許しの話
家に入ると相変わらず暗かった。宮野にはリビングに通されたが……なんだか不安な気分になる。
宮野は……大丈夫なんだろうか。なんだか不安定に見えるが……といっても、自殺を図ろうとしたやつが、不安定でないわけないか。
「あ……お茶、いる?」
宮野は遠慮がちにそう言う。
「え……あ、ああ。じゃあ」
俺がそう言うと宮野は電気ケトルに水を入れ、それをセットするとスイッチを押した。
宮野はテーブルに向かって置かれた椅子に座る。俺は……
「……座らないの?」」
宮野にそう言われ、俺は仕方なくテーブルを挟んで宮野の向かい側の椅子に座る。
暫くの間沈黙が場を支配する。
俺も宮野も何もしゃべらない。電気ケトルが少しずつお湯を沸かしている音だけが部屋の中に響いている。
そして、カチッと小さな音がして、お湯が沸いたようだった。
「……お前、大丈夫かよ」
先にそう言ったのは……俺だった。宮野はキョトンとした顔で俺を見る。
「え……あ、あはは……うん。大丈夫だよ。さっきも言ったけど……」
苦笑いしながらそういう宮野。俺も……なんで同じ質問を二回もしているのか。
「そ、そうか……」
そして……会話が終わってしまった。宮野は立ち上がり、電気ケトルの方に向かっていく。
「あ……お茶、淹れるね」
「お、おう……」
意味のない会話……これでは何も進展しないではないか。
多少厳しいかもしれないが……無理矢理にでも、話を進める必要がある。
宮野がお茶を入れてテーブルの方に戻ってきた。俺は意を決して宮野の方を見る。
「……お前、学校は」
俺が小さくそう訊ねると、宮野の動きが止まった。そして、しばらくしてから俺にゆっくりとお茶を差し出す。
「今日は……お休み」
そういって、苦笑いする宮野。俺はその笑顔には答えなかった。
「……今日、も、だろ」
俺がそう言うと宮野は何も言わず黙ってしまう。しかし、俺はあくまで先を続ける。
「ずっと……そのままでいるつもりなのか?」
俺がそう言うと宮野は下を向く。答えたくない気持ちは俺にも分かる。
俺だって……そうする可能性はあった。ただ、俺の場合は……最初から諦めていたから、そこまで苦ではなかった。
俺には昔からこれといった友達はいなかったし、皆の中心というわけでもなかった。
だから、別にそこまで辛くなかった。いや、全く辛くなかったと言えば、嘘になるのだが。
「……ダメってことは、わかっているんだけどね」
そう言って宮野は顔を上げる。そして、つらそうな顔で俺を見る。
「……汐美ちゃんも言ってたんだけど……私達、雅哉君にあんなに酷いことしてきたのに……自分がその立場になった時のこと、考えていなかった。それは……耐えられない程、辛いんだね……」
そう言って宮野は済まなそうに頭を下げる。
「……今更何を言ってもしょうがないし……意味のないことだとわかっている……だけど……ごめん……なさい……」
宮野は涙声でそういった。それを見て、俺は……さすがに耐え難いものがあった。
以前は逆に怒っていたが……ここまで宮野が弱ってしまうと、俺も……
「もう、いいからさ……」
俺は宮野にそう言う。宮野はゆっくりと頭を上げる。
「……でも」
「とにかくさ……今は、お前が学校に行けるようになることの方が、大事なんじゃないの?」
自分でも驚くほどにそんな言葉は簡単に出てきた。宮野も驚いて俺のことを見ている。
「え……雅哉くん……」
「……とにかくさ、外に出たほうが良いぞ。なんなら、また、学校の校門の前で待っていてもいいから……な?」
俺がそう言うと宮野はまたしても頭を下げてしまった。
「……ありがとう」
そして、なんとか聞こえるレベルの声で、俺にそう言ったのだった。




