表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/116

引き金をひいてしまった話

「……はぁ」


 家の中に入ると、俺は大きくため息をついてしまった。


 ……佐田の奴……一体どういうつもりで、俺につきまとってくるのか……いや、理由や目的はわかっている。


 俺に嫌な思いをさせたいから……シンプルな理由だ。


 それにしては、態度や表情に棘がないというか……今までの佐田の行動や俺に対する仕打ちを考えると、むしろ、俺に対して好意的なような……


「……いやいや。ありえないよな」


 そう思ってみても……俺はこの前のことを思い出してしまう。


 佐田の柔らかい唇の感触、そして、ほのかに香る良い匂い……おおよそ、俺が佐田にイメージしていたものとは全然違うものが、佐田から俺に対して提供された。


 それを提供してくれたのが佐田汐美という事実自体……俺には未だに信じられないのだった。


「……でも、明日もアイツ、来るのかな」


 そう考えると……ちょっと嫌だった。嫌というか……恥ずかしい。


 アイツは恥ずかしくないのか、いや、そもそも恥ずかしくないから俺について学校まで来ているのか。


 かといって佐田に付いてくるなと言っても、おそらく効果はないだろうし……放っておくしか無いようである。


 俺がそんなことを考えていると、玄関先に設置してある電話から、いきなり呼び出し音が鳴り響く。


 こんな時間に……誰だろうか。


 俺は受話器を手にとって耳に当てる。


「はい? 岸谷ですけど」


「あ……雅哉君?」


 電話先の声は……宮野だった。


「あ、ああ……宮野か。どうしたんだ?」


「あ……ううん。ごめんね。いきなり電話して……大したことじゃないんだけど……」


 そう言ってから、宮野は少し間を置いてから、先を続けた。


「……もしかして、今日、汐美ちゃんと会わなかった?」


 俺は思わずドキリとしてしまった。まず……どうにも宮野の声の調子が一段下がったのだ。


 それに、大したことじゃないと前置きした上で……なんでいきなり佐田の話をしてくるのか。


 俺は少し戸惑ったが……佐田と会ったことは言わないで置いたほうが良いと思った。


 なんとなくだが、俺の直感がそう告げている……そう思って宮野には応えることにしたのである。


「あ……いや、会ってないけど、それが――」


「嘘でしょ」


 俺が話を続けている最中に、宮野ははっきりと聞こえる声でそう言った。


 俺は思わずその場で硬直してしまう。


「……なんで嘘をつくのかな? これ、二度目だよね? 私には本当のこと、言いたくないってことなのかな?」


「……え? 宮野……え、えっと……」


「ねぇ? おかしいよね? 私、雅哉くんに許してほしかった……許してほしかったから話しかけた。それで、私は雅哉くんに少しだけ、謝ることができた……私は雅哉くんに……私だけは雅哉くんに本当の気持ちを伝えたのに、雅哉くんは私に嘘を付くの?」


 すると、宮野は電話の先で大きくため息を付いた。


「……宮野?」


 俺は思わずもう一度呼びかけてしまう。すると、なぜか……電話の先から不気味な笑い声が聞こえてきた。


 俺は何も言えず、ただ、その笑い声を聞いていた。自分が今誰と電話しているかも忘れて。


「フフッ……うん。いいよ。雅哉君がそういうことをするのなら……私にも考えがある」


「え……宮野? お前、何言って……」


 すると、宮野は引きつったような笑いを続けながら、電話先で俺に話を続けてくる。


「……ねぇ。忘れちゃったの? 汐美ちゃんが雅哉くんにどれだけ酷いことをしてきたのか? あの子がどれだけ性格の悪い面倒な女の子か……それは……キスされたぐらいで忘れちゃうものなの?」


 そういって、いきなり電話がガチャリと切れた。俺は呆然として受話器を持ったまま立ち尽くしている。


 頭では理解できなかったが……とんでもないことが起きようとして、俺は、その引き金をひいてしまったのだということだけは、俺にも理解できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ