予兆の話
それから、俺は平穏な日々を送っていた。
平穏といっても、これまでとは少し違う。
俺は……完全に孤独ではなくなってしまった。今では、週に一回程度は宮野の家を訪れる。
宮野も、俺が家を訪れると喜んで迎えてくれる。
宮野曰く、母親の帰りも遅いので、誰かが家に来てくれると嬉しいらしい。
俺も……歓迎されるのは、悪い気分ではなかった。
自分でも恥ずかしい話だが……俺はもう、宮野のことを完全に許しているのだろう、と思った。
なんだか今までのことが馬鹿らしいくらいに……俺は、宮野と普通に接していた。
普通……というのもなんだか語弊がある。俺は……自分でもわかるくらいに、宮野に対して好意的に接していた。
宮野も俺がすることに、拒否はしなかった。それは無論、過去の罪悪感からくる行動なのかもしれないけど……俺としては嬉しかった。
とにかく、俺にとってはこれまでの短い人生でもっとも平穏な日々がやってきていた……それだけは確かだった。
そして、既に季節はすっかり冬になっていた。そろそろ一年が終わる……そんな感覚がやってくる時期になってきていた。
「よぉ。岸谷」
その日も、瀬名が話しかけてきた。
残念ながら、瀬名とは既に毎日のように喋っているし、宮野の家に行かない時は、一緒に帰っている。
俺と瀬名は……おそらく傍目から見ても完全に友達……なのだろう。
「……よぉ」
「フフッ……相変わらずテンション低いなぁ。宮野さんともそんな感じで喋っているわけ?」
「……お前には関係ないだろう」
俺が不貞腐れるようにそう言うと、瀬名は苦笑いしながら俺を見る。
「俺は彼女いたこと無いけど……聞いた所によると、彼女にもちゃんと愛想よくしないと、怒っちゃうらしいよ?」
「はぁ? お、お前……誰が誰の彼女だよ……」
思わずものすごくかっこ悪く反論してしまった。瀬名はニヤニヤしながら俺を見る。
「え……まさか、まだ告白もしてないの?」
「……うるさいな。宮野とは……そういう関係じゃない」
俺は瀬名から顔を逸らして、話を中断する。
「でもさぁ……岸谷。ちゃんと言ったの?」
「……何を?」
「いや、その……佐田さん」
瀬名がそういうことで、俺は久しぶりにその名前を聞いた。俺は今一度瀬名の方を見る。
「……言った、って……何を?」
「え……いや……っていうか、佐田さんと会っている?」
「全然。最後に会ったのは……覚えてないな」
俺がそう言うと瀬名はものすごく気の毒そうな顔で俺を見る。
「岸谷……いや、マジで悪いこと言わないからさ……一回くらい岸谷の方から電話した方がいいって」
「はぁ? なんで?」
その時、丁度チャイムが鳴ってしまった。瀬名はしまったという感じで俺を見る。
「とにかく……いや、もうダメかもだけど……佐田さんのこと、少し考えたほうがいいよ」
そういって、瀬名は自分の席に戻ってしまった。
「……何だアイツ。なんで佐田?」
意味がよくわからなかったので、俺は瀬名の忠告は無視することにした。
その時、気付くべきだったのかもしれない。
調子が良いときこそ、不意に災厄が訪れるという、俺がこれまでの人生で学んだ教訓を。




