嫌いではない話
「フフッ……なんだか、普通のことになっちゃったね」
嬉しそうにそう言う宮野。
俺と宮野は、机を挟んで座っていた。宮野は椅子に座って俺のことを嬉しそうに見ている。
「え……な、何が?」
すると、宮野は嬉しそうに目を細めて、俺のことを見つめる。
「こうやって……雅哉君と普通にお話するの」
宮野の視線があまりにもダイレクトに俺に向かってくるので……俺は思わず視線を逸してしまった。
一体なんなんだ……ちょっと前まで、俺は宮野のことを死ぬほど恨んでいたのだ。
それなのに、どうして今はこんなふうに、あたかも仲良くしているのか……
「……な、なぁ。宮野」
「ん? 何? 雅哉くん」
「……学校、最近は……行っているんだよな?」
そういう宮野は……確かにもうパジャマ姿ではなかった。
おそらく、制服から着替えて部屋着になっている……そんな感じの格好だった。
「……うん。その……大丈夫、だったんだ」
「え……大丈夫、って?」
「……なんかね、友達に聞いたんだけど……私に酷いことしてた人達は……もう、私には飽きちゃったみたいで……行っていると何にもされなかったんだ」
申し訳なさそうに苦笑いしながら、そう言う宮野。
おもちゃ、という言葉を聞いて、俺はふと佐田のことを思い出す。
「……そうか。まぁ……良かったな」
……って佐田は今はどうでもいいのだ。今は宮野の話を聞いていたい。
「……ねぇ、雅哉くん」
と、宮野の声が低くなった。俺は今一度宮野の方を見る。
「え……何?」
「……きっと、雅哉くんの何十分の一……何百分の一も……私は苦しんで無いと思う……それでも……雅哉くんがどんなに辛いってことだけは……少しは理解できたと思うの」
真剣な調子でそれでいて、本当に申し訳なさそうにそう言う宮野。
「……許して、なんて都合のいいことは言わない……けど、一つだけ、教えて欲しいの」
「教えるって……何を?」
すると、宮野は少し言葉を切ってから、俺の方を見つめたままで話を続ける。
「……私の事、まだ……嫌い、かな?」
窺うような瞳で、宮野はそう言う。
嫌い……たしかに俺は宮野のことを嫌っていた。
でも、今では何度も宮野の家に来ている。そして、何事もなかったかのように話している。
それでいて、未だに宮のことを嫌っている、なんていうのは……筋が通らない話だ。
俺は少しの沈黙の跡で、宮野の方を見る。
「……いや、もう……嫌い……ではないよ」
俺がそう言うと、宮野は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て……先程までの変な気持ちはどこかに行ってしまった。
安心できるその笑顔……俺が覚えている宮野知弦の笑顔だった。




