絶望の話
「……なんだ?」
声が聞こえてきたのは……家の奥の方。佐田が走っていった方だった。
俺もゆっくりとそちらの方向に向かう。
「知弦……アンタが何をされたか知らないけど……そんなことしたって、誰もアンタに対して悪かったとか、全然思わないんだよ!? 分かっている!?」
佐田の声は……とても鬼気迫っていた。どうやらただならぬことが起きているらしい。
俺は少し歩を早め、そのまま声のする方向ヘ向かう。
「わかっている……わかってるよ! そんなの……でも……」
そういって、宮野はまたすすり泣いているようだった。
一体なんで泣いているのか……そもそも、宮野と佐田は何を言い争っているのか……
近づくに連れて、それがどうやら宮野家の浴室であることがわかってきた。
俺はそのまま脱衣所らしき部屋を覗き込む。
「ね? だから、それ……下ろしてよ。危ないって……」
佐田の声が聞こえる。危ない? 宮野は何かを持っているのか? よくわからないが……俺はそう思って、もっと良く、風呂場の中を覗き込む。
「あ」
思わず声を漏らしてしまった。
風呂場の中でも、なぜか右手にカッターを持った宮野が、佐田にそれを向けていた。
まるでか弱い小動物が、小さい牙で一生懸命威嚇をするようなそれとよくにた光景である。
「あ……雅哉君……」
宮野は俺を見ると、絶望した表情をする。
「……何やってんの。お前」
俺は思わずそう聞いてしまった。
「見ればわかるでしょ……このバカ」
佐田が宮野に聞こえないくらいの小さい声で俺にそう言う。
風呂場にはカッターを持った宮野、そして、浴槽には水が張ってある。
「あぁ。あれか。死のうとしてたのか」
俺は思わず納得してそう言ってしまった。
宮野はそれを聞いて引きつったような笑みを浮かべる。
「そ……そうなの。あ、あはは……わ、私……もう、死のうと……」
「へぇ。なんで?」
「え……な、なんで、って……」
俺はそう聞いてから、すかさず次の言葉を宮野に投げかける。
「まさか……学校でイジメられていて、辛くて死のうとした、なんて、言わないよな?」