唐突な話
家までの道の間には、交差点を通る必要がある。
車通りが多い交差点だ。いつも一度は信号待ちをする必要がある。
その時も俺は、いつものように信号を待つために、歩行速度を弱めていく。
そして、実際、横断歩道の前で止まっていた。
信号が赤になり、俺は目の前を通る車を見つめる。
もうすぐ家に帰る……いつも通り、何事もなかった。これが孤独である俺の特権だ。
何事も興味を惹かれることもなければ、心を乱されることもない……俺が勝ち得た特権なのである。
そして、信号が青になった。俺は横断歩道を踏みだそうとする。
「……雅哉君?」
その瞬間、声が聞こえた。
俺のすぐ隣からだ。その声は……聞き覚えのある声だった。
俺はゆっくりとそちらの方に顔を向ける。
「あ……や、やっぱり、雅哉君だ」
俺の視線の先にいたのは……1人の少女だった。
俺とは違う高校の制服を着たその少女は、黒い綺麗な髪を短く切りそろえ、整った顔立ちで俺の事を見ている。
俺の方は……その表情を見た瞬間に思考が硬直してしまった。
見覚えのある顔も何も……俺の目の前にいたのは、俺を孤独にした人物であり、俺が孤独になることを選択するきっかけを作った人物だった。
「……宮野」
俺はなんとかその名前を絞り出して声にした。
宮野知弦……奴こそ、俺の初恋の相手であり、俺が孤独であるこを選択させた張本人であった。
名前を呼ばれた瞬間、宮野は安心した表情になる。
「あ……あはは……久しぶり、だね」
少しはにかんだように微笑む宮野。
久しぶり……ああ、そうだ。コイツとまともに喋った記憶は、小学校四年生以来だ。
俺がイジメられるようになってからは、コイツとは喋っていない。
「……ああ、久しぶりだな」
胸の奥からこみ上げてくる怒りを抑えながら、俺は懸命に対応する。
コイツは……一体どういうつもりで話しかけてきたんだ? コイツは、自分が俺に何をしたか理解していないのか?
それとも何か? 宮野は、俺をイジメたとか、そういう認識がそもそも存在しないのか?
俺の脳裏には様々な思考が過る。
宮野自身は少し手持ち無沙汰にキョロキョロと周囲を見渡していた。
「え、えっと……今、時間、あるかな?」
「え……時間?」
「うん。その……少し話したいことが、あるの」
宮野はそういって、俺の出方を見るかのように遠慮がちに俺の事を見た。
……本来ならば俺はここで断っていただろう。しかし、あまりにも唐突のことすぎた。
そして、何より、宮野が俺に対して一体どういう話を持ち掛けてくるのか……そのことは、あまりにも俺にとって興味深すぎることだったのである。
「……ああ、時間は……ある」
俺がそう言うと、宮野は嬉しそうに微笑んだ。
その顔は、俺が知っている、俺に対して優しさを見せていた時の表情だった。
「それじゃあ、近くの公園で話す感じで、いいかな?」
宮野の提案に、俺は小さく頷く。
こうして、俺は、大嫌いな初恋の相手の提案に乗り、数年ぶりに彼女と会話をすることになったのであった。




