はじめての話
俺は眼鏡の彼と並んで歩くことにした。
暫く歩いて、チラリと彼の方を見る。
「……君、名前なんだっけ?」
「へ?」
俺は唐突に聞いてしまった。信じられないという顔で眼鏡の彼は俺を見ている。
「え……ま、マジで言ってんの?」
俺は何も言わずに頷く。
無論だ。俺は彼の名前など知らない。
そもそも、今の今まで学校において興味を持った相手などいない。
だから、眼鏡の彼の名前を知らないのは当然なのである。
「あー……ま、マジかぁ」
眼鏡の彼は残念そうだった。そんなにも俺に名前を認識されていなかったのがショックだったのか。
「……なんか、ごめん」
「え? あ、ああ、いや……別にいいよ。あはは……ただ……」
「……ただ?」
俺が訊ねると、眼鏡の彼は少し気まずそうな顔で俺を見る。
「その……岸谷って変わってんなぁ、って」
苦笑いしながら彼はそう言ったが、別に俺はどうとも思わなかった。
「そうかな?」
俺がそれだけ言うと、眼鏡の彼はまた苦笑いする。
「……まぁ、俺の名前は瀬名貴雄だよ。覚えても覚えてなくてもいいよ。よろしく」
そういって、瀬名は俺に微笑みかけた。
……考えてみれば、高校生活始まって以来、男子と会話した気がする。
といっても、眼鏡の彼は、パッと見ると線が細いし、垂れた目尻は、どことなく女性っぽかった。
「……瀬名って、男?」
「え、えぇ!? お、男だよ……なんだよ、その質問……」
その反応を見て、少しばかり瀬名が自分の容姿を気にしていることを理解した。
……まぁ、兎にも角にも、こうして俺は、高校入学してからおそらく初めて、学校内の誰かと会話したのであった。