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三人と一つの光が森を西に抜けていた。佐竹の能力で城も見えないほどの距離まで逃げ果せていた。森を抜けた先にある巨大な砂漠を越えて、大国ジートにまで来ていた。ジートは城を西に向かったところにある。村長から聞いたジートの位置情報、そして北に向かうと敵に伝えた佐竹の話を交え、一行はジートに向かうことにしていた。
一行はジートの北の端にあるボロ家に潜んでいた。誰もこの家に住んでいないことを確認し、見られないように入った。いくら嘘の情報を与えたとはいえ、全戦力を北に割くほど敵は馬鹿ではない。配下の一人二人はこちらに来ることを想定している。
「ワシらの村はジートを抜けてさらに西へ向かったところにある。今は勇者を呼ぶ儀式で忙しくてな、あまり構ってやれん」
「構わねぇさ、当面の目的はあんたらの召還する勇者と合流して戦力増強ってとこか」
「ならば主らを歓迎する準備をしておこう。ではワシは失礼するぞい」
光はスッと消えた。彼はいつでもいるわけではなく、必要な時にのみ連絡をよこす。こちらから呼びかけるすべはない。
(なんであいつってどこにいても俺らと通信できんだ?)
グーと音がなった。二度聞こえたそれは魁導と佐竹のものだった。
「燃費悪いわねぇ、と言っても食料を手に入れる術は無い。こんな大国で脅して手に入れようものならすぐに位置がばれるからね」その後、何やら河西はまた心の中の人と話しているようだった。「・・・本当に?」
河西は立ち上がった。すると十二の機械が河西の全身をくるくると旋回した。すると見る見る人の姿へと変わった。服はこの世界向きなのか、やけに露出が多かった。
「ちょっ、ちょっと!何この服!」
「あー、河西ってそんな顔してたな」
「コスプレみたいで・・良い!」
二人に蹴りを入れた後ボロ家を出た。数分歩いたあたりで金銭面の問題に気がついた。一文無しだ。
野郎に絡まれた男の姿が見えた。ガタイの良い男が三人ひょろひょろの男を囲んでいる。ひょろひょろの方は身なりはそれなりに良かった。だからこそこうして襲われているのだろう。
なんだかどこかで見た光景に放っておけず、気づけば声を出していた。「ちょっとあんたたち」
「あぁ?なんだ姉ちゃん?」
「おい、めちゃくちゃスタイル良いじゃねぇか!それに・・」よだれをすすった。
河西はまったく動じず胸を張って立った。その姿にむしろそそられた二人は飛び掛った。しかし数秒後には地面に倒れ。尻を踏まれて鞭打ちされていた。
「うっ、痛い!」
「場馴れしてやがるっ!良いっ!」
最後にケツを蹴り上げると二人は捨て台詞を吐きながらどこかへ消えていった。河西は呆気にとられて倒れたままの男に手を出した。男はその手を掴んで立ち上がった。
「ありがとうございます。私はブラス、よければ何かお礼をさせてください」
「それなら」河西は笑顔でブラスを見た。「お金くれない?」
「へ?」
一通りの食料の調達と必要な物の調達は済ませた。最初は堂々と金を払っていたブラスも終盤はしぶしぶと出していた。しかし彼女のその度に見せる笑顔にはなんだか逆らえなかった。
(悪女だ・・)
食事をしながらブラスは財布の薄さに悲しみを隠せなかった。
「あの、こういうこと慣れてるんですか?」
河西はなんだか複雑な表情を見せた。「いいや、初めて」
「ああ、勘違いしないで。恨んでいるわけでは無いんです。学者故の好奇心というか。私は魔族の研究者でして、あなたが気になるんです」
河西は目を細めてブラスを見た。「ジョークのつもりですか?」
「笑えません?」
「ええ全く」
「そうですか、ではあなた好みなジョークとはなんですか?」
「申し訳ないけどジョーク自体あんまり好きじゃないの。代わりに魔族のことを聞きたいわ。興味があるの」
「そうですねぇ・・」ブラスは皿に乗った肉と野菜を両端に分けた。「私達と魔族は始まりは同じとする説が有力です。彼らは何かのウイルスに感染し、姿形を変えた、人々の恐れる異形の姿へと・・しかし私は少し違う説を唱えたい。彼らは抗体を得た、ワクチンそのものであると仮に彼らの姿が病気によって生まれたものならきっと行き着く形は一つだ、しかし彼らは姿形が種族間でもバラバラで、個性がある。能力もまたその一つです」
「能力って?」
「能力とは魔族のみに与えられた特殊な力です。物理法則に従わない、まさに神に、彼ら的に言うなら魔王から授かった力とでも言うべきでしょうか。進化の先の褒美だと考えています」
「学者ってあなたみたいにロマンチストばかりなの?少し退屈だったわ」
「はは、まぁ良い時間つぶしになったでしょう?では十分にお礼は出来たようなので、私はこれで」会釈をしたあと去っていった。
河西はブラスの消え行く背中をぼーっと見つめていた。
(あなたああいうのが好みなの?)
聞こえた声の主はバレッタだった。
「いいえ、でも少し気になって。魔族の学者・・何もないと良いけど」
帰ると腹を空かせた男衆が横になっていた。ここにはただの皮肉屋とオタクしかいない。誘う価値もないとため息をついた。それでも二人がお礼を言ってうれしそうに食事を食べる姿を見ていると懐かしい感情が湧いた。
『父さんはすぐ帰るよ』
その言葉に沈み込む前に河西は戻ってこれた。ほんの数秒だっただろうか、二人も気づかないほどだった。
(もう思い出さないって決めてたのに)
もう一度二人を見た。二人を見ていると元の世界に残した弟達を思い出した。おばあちゃんの作った料理を我先にと兄弟で取り合う姿などまさにそのものだった。
「そんな焦って食べたらお腹壊すよ」河西は二人の頭をポンポンと叩いた。
「・・どうしたお前」
「・・・」河西は顔を赤くした。
音が聞こえた、能力を持つ河西にしか聞こえない声。河西は立ち上がって耳を澄ました。
「ここで待ってて」
河西は外に出た。その歩みは遅く、ゆっくりとその場所へ向かった。音が聞こえた場所はここから歩いて十数分といったとこだった。誰もいない空き家に男は置かれていた。すでに息はほとんどない。
「魔族の刺客ね、背中を刃が貫通して始めてその音に気がついた。すぐに手遅れだと気づいた」河西は膝を着いた。流れ出る血が河西の膝を濡らす。
「やぁ、あなたは先ほどの・・ついにやられてしまいました」
「魔族を研究すると誓った日から気づくことは出来たはず。そうしなかったあなたの決断が生んだ結果ね。彼らにはあなたが自分達を滅ぼす悪魔に見えていたに違いないわ」
「滅ぼす・・ですか。私はただ純粋に彼らを知りたかっただけなんですよ」ブラスはゆっくりと手を河西の頬に当てた。見える形とは違う感触に気がついた。十二の機械が作っていた映像だった。それは本来に姿に戻る。「なんだ、私達と変わらないんですね」
ブラスは息絶えた。河西はゆっくりブラスを横にした。
「おい、何かあったのか?」
二人がいつまでも帰らない河西を心配して駆けつけた。