下手な話
俺はとにかく佐田を探すことにした。
というか……行く場所はわかっていた。
きっと……あの橋だ。かつて、佐田が飛び降りそうになっていた橋。
そして、今度こそ佐田は下手をすると……俺は急いだ。
携帯には既に何度もかけているが、佐田が出る気配はない。俺は携帯で連絡するのを諦め。そのまま走った。
既に夕暮れ……普通ならば人通りのあるであろう場所では飛び降りなんて考えないだろう。
でも、あそこはほとんど人通りがない。そうなると佐田も躊躇せず飛び降りる可能性がある。
俺は焦った。なんで……宮野の誘いに乗ってしまったんだろう。俺のせいだ。
何度も自分を責める。しかし、それは後回しだ。
俺は走り続けて……辿り着いた。
「……あ」
佐田が俺を呼び出した橋……俺はたどり着いた。
そこに……いた。佐田だ。茶髪がオレンジ色に輝いて風に揺れている。
幸い前回欄干に飛び乗っているということはなかった。俺はホッと胸を撫で下ろした。
「佐田!」
俺は少し離れた距離から叫んだ。周りに人はいなかったので、佐田だけがこちらを向いた。
「ああ……岸谷か」
佐田は分かっていたかのような顔で俺を見る。そして、特に反応を示すこともなく、俺を見ていた。
「何しに来たの? もしかして……前回みたいにここから飛び降りようとしてるって思った?」
少し面白そうな顔で佐田はそう言う。俺は小さく頷いた。
「ああ……あれ、演技だから」
「……へ?」
ちょっと信じられない言葉を聞いて、俺は立ち尽くす。
「何? 本気だと思ってたの? ハハッ……冗談に決まってんじゃん」
「お、お前……冗談って……
「ああ。後、アンタを今日連れ回したのも、単純にアンタをからかいたかっただけだから。もしかして、本気にしちゃった? ごめんねー。私、アンタのこととか全然趣味じゃないんだ。そもそも、彼氏いるしね」
笑いながらそういう佐田。きっと……少し前の俺ならこの言葉を全部信じていただろう。
でも……なんというか、今の俺ならわかる。本当に嘘をついている人間は……今の佐田がしているような無理に作った表情をしない。
そういう意味では……佐田は宮野が言うようにわかりやすい人間なのかもしれない。
「だからさ。さっさと帰ってよ」
「……嫌だ」
俺がはっきりとそう言うと、佐田は目を釣り上がらせて俺を睨む。
「……帰れって行ってんだろ! 何思い上がってんだよ! アンタはずっと私に虐められてきただろうが! 今ままでもこれからも! その関係は変わらねぇんだよ!」
そう言って佐田は怒鳴った。しかし……俺は怖くなかった。
目だ。目が、かつて俺を虐めていた目ではない。むしろ、何かを怖がって強がっている目。
それは奇しくも、かつていじめを受けていた俺の目と同じ目だった。
「嫌だ」
俺はもう一度そう言った。佐田はそれを聞くと、悲しそうに目を細めた後でそのまま地面に崩れ落ちた。
「じゃあ……お前は……どうしたいんだよぉ……」
そう言って佐田はそのまま泣き出してしまった。俺は何も言わずに佐田を見ている。
そうだ。俺には……今佐田にかける言葉はない。言葉をかける資格がないのだ。
俺は加担してしまったのだ。それが本意ではないとしても、宮野の佐田を「壊す」という邪悪な遊戯に。




