仲直りの話
俺は……呆然としていた。
暫く呆然としながら、歩いていた。
車にぶつかったり、人にぶつかったり……そういうことは、幸運にもなかった。
だけど……どこまでも呆然としていた。
そして、帰巣本能からか……いつの間にか家にまで帰っていた。
暗い家の中で俺はリビングに向かう……と、リビングには明かりが付いていた。
「あ」
俺はリビングにやってくると気付いた。
「おー。お帰り」
元気に挨拶するのは……母さんだった。
ソファに座って、俺のことを珍しそうに見ている。
ほとんど仕事で外にいる人間が、どうやら、今日は家に帰ってこられたようだ。
「……久しぶり」
「なんだよー。元気ないなぁ。せっかく今日は家に帰ってこられたってのに」
不満そうにそういう母さん。まぁ……久しぶりではあった。
俺はなんとなく冷蔵庫を開け、中に入っていたお茶をコップに注ぐ。
「どうした、少年? なんかあった?」
母さんがソファから聞いてくる。母さんに話した所でどうにもならないが……話さないよりはマシだった。
「……母さんって、許せない相手っている?」
「はぁ? 許せない?」
母さんは暫く唸っていると、小さくため息をつく。
「あのねぇ……仕事なんてやっていると、そういう相手ばっかりよ。そういう相手とも、笑顔で仕事をするのが大人なの」
そういって、偉そうな顔をする母さん……まぁ、母さんならそういう答えをするか、と俺は納得した。
「……そっか。だよね」
「何~? 誰かと喧嘩したりしたの?」
「……逆だよ。仲直り……したのかな」
そういって、俺は部屋に戻るとことにした。母さんは不思議そうな顔で俺を見ていた。
部屋に戻って、ベッドに横になる。
「……仲直り、か」
母さんの言うとおりなのかもしれない。許せない相手なんていうのは、これから先たくさんいるものなのかもしれない。
……それならば、永遠に佐田だけのことを許さないなんてのも、おかしな話なのかもしれない。
それよりも……佐田は言っていた。俺の嫌がることを、やり続けるのだ、と。でも、その言葉調子は俺が知っている悪魔のようなものではない。
まるで何かに頼りたがっているような……酷く弱々しい言葉調子だ。
そして、皮肉なことに俺は、それを聞いて、佐田に対し、心配だという感情を抱いてしまったのだった。




