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恍惚の話

 俺は……もう家に帰りたかった。いや、家の中に入ってしまえばいい。


 今俺の家の前で話しているのは……俺の知っている宮野知弦じゃない。誰か別の人物だ。


 だったら、もうこれ以上相手をする必要もない。早々に話を切り上げて、家の中に入ってしまったほうが良いに決まっている。


「……話は……これで全部か?」


 俺はなんとか腹の底から絞り出すような声でそう言った。宮野はつまらなそうな目線で俺のことを見ている。


「う~ん……残念だけど、まだ一つ、雅哉君に聞きたいことがあるんだよね」


「まだあるのか……俺はお前とはもう……」


「喋りたくない? 想像していた優しい宮野知弦じゃないってわかったから?」


 分かっていて敢えてそう言っているかのように……嬉しそうにそういう宮野。俺は何も言わず視線を逸らす。


「酷いなぁ。そもそも、先に嘘をついたのは雅哉君じゃん。汐美ちゃんと会っているのに、会ってないなんて言っちゃって」


「……だから、お前は俺に自分の本性を晒そうって思ったのか?」


「ん? あー……いや、それが全部の原因じゃないよ。まぁ、雅哉君に馬鹿にされているみたいで腹たった、ってのもあるけど……単純に雅哉君なら見せていいかなぁ、って。最初から言ってたでしょ? もうさぁ、私も嫌……っていうかうんざりなんだよね。優しくて、弱いままの宮野知弦のイメージでいるのは」


 そう言って宮野は俺に少し近づいてくる。俺は思わず少し後ずさりしてしまった。


「何? 怖いの?」


「……もういいだろ。話は……それで終わりだろ?」


「あはは……冗談でしょ? 聞きたい事があるって言ったでしょ? ……雅哉君さぁ、汐美ちゃんのこと、ホントに好きになれるの?」


 嬉しそうな顔で宮野はそう言う。


 まるで俺の答えをわかっているかのように。


「……どういう意味だ? 俺は一言も佐田が好きなんて言ってないぞ」


「あはは! 見れば分かるって……でもさぁ……今まで辛い人生を雅哉君が歩んできたのは……ほぼほぼ汐美ちゃんのせいでしょ? それなのに、そんな子のこと、好きになれるわけ?」


 俺は……否定できなかった。宮野が言っていることは……正しい。佐田が俺をイジメてきたのは事実だし、それで俺が辛い思いをしたのも……


「無理、だよね? だって、雅哉君が最初に好きになったのは……私だもんねぇ?」


 勝ち誇ったような顔で宮野はそう言う。俺は図星であると同時に……こんな形で宮野にそんなことを言ってほしくなかった。


「……だったら、どうなんだ?」


「えー? 分かんないの? 今の汐美ちゃんには、雅哉君しかいないんだよ? 雅哉くんだけが頼りなのに、もし、雅哉君が汐美ちゃんの好意に答えてあげられないことが分かったら……汐美ちゃん、どう思うかなぁ?」


 俺はその時、橋の欄干にたって、泣きじゃくっている、この上なく不安定な佐田のことを思い出した。


 そして、思わず信じられないという顔で宮野を見る。


「……親友の汐美ちゃんが壊れちゃった時に感じる罪悪感……きっと、今までに感じたことのない程にすごいものなんだろうなぁ」


 恍惚とした表情で宮野はそう呟いたのだった。

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