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緑の魔法師  作者: 葉月望
第一部 第一章
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第一話『深紅の髪の少女』

 静寂と闇が支配する世界に一条の光が射し込んだ。それを合図に鳥たちが一斉にハミングを奏で、赤や青に黄色といった花たちがちらほらと咲き始めた。ひと頃と比べ、涼しさの中に秋の訪れを感じさせる凛とした朝の空気。それを吸いながら歩く老夫婦の姿があった。二人は何十年も欠かさず、街と村を結ぶまっすぐ伸びた街道を歩くのが日課であった。そんな二人の前に、十数人ほどが集まり何かを覗きこんでいるような光景が目に入る。何十年と行われてきた朝の日課であったが、今までそんな事は一度としてなかった。二人は目を合わせると、一目散に駆け寄った。

 人垣の間から覗き込むと、その中心部には直径約二十五メートル、深さは大人三人分程ある巨大なクレーターがあった。二人は顔を見わせ驚いた。なにしろ老夫婦は昨日もこの道を歩いていたのだ。当然、その時はなかった。

 ――では、いつそれはできたのか。

 俄然興味の湧いた老夫婦は、集まった人たちに話しを聞いてみた。

 それによると、昨日の日暮れまではなかったと言う。では、昨晩忽然とできたということになる。

 そんなことがあるのだろうか?

 ――と誰もが思った。

 だが、実際ここにあるのだから。では、誰かのイタズラなのだろうか。その可能性は大いにあった。しかし、それならここまで大事にはならず、すぐに人だかりは解消されていたであろう。そうならず老夫婦を含む十数人の人たちが、クレーターに興味を持ち続けているのは、その中心部に、人の死体のようなものがあるからだ。

 なぜ人のような、という表現になっているかというと、それが炭のように黒く焦げているせいで、遠くからでは人か獣か判別は難しかった。


 ――「失礼するわよ」


 人々の群れをかき分け、最前列に現れたのは、赤よりも深い深紅の髪色のくせ毛をショートカットにまとめ、細かい刺繍の施された純白のワンピースを、腰の辺りで分けるよう水色のスカーフで縛り、後ろには大きなリボンを付け、その上から亜麻色の短衣を羽織った美しい顔立ちの少女であった。その少女の隣には、銀髪を短くまとめた髪型に、黒を基調とした燕尾服を着こなし、服の上からでも筋肉質だと分かるほどの逞しい体つきの初老の男性が、後ろに腕を組み控えめに立つ。明らかに周りの人々とは違う雰囲気を放つ二人も、クレーターの中心に視線を注ぐ。


 「大地のえぐれ方、砂に残る焼け跡、間違いないわね。雷精らいせい系最強級の魔法だわ……」


 深紅の髪色をした少女の声調は幼さを感じさせたが、口調は大人びているので、初めて会う人たちは、彼女が背伸びしているという印象を持ち、微笑ましく思うことが常であった。


 「これだけの魔法が扱えるって事は、王下魔法師に匹敵する実力がある者の仕業ね……」


 「王下魔法師団」とは、三百年続く大国アルダーシル朝パルシア王国のあらゆる機関の中でも優秀な人材が集う最高の捜査機関で、その捜査権はパルシア全州に及ぶものであった。その王下魔法師団の人員は三万六百四十六人で、一万二千四百四十四人の特別捜査官と、一万八千二百二人の秘密情報分析官、言語専門家、科学者、情報技術官などといった専門職員で構成されていた。これは非常に人気のある職業で、若い魔法師たちにとって目指す職業の一つであった。


 「どうやら、お嬢様の勘が的中したようですな」


 「まだ、わからないわ……。ただの魔法師同士の私闘か、山賊に襲われた跡かもしれないけど、もしかしたら調査中の連続殺人事件と関係があるかもね……」


 左腕を胸の下辺りに置き、そこに右腕の肘を乗せ、右手の親指と人差し指であごをつまむしぐさは、少女が思案しているときのクセなのだと初老の男性は知っているので、邪魔をしないよう黙って隣に立つ。


 「――どけどけ、邪魔だ!」


 クレーターを取り囲む人々の輪の外から複数の男たちの怒鳴り声が聞こえた。それに驚き何事かと振り返ろうとした瞬間、強く押されたたらを踏む。かろうじて倒れることを免れ、無礼な男たちに文句の一つでも言ってやろうとしたが、それは叶わなかった。無礼な侵入者は、見物人たちの抗議のまなざしを歯牙にもかけず、「どけって言ってんだろうが!」と声を荒げながら激しく押し分けながら突き進む。その勢いに見物人たちはドミノ倒しのように倒れていく、あちこちで呻き声や悲鳴が上がろうがお構いなく侵入者たちはクレーターに向かって進んでいた。

 そんな騒ぎにも関わらず少女は気づいていない様子であった。一点を見つめ、思考の迷路に入り込む少女の後ろにいた男性がよろめいた。それに押される形で少女はクレーターに落ちそうになった。一瞬、自分に何が起きたのか分からず目を丸くする少女を初老の男性が抱きかかえて守った。


 「ありがとうヤムナ。――まったく、なんなのこの騒ぎは……?」


 「村を守る警備隊が来たようですが……」


 ヤムナは自信なさそうに答えたのも、仕方がないことであろう。何しろ男たちの風体は村を守る警備隊というより、チンピラと言った方が近いものであったからだ。


 「――ったく、めんどくさい事件が起きたもんだぜ……」


 チンピラ風の警備隊の中から、制服を着崩しボサボサ頭のまま横柄な態度で現れた男は、他の警備隊員から一目置かれているところから、警備隊の隊長であろう。


 「さっさとあの人間か動物か、中央で転がってるものを調べて来い! あと、この野次馬共どけろ、うっとうしい!」


 隊長の命令で、警備隊員たちは手に持っていた道具や棍棒を振り回し、クレーターの周りにいる村人たちを乱暴に追いだしはじめた。それから逃れようと無秩序に動いたため、怪我をする人たちが多数でた。

 混乱状態の中、一人の老婆が逃げ遅れる。それを見つけた警備隊員が、容赦なくこん棒を振り下ろした。うめき声をあげ、老婆が地面に倒れこむ。


 「ババァ、さっさとどきやがれ!」


 倒れている老婆に対して、さらに棍棒を振り下ろす――

 が、棍棒は老婆に届かなかった。 警備隊員から老婆を救ったのはヤムナであった。


 「――ってめぇ、邪魔するんじゃねぇ!」


ヤムナに掴まれた棍棒を引き抜こうと力一杯引っ張るが、まるで岩にでも刺さったかのようにびくともしなかった。


 「あなたたち警備隊員は、村人を守るのが役目なはず。それなのに、か弱く無抵抗なお婆さんを棍棒で打ち倒すなんて、人間のクズね!」


 ヤムナの横から、深紅の髪色の少女が蔑むような表情で警備隊員を見上げる。


 「ガキが、生意気言ってんじゃねぇッ!」


 警備隊員が、威嚇するように叫ぶ。だが、ヤムナに棍棒を掴まれ動けない姿では、迫力に欠けていた。それを、他の場所で村人を追い払っていた警備隊員らが気づき近づいてきた。

 あっという間に少女とヤムナは、八人の警備隊員に囲まれた。


 「調子のったことしてくれたじゃねぇか、覚悟しやがれ!」


 「仲間が来た途端、急に威勢を取り戻したじゃない? 張子の虎は、所詮張子の虎ってことかしら? こんな連中には口で言うより、体で分からせたほうが早いわねヤムナ」


 八人の警備隊員に囲まれていながらも、少女は平然としていた。その態度に、男たちは怒りを増していった。それを感じ取ったヤムナは、握っていた棍棒を放し、少女の護衛に回った。突然棍棒を放された警備隊員はバランスを崩し勢いよく転んだ。その姿に、仲間たちからくすりと笑いが起こった。男は恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして立ち上がった。


 「俺ら警備隊に喧嘩売って、五体満足でこの村から出れると思うな!」


 転んだ男は棍棒を握り直し、怒号を放ちながらヤムナに打ちかかった。その瞬間、深紅の髪の少女が早口で何かを言い、指を鳴らした。すると、男の持つ棍棒が爆発した。規模は小さかったが、突如として大きな音がしたので、男は驚き転倒した。その様子を目撃した警備隊員は、先ほどまでの獲物をいたぶるような表情から一変して、狼狽の様子でお互いの顔を見合わせた。


 「……ま、魔法師か」


 一人の男が、苦々しさと畏怖を同居させた表情を浮かべ少女を見る。


 「さっきの威勢はどうしたのかしら? お兄さん方……」


 深紅の髪の少女が一歩踏み出すと、警備隊員たちは一歩後ずさった。少女が魔法師だと知った途端、男達の態度が豹変ひょうへんしたのは、パルシア王国の事情が根底にはあった。この国では、魔法を使える者と使えない者とでは、その地位に大きな差があるのだ。例えば、政府の仕事をするには、魔法が使えることが前提条件であったり、軍の尉官クラスは全員が魔法師であるといった具合に、どのような職種でも幹部以上は魔法師しか就けないのである。その為、魔法師と一般市民がトラブルになると、よほどのことがない限り魔法師の有利な判決がくだされる。という具合に、上下関係がはっきりと色濃く現れていた。

 このような小さな村の警備隊員を務めるからには、全員が魔法を扱えない者であることは間違いないことであった。それゆえ少女が魔法師だと知り、恐れ戦いたのである。

 そういう事情があるにしても、目の前の男たちの態度は許しがたいと少女は思った。権力者の前では卑屈なまでにへりくだる一方、弱い者に対しては威張ったり虐げたりするような態度は見ていて気分の良いものではない。それを是正したい衝動に駆られたが、このトラブルを治めることが先決であると判断した。


 「何やってんだおまえら、さっさと野次馬どもをどけて仕事しろ!」


 制服を着崩した隊長が、男たちの間を割って入ってきた。


 「た、隊長……」


 近くにいた部下が耳打ちをする。


 「――ほう、小娘の魔法師だと……」


 地方の村の警備隊長とはいえ部下とは違い、魔法師と聞いても臆した様子をみせなかった。


 「これはこれは、魔法師様がこんな片田舎に何の御用でございましょうか?」


 「ある事件の調査に立ち寄ったんだけど、あなたの部下が村人を傷つけていたので、お仕置きしていただけよ」


 「お言葉を返すようですが、この村の人間はそれぐらいきつくやらないと分からない連中ばかりで、我々も困っているんですよ」


 明らかに嘘だとわかるような言い訳を、隊長は平然とした様子で言い放った。その傲慢な態度に少女はカッと目を見開いた。


 「だからって、棍棒で打つことはないでしょ! やめさせなさい」


 凄まじい眼力で隊長を睨みつける。少女とは思えない迫力に隊長が怯む。それも一瞬のことで、すぐにふてぶてしい態度で深紅の髪の少女を見詰めると、ゆっくりと頭を下げた。


 「部下にはよく言って聞かせます。――では、我々はこのクレーターの調査の続きがありますので、失礼します」


 形ばかりの敬礼を行い、隊長たちは不満タラタラの態でクレーターの調査を再開した。その様子を少女は不満そうに見つめるていたが、やがて嘆息してからヤムナを見上げる。


 「とりあえず、予定通りシラズ州の総督に会いに行きましょう」


 「かしこまりましたオミード様」


 警備隊員らの行動を観察しながら、オミードとヤムナはその場を去った。


 二人が会おうとしている総督とは、州の運営を王朝から任された行政長官ともいうべき最高責任者の事を指す。

 このアルダシール朝パルシア王国は三百年の歴史がある王政の国家で、その所領を二十一州に分け、そのうち八州を国王直轄地と定め、四州は王族が分割して治め、残りの九州を、三大諸侯がそれぞれ三州ずつ治めるといったものであった。今オミードたちのいるシラズ州は、三大諸侯の一人ザルトーシュト候の所領のひとつであった。


 大国パルシア王国もその長き治世で、内部は腐敗がすすみ、三大諸侯や王族が治める州では、民衆に対する圧政が激しく、また国王直轄地でも中央政府の目を盗み、州総督が利権をむさぼっているありさまであった。


 今、オミードたちのいるシラズ州も評判の悪い州の一つであった。


――次回  第二話『怒りの矛先』

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