本性の話
「大丈夫? 落ち着いた?」
風呂場から出てきた宮野を、佐田がリビングで落ち着かせるように肩を撫でている。
俺は……手持ち無沙汰でただその様子を見ていた。
「……うん。ごめんね……汐美ちゃん」
宮野は目の端に溜まっていた涙を拭いて、佐田に笑ってみせた。
佐田も少し安心したようである。
「そっか……じゃあ、なんでこんなことしたのか。聞かせて」
佐田がそう言うと、宮野はまた目を伏せる。
どうやら、そのことに関しては話したくないらしい。佐田もそのことに気付いたらしい。
「……そっか。うん。話したくないなら……話さなくていいよ」
佐田は優しげな顔で宮野にそう言う。宮野はすまなそうにしながら小さく頷いた。
「……ごめんね」
「だから、謝らないでいいんだって。とにかくさ、今日は知弦が落ち着くまで一緒にいてあげるから……ね?」
佐田がそう言うと宮野は安心したように微笑む。しかし、すぐに首を横に振った。
「……大丈夫。だから、汐美ちゃんも……雅哉君も……もう、帰って大丈夫だよ」
どう聞いても大丈夫ではなさそう声で宮野はそう言う。
しかし、俺にはわかっていた。
このままここにいても仕方ない。だったら、さっさと帰るのが懸命なのだ。
「……わかった。じゃあな」
「え……ちょ、岸谷……」
俺はそう言って宮野に背中を向ける。そのまま玄関の方に向かって歩いていった。
そして、宮野の家から出る。既に外は真っ暗だった。
「ちょ、ちょっと……アンタねぇ……」
少しすると、佐田が呆れた様子で俺の後を付いてきた。俺は振り返る。
「なんだ……お前、一緒にいてやるって言ったじゃないか」
俺がそう言うと、佐田はバツが悪そうな顔で俺を見る。
「あれは……言葉のあやというか……」
「……ふっ。俺はわかっているぜ。お前がそんなに優しい人間じゃないってこと」
俺がそう言うと佐田はキョトンとした顔で俺を見る。
「……どういう意味? それ」
「そのままの意味だ。お前は……本当はただ、面倒くさいって思っているだろ? 宮野のこと」
まさしくその通りだろう。佐田は……きっと、もう宮野のことなんてどうでもいのだ。
おそらく、嫌々ながら付き合っている……これまでの佐田の態度を見ればわかる。
それは、佐田から悉く最悪の仕打ちを受けてきた俺だからこそわかる、佐田汐美という人間の本性なのだ。
佐田は暫く黙っていた。答えられない……いや、否定できないのだろう。
俺はそう思っていた。
「あー……確かにそうね。正直……めんどくさかった」
と、佐田は悪びれる様子もなく俺にそう言った。それ見ろ……やっぱりそのとおりだ。
「でも……今日で変わった」
そう言うと佐田はニンマリと微笑んでいた。その笑顔は……俺のことを散々イジメていた時に見せていた悪魔のような笑顔だった。
「な……なんだよ。どういう意味だ?」
動揺した俺が思わず訊ねると、佐田は嬉しそうにこういった。
「フフッ……いや。今の知弦……いいおもちゃになりそうだなぁ、って思ったってこと」