ある思いつきの話
それでも、俺はその日……何もしなかった。佐田がどうしているかもそれ以上知ろうとしなかったし、電話もしなかった。
宮野のことは……あまり考えないようにした。アイツが何を考えているのも、あまり考えたくなかった。
俺はただ眠って……起きた。そして、学校へ行く。
学校へ行ってもぼんやりとしているだけだ。瀬名は俺に話しかけてきてくれたが……曖昧な対応しかできなかった。
俺自身、ずっと考えていた。それは、宮野に言われたこと。
俺は……許せるのか? 佐田のことを。自分に酷いことをしてきた存在のことを。
佐田は苦しんでいる。そんなアイツのことを見て、俺は……明確に爽快な気分になっていた。
自分でも最低と思う。だけど、事実だった。俺は苦しんでいる佐田を見て、なぜか、清々しい気持ちになってしまった。
でも、それと同じように……いや、それ以上に悲しかった。
そんなふうに思う自分のこともそうだし、俺をかつて苦しめた佐田が苦しんでいるという事実も。
「……なぁ、瀬名は……許せないやつとか、いる?」
いつものように校庭の隅で、俺は瀬名にそう問いかけた。
「許せないヤツ? う~ん……まぁ、俺も人間だから、ムカつくヤツはたまにいるけど……許せない、ってやつはいないかなぁ」
「……そうだよな」
普通はそんなヤツ、中々いないだろう。そもそも、今日に至るまでずっと、小学生からの出来事を引きずっている俺の方が奇特な人間なのかもしれない。
「もしかして、佐田さんと宮野さんのこと?」
まぁ、言わなくてもわかるようで、瀬名は苦笑いしながら俺にそう言ってきた。俺は無言で頷いた。
「そっか……で、岸谷は宮野さんと佐田さんのことが、許せないの?」
「許せないというか……俺は……」
「じゃあ……佐田さんと宮野さん、どっちがより許せない?」
瀬名は不意にそんなことを聞いてきた。俺は思わず戸惑ってしまう。
佐田と宮野……許せないのはどちらかと聞かれると……どちらなのだろう。
宮野は俺が苦しむ原因を作った。佐田は、俺を直接いじめてきた……
「……どっちも、同じくらいかな」
「ふぅん……じゃあさ、佐田さんと宮野さんの方は、岸谷に許してほしいと思っているのかな?」
そう言われると……まぁ、佐田はそうなのかもしれない。
でも、宮野はどうなんだろう。そもそも、最初に俺に話しかけてきたのは宮野だ。
アイツ……そもそも、なんで俺に話しかけてきたんだ? それで、どうして、俺に嫌われるようなことをしている?
それこそ、まるで敢えてそうしているかのような……
「……敢えて……そうしている……?」
俺は思わず呟いてしまった。瀬名も驚いた顔で俺を見る。
「どうしたの? 岸谷?」
……考えてみよう。俺が知っている宮野知弦のことを。
宮野は目立たないが、優しい子だった。だからこそ、俺の初恋の人になったんだ。
その宮野が人間を壊すとか……想像できない。
でも、宮野はベランダから飛び降りた。しかも、自分から。それもわざとだっていうのか?
「……わざと……自分から……」
そう考えると……なんとなく理解できる。宮野が何をしたいのか、そして、俺が何をしなければいけないのか。
丁度その時、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「岸谷? 何か……わかった?」
瀬名が不安そうにそう尋ねる。俺は小さく頷いた。
「ああ……一つだけ……わかったよ」
俺はそう言ってから不思議そうに俺を見ている瀬名の方を見る。
「……俺はずっと、自分が……自分だけが不幸な目にあってきたと思ってた……でも、そうじゃないかも、って……なんとなく思った」
俺がそう言うと瀬名はしならくぽかんとした顔をしていたが、不意に微笑んで俺を見る。
「まぁ、そんなもんだよ。皆さ」
瀬名のその言葉を聞いてから、俺たちは教室に戻っていったのだった。