決別する話
「……え? なんで……岸谷がここにいるわけ……?」
信じられないという顔で佐田はそういう。俺は……思わず視線をそらしてしまった。
「あ……汐美ちゃん、その……ごめん!」
と、いきなり俺の背後で宮野が謝った。俺も佐田も同時驚いてそちらを向く。
「え……何? 知弦、なんで謝って……」
驚いている佐田に、宮野は涙ぐんだ視線を向ける。
すごい……素直に驚いた。こいつは……これをワザとやっているんだ。
涙ぐむ必要なんてない。全部演技なんだ……それなのに、宮野はそれをできてしまっている……
「その……私……雅也くんのこと……」
宮野の様子を見て、佐田は何かを悟った……いや、悟らされてしまった。
宮野はあえてすべてを言っていない。この状況下で勘違いさせるだけの最低限の言葉だけを放った。
佐田にしてみれば「どうして自分と会ったあとに、岸谷は宮野の家にいるのか」と思う。そして、それは、明確な裏切りにも近い行為なのだ……
「あ……そ、そういうことなんだ……」
寂しそうな視線を向ける佐田……俺はただ、何かを言おうとして佐田のことを見るだけである。
「さ、佐田……俺は……」
「……いや、別に怒ってないよ。まぁ……そうだよね」
意味がわからないが、佐田は悲しそうだった……いや、意味はわかる。
俺は言いたかった。お前が思っているようなことは断じてない、宮野はお前を騙そうとしている、お前を壊そうとしてるんだ、と。
でも、言えなかった。それを言ってしまえば、佐田は壊れてしまうから。
宮野はわかっていたのだ。俺が、それを言えないことを。
だから、俺を先に呼んだ。そして、そこに佐田が鉢合わせるように仕組んだ。
俺の初恋の相手は……恐ろしいほどに計算高い女の子だったようだ。
「……なんか、邪魔しちゃってごめん。私……帰るわ」
佐田はそう言って玄関の扉を開ける。
「汐美ちゃん!」
宮野が悲しそうな声を上げる。すると、佐田は少し涙を浮かべながら、なんとか笑顔を作る。
「あはは……知弦。大丈夫、大丈夫……だから……」
そう言ってから佐田は俺の方を見る。俺は何も言えずにただ佐田を見ている。
「……ありがとうね、岸谷」
「え……?」
「今日……好きでもない子と付き合ってくれて……知弦のこと……よろしくね」
悲しそうな目で佐田はそう言い残すと、扉を開けて出ていったしまった。
「……フッ……アハハハッ!」
佐田が完全にいなくなってから5分後……宮野は嬉しそうに高笑いしていた。
俺はただその様を呆然と見ているだけである。
「……はぁ。面白かったね。雅也くん」
わけの分からない同意を求める宮野。俺は何もできずただ宮野を見ていた。
「……で、どうするの?」
「え……」
宮野はそう言ってニンマリを微笑む。
「このままだと、汐美ちゃん、ほんとに壊れちゃうけど?」
「……お前はそれでいいのか?」
俺がそう言うと宮野はキョトンとした顔をする。その後で呆れ顔で俺を見る。
「別に。汐美ちゃんでは十分楽しませてもらったし」
俺はその瞬間、俺自身の中の何かが切れるのがわかった。そして、そのまま思いっきり宮野の頬をひっぱたいてしまった。
「痛っ……」
宮野は小さくそうつぶやく。そして、恨みがましい目つきで俺の事を見る。
「……最低。いじめられてた理由がわかるわ」
「……いや、違う。最低なのは……お前だ」
俺がそう言うと宮野はキョトンとする。それから、鋭い目つきで俺を見たあとで思いっきり俺の首根っこを掴んできた。
「……アンタに何がわかるのよ! アンタはただ……最低だっただけじゃない! アンタに私の苦労の何がわかるの! 平穏無事であろうとした私の……何がわかるのよ!」
女の子がここまで怒るものなのか……俺はその時初めて経験し、恐怖した。
俺は何も言わずに宮野の手を振りほどき、宮野を一瞥する。
「……わからないし……わかりたくもないよ」
俺はそう言ってから、玄関の扉を開けて外へ飛び出していった。
不思議と心は落ち着いていた。むしろ……悲しかった。
今ならわかる。というか、今、わかったのだ。
宮野も……俺と一緒だった。
ただ、平穏でありたいだけ……だから俺は、宮野に惹かれたのだ。
同じような存在だったから。
「でも……今は、違う」
俺は自分にそう言い聞かせ、「あの場所」へと向かった。




