ガラスの向こう側はがらんとした部屋が広がっているだけで何もなかった。ただ、黒っぽいまだら模様が壁や天井床にまで施されていた。
またもハズレかと落胆した時、部屋の奥にある扉がゆっくりと開きだした。
オミードの全身に緊張が走る。脱兎のような動きで入ってきた扉に身を隠し、そのまま息を殺して扉を注視する。
扉が開ききった――
だが、誰も姿を現さなかった。オミードは油断することなく中を窺っていると、人影が現れた。
「――もう、脅かさないでよね……」
姿を現したのはヤムナであった。オミードは、緊張を解くよう大きく息を吐く。
オミードに気づいたヤムナが、手を振って見せた。
「のん気なものね」
オミードは苦笑いを浮かべ、手を振りかえす。
ヤムナの口元が動いていたが、何かを言っているか分からなかった。
「これだけ分厚いと、声を遮断するわね」
オミードは、一人得心したように頷く。そして、そっちへ行くと、ジェスチャーしてみせた。それにヤムナは理解した様子で頷いた。オミードは身をひるがえし、ヤムナの入った部屋の方へと向かった。
そこは、少しの棚があるだけの何もない部屋で、左側に頑丈そうな扉があった。それは開いた状態で、おそらくそこを通って行ったのだろうと続いていく。すると、また何もない部屋があった。だがその部屋には一つ特徴的なものが存在していた。それは壁の半分を占めるほどの鉄製のシャッターである。かなり興味をひかれたが、今はヤムナと合流する方が先だと、後ろ髪引かれる思いで小部屋を後にした。
オミードがその部屋に入った瞬間、目を疑った。斑模様だと思っていた黒いものは、乾いた血の跡であった。真新しいものから古いものまで、長い間この部屋で残酷なことが行われていたことが窺える証左であった。オミードは胸に熱いものを感じた。
「ここで、一体何が行われていたんでしょうね、お嬢様……」
「分からないけど、この染み一つ一つに憎しみや怒り、悲しみや憤りの気持ちが宿っているのは、間違いないわね」
オミードは部屋中の血痕を一つ一つ見渡したあと、目を閉じ血痕を残したものに対して黙祷を捧げた。
「……一つ前の部屋にあったあのシャッターが気になるわ」
ヤムナも気になっていたようで、オミードの言葉に頷き、二人は多数の血痕が残る部屋を後にした。
シャッターは使い古されていたが、長い間放置されていたわけではないようだった。ヤムナがシャッターに手を掛けると、意外なほどあっけなく開いた。二人はお互いに警戒するよう促しシャッターをくぐった。
当然、中は暗がりが広がっていたので、オミードが明かりを掲げる。ぼんやりと先が見えた。そこには数十メートル四方はある大きなスペースが広がっていた。その中央に大きな穴が開いていた。何があるのか覗き込むと、穴の奥から冷気と一緒に何か生臭い臭いが漂ってきた。オミードとヤムナは顔をしかめ鼻をつまむ。気を取り直し覗き込むと、穴の底はまったく見えなかった。そこで、光の玉を投げ入れてみた。光の玉は闇に飲み込まれるよう下へ落ちていく。しばらくすると、光の玉は見えなくなった。
「かなりの深さだけど……この奥に、もしかしたら証拠になるものが残されているかもしれないわ。行ってみましょう!」
言い知れぬ不安がオミードの心を襲た。それに戸惑いながらも、オミードは新たに光の魔法で光源を作り、さらに風の魔法で二人の周囲を覆った。これで悪臭と害のある細菌から身を護ることができた。
「それじゃあ、行くわよヤムナ」
準備が整い、オミードは掛け声とともに穴へと飛び込んだ。
穴の大きさは、大人三人分のものであった。ゆっくりと降りていくうちに、穴が広がっていくのが分かった。一体何のための穴かと思いながら進んでいくと、突然広い空間にでた。
そのまま降りていくと、ようやく地面が見えた。二人は地面に降り立つと、安堵して胸を撫で下ろす。そして、上を見上げると、地面から穴の入口までの高さは十メートル程あった。それから自分たちのいる場所を確認するようぐるりと明かりを一周させる。どうやら右側は二メートル先で段になっており、その高低差は二メートル程であった。どうやらその段差は、自然に出来たものではなく、明らかに人工的な細工が施されていた。その人工的な段差は前後に伸びていて、その先は暗くて確認ができなかった。次に左側だが、崖崩れのように埋もれ、その土砂の中から、見たこともないような物体が何個か露出し、天井は半円のようになっていた。その壁にはパイプのようなものが無数前後に伸びていて、そのパイプもいくつかの箇所で折れており、そこから無数の線が伸びていた。そして、印象的なのが段差のある下の地面に、二本の鉄の棒がまっすぐ伸びているのだ。
この空間は長い間放置され、荒れ果てたようである。しかも、かなり古い時代の人工的施工が行われた場所のように思われ、二人は見慣れない風景に魅入られた。
「ここは一体……?」
オミードは風の球体を解いた。
「――ッグブ!?」二人の鼻腔に、この世のものとは思えないほどの刺激臭が襲い掛かった。
オミードは右腕で顔を覆い、すぐに風の球体を作り出し異臭から二人を守った。
「――ゴホゴホ……なに、この臭いは!?」
オミードは涙を浮かべむせ返る。ヤムナも同じような状態になっていたが、なにか思いついたような表情をしていた。
「お、お嬢様、ここはもしかしたら……いや、まさか……」
珍しく、ヤムナが動揺した様子だった。
「なによ、知ってるとこなの?」
「自信はないですが、もしかしたら……」
「とりあえず、言ってみなさいよ!」
ヤムナのはっきりしない態度に、オミードは苛立ちを顕にする。
「ここは、アールマティ様たちが研究なさっている伝説の……古の超古代文明があった都市の遺跡ではないでしょうか?」
「……これが、あの大伯母様が調べている伝説の超古代文明跡なの?」
オミードは、半信半疑で辺りを見渡した。
「確かなことは言えませんが、おそらく……」
オミードが半信半疑なのは当然であろう。、なにしろ『古の超古代文明』は、考古学会の間では空想だと一蹴された話だからである。
――そもそも超古代文明は、今から五万年前に滅んだとされているのだが、考古学者達も超古代文明存在説について意見が分かれていて、大多数がその存在に否定的であった。
だが、二千年前に一人の天才考古学者ピルレイが、全世界に向け五万年前に滅んだ超古代の機械文明は存在したと発表して、考古学会に大きな波紋を呼んだのだ。しかし、ピルレイの発表は確かな物的証拠もなく、古文書に書かれたことを論文にして発表しただけであった。何故、著名なピルレイが古文書だけで、考古学会に発表したかは未だに謎となっていたが、ピルレイの発表で、世間は機械文明のことを知り、浪漫を感じた人々の中から、機械文明は実在した証拠を探し始めた。
――それから、偽の証拠や古文書などが数万点にも及び発表され、今やお伽話のようになっていたが、今から五十年前フィロン率いる考古学隊が高山で凍りの中に二十五メートルほどの鉄を加工した物を発見した。その鉄製のモノを持ち帰り、研究した結果五万年前のものだと判明すると、更にその鉄製のものはピルレイが発表した論文に書かれていることもわかった。その古文書の一節には、『―略― 大空を覆うほどの鉄で作られた乗り物ヒコウキは、轟音を響かせながら天空を飛翔し、すべてを焼き払う鉄を落としていった ―略―』まさに、天空を飛翔する鉄の乗り物と、フィロンたちが発見した鉄製のものとに共通点が数多く見かけられた。それにたいして大多数の学者達は、フィロン達がピルレイの論文に似せて作ったものだと反論したことで、むしろ世間では偽物だとの評価が流布してしまった。それでも少数だが、フィロン達の発見を信じる学者や一般人もいて、地味にだが超古代機械文明の発掘と研究はすすめられていた。
――オミードは、その話の真偽を確認するよう辺りを見ながら歩く。
「お嬢様!」と、ヤムナから警戒の声が聞こえ、現実に意識を戻す。すると、ヤムナは一点を指さしていた。その先をオミードは目を凝らして見つめる。
「あれ、人じゃない!?」
次回 第十一話『鎮魂の業火』




