不味い話
「……え?」
思わず俺は声を漏らしてしまった。
目の前には息を切らせて、肩を上下させる眼鏡の彼……一体彼は何をしにきたというのだろうか。
「はぁ……き、岸谷……な、なにやってんの?」
信じられないという顔で俺のことを見る眼鏡。レンズの奥の瞳が大きく見開かれている。
「え……何が?」
「何が? じゃなくて……なんで見捨てていっちゃっているわけ? あの子のこと」
あの子……ああ。宮野のことか。
俺は理解し、少し落ち着きを取り戻した。
「……見捨てたというか、まぁ……俺には、関係ないし……」
「え? いやいやいや! だって、あれ、岸谷の彼女でしょ?」
「……だから、彼女じゃないって言っているじゃないか」
「はぁ? いや、でもさぁ……あの子、めっちゃ困ってたし……明らかに岸谷に助けを求めてたじゃん」
……そんなことは言われなくてもわかっている。それをあえて無視して、俺はここまで来たのだ。
「……ああ、うん。そうだ。でも、別に助ける助けないは俺の自由だろ?」
「え……えぇ……いや、まぁ、そうなんだけど……」
眼鏡の彼もそれ以上は何も言えないようだった。
それはそうだ。彼は宮野と俺がどんな関係なのか理解していない。
それなのに、なぜ助けなかったのか、などと言われる筋合いはない。
「用件、それだけ?」
「え……あ、ああ」
「そう。じゃあ、俺帰るから」
「え、えぇ!? い、いや。待てよ」
そういって、眼鏡の彼は俺の腕をつかむ。俺は不快感を露わにしながら彼のことを見た。
「……何?」
「はっきり言うけどケンちゃん……じゃなくて憲一な。ああ、あの金髪のことだけど……アイツ、最近彼女と別れたばっかりで……なんというか……あんまり良い奴じゃないというか……」
唐突に、彼はそんなことを言い出した。
「……へぇ。それが何か?」
「い、いやだからさ……不味いって。このままだと。あの子……」
俺はいい加減イライラしてきた。こいつに何がわかる。俺の何が……俺が宮野のことをどう思っているか……わかるのか?
「……知らない。そんなことは……俺には関係ない」
そういって、俺は眼鏡の彼の腕を振り払う。
そのまま信号が青になった横断歩道を、足早に歩き切った。




