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三人は森の中を歩いていた。森の視界の悪さでは位置を特定することは出来ない。ワープを使っても後を追えない。
「能力!?」佐竹が驚いて大きな声を出した。魁導は辺りを見回し、河西は人差し指を口元に当て、静かにするよう伝えた。「あー、ごめんなさい。でも能力って何?」
「能力っていうのは私が逃亡の時に見せた・・なんていうのあれ?分かんないけどちっちゃい兵器のこと。魁導のは確か硬化だったわね」
「河西さんって鬼無君のこと下の名前で呼ぶんだね」
河西は話の腰を折られたことと、変な勘違いをさせてしまう発言を受けて顔を真っ赤にしながら佐竹をにらんだ。当の魁導はなんでもないような顔をしていた。
「そうだな、いつの間にかそうなってた」
「ちょっと!」
「あ?お前違うの?なんか発現の兆候とかあった?」
一週周って河西は元の顔色に戻った。「はぁ・・そうね、あったわ。あなたもそうだと思ってたけど。私にはバレッタの声が聞こえた。今だって話そうと思えば話せるわ。ね?」何やら河西だけに聞こえる声に反応して顔色を変えていた。「もうその話はいいって・・小さい頃からの癖なの!」
(そっか、あの時聞こえた声はあいつの・・)
ストライズ戦のときに聞こえた謎の声、聞こえた声は同じような考えを持っていたために自身の心の声だと錯覚していた。たしかに心の声にしても声色は別物だった。
「ディクスロート、俺に力を貸してくれたのか?」
返事は無かった。何やら無愛想な奴らしい。魁導は気にしなかった。自己防衛なのか、力を貸してくれたのかの真相は謎のままだが、自分が助かったという事実のみで今は良かった。
(僕には声が聞こえない、クライドは元から無口らしいけど・・)
佐竹はぼーっと歩いていると、知らず知らずに右斜めに歩いていることに気がつかなかった。「ぐえっ」木に顔面をぶつけ、そのまま傾斜を転がり落ちてしまった。
二人は自身の中の人格が気になっていて、落ちてから数十秒後に佐竹がいないことに気がついた。
「あれ?オタクは?」
「え?佐竹?」
小さな山とはいえ、一度転がりだしたらなかなか止まらない。佐竹の運のないところは、偶然にも中々な木にぶつからずしばらく転がり続けていることだった。
(ああ、なんて運のない男なんだ佐竹よ、配下の中でもとりわけ脆弱な体というのは神様の皮肉なのだろうか・・)
ビターンッという漫画のような効果音と共に山ろくにある大岩にぶつかった。岩からはがれ落ち、仰向けになった。空を仰いでいると、周りに人が集まってきていた。人々はざわつきながら怯えた表情でこちらを見ていた。悪魔の姿なのだ、当然といえる。
「怪しいものではござらん・・警戒なされる・・・な」最後の言葉を残し佐竹は気絶した。
目を覚ますと誰かの家で寝ていた。頭に濡れた布が置かれている。起き上がると隣に八歳くらいの子供が座っていた。目を覚ましたこちらを見て怯えている。
「あの・・ここは城のある山のふもとの村、ハジマ村です。何か、あの・・あったのでしょうか・・」
(なるほど、僕が魔王配下だから無視したり邪険にすると壊滅させられると思っているのか。いつもワープで向かうから山ろくの小村には気づかなかった、まさに灯台下暗しってことか)
「かたじけない、主らには危害を加えぬゆえ、安心せい」
「あ、はぁ・・はい!」少年は笑顔になった。あまりにも分かりやすいので佐竹は頭を撫でてやった。気が緩んだ反動でもっと喜んだ。
(僕も昔無口な親父が怖くて仕方なかったけど、そんな親父だからこそ褒めてもらった時に馬鹿みたいに喜んだっけ)
家を出ると作業していた人も談笑していた人も誰もがピタリと黙ってこちらを見た。「気にせんで良い」適当な場所に腰かけ目を閉じると、どうやら元の作業を始めたようだった。
目を閉じて耳を澄ます。聞こえる話し声は元の世界とよく似ていた。ところどころ名詞が異なる程度で、どこの世界も人は変わらないのだと実感した。するとツンツンと何者かが肩をつついた。目を開けると先ほどの少年だった。
「どうした」
「あの」少年はモジモジとした。
「どうした?」安心させるために頭を撫でてやった。その光景に村人は不思議がって二人を見つめた。
「魔族の人ってあなたみたいな人ばっかりなんですか?」
「むー、いや、残念ながら主らの魔族への想像は正しい。拙者や友が異常なだけだ」下手に安心させてはいけない。自身が去った後、思い込みで村人を危険な目に会わせてはいけない。「残忍で・・暴力的で・・」
(やることはやった、あまり他人事のように言えないな)
「ねぇ、あなたはやっぱり強いんですか?」
「む、もちろんだ」佐竹は立ち上がった。魁導に見せたようにポーズを決めて見せた。「強いだけでなくカッコイイぞ!」
まるで想像していた魔族と違ったのか、村人達は笑ってその光景を見ていた。佐竹も笑顔で手を振った。
その頃二人は見当違いの場所を探していた。
「ねぇ、もしかして魔族につれてかれたんじゃ・・」
「ばっか!あいつだってイッパシの漢だぜ?簡単に捕まったりはしねぇよ」
河西はまたバレッタと話しているようだった。
「え?傾斜から落ちた!?見てたならなんで言ってくれな・・・何笑ってるのよ!性格悪いわよ!?」
その言葉でさらに笑っているのが容易に想像出来た。魁導はその姿を見て笑った。それを見た河西は魁導の股間を蹴り上げた。
「ひぃ・・・」
「漢なんでしょ?・・・フンっ」
佐竹は村の物見やぐらで二人が来るか様子を見ていた。
(どうすれば僕の能力が発現するんだろう。無口な彼と打ち解けようとも会話を始めることすら出来ない・・そもそも魔族と打ち解けるなんてこと自体出来るのか怪しい・・)
するとこちらに二人の魔族が向かってきているのが見えた。おそらく下級兵の一人と思われる。下級兵の標準装備である三叉の矛を持っている。談笑しながら来ている、おそらく小村なので報告せずに適当に済ませようとしている。佐竹はすばやく降りて二人の前に立ちはだかった。
「あなたは、クライド様!」
「あなたが裏切られたとは本当ですか!?」
二人の前で佐竹はただただ腕を組んで仁王立ちをした。その雰囲気に気おされ、二人は息を呑んで言葉を待った。佐竹は無言で二人の武器をチラチラと見た。二人は察するように武器を置いて敬礼した。
「優秀な部下を持てて拙者は嬉しい」佐竹は二人の肩に手を置いた。二人は顔を見合わせ、笑顔になった。
「何遊んでんだ」
「何遊んでんのよ」
二人は息ぴったりで背後から部下の頭を殴って気絶させた。
「二人とも!」
部下を二人を運びながら村に戻ると、当然のように村人はざわつきだした。
「何があったのですか?それに後ろの二人は・・」
「彼奴らの刺客だ、拙者らの捜索に向かわせたのだろう。しかし安心せい、倒した」
(お前じゃないだろ・・)
(あんたじゃないよ・・)
「しかし援軍が来ないとも限らない、私達は奴らを抑えながらこの村から離れる。巻き込んで申し訳ないけどそれ以降の保障は出来ない。逃げるなら奴らをひきつけてるその時間だから準備は早めにお願い」
村人は散り散りになって家へと駆け込んだ。しかし村長はまだ残っていた。
「クライド様、まだあの子が・・」
佐竹はそれを聞くとすぐさま村長の指差した方向へと走っていった。クライドの足は三人の中で一番早かった。河西はすぐに物見櫓に登ると、座り込んで自身の能力である十二の機械を角方角へ飛ばした。
(エコーシステム起動)
十二体から半径20メートルを円状に音波を飛ばす。その反響で敵の位置を特定できる。
「一時の方向から敵二十体が来る、六時の方向からも十体、オタクの向かった十時の方向には一体だけいる・・どういう意図かしら」
「一時は俺が行く」
魁導は軽々と村の門に登ると、敵のおおよその位置を確認した。力強くジャンプし、敵の部隊の真上に位置するところまで来た。
「ディクスロートだ!」
気づいた頃には遅かった。ディクスロートは硬化することで質量も変化する。凄まじい威力の衝突により六人の兵が吹き飛ぶ。硬質化した腕四人を殴り飛ばし、頭突きで二人を気絶させた。まるで嵐のような怒涛の攻撃に残った八人はひるんだ。
(これが・・ディクスロート様の力・・・!)
魁導はへたれた八人の中から部隊長らしき一人を捕まえた。「上は俺たちをどこにいると検討付けている?」
「まだこの付近にいるという選択肢も考えていますが・・可能性は薄いとのことです」
(なるほど、それで下級兵のみでも捜索か)
「おそらくジート国に向かっているという可能性が一番高いとの判断も」
(ジート・・そうか、俺たちが別世界から来たことを奴らは知らない。だから考え方もこっち準拠ってわけかい)
「さぁ、こっちの方角には誰も来ていない!荷物をまとめたらすぐに移住の準備を!」
河西は村人たちがパニックにならないように先導していた。村長がゆっくりと歩く。河西は村長を背負って若者達の下へと走った。
「すみません・・」
「気にしないで」
(私達が上に立ってるおかげで迷惑かけたのに怒られないのは楽といえば楽だけど・・こうして行く先々で問題を起こしていてはきっといつか捕まる。なんとかしないと。それにしてもオタク君のとこにいる一人が気がかりね・・頼んだわよ魁導!)
魁導は軽く残りの八人を片付けた。
(何か忘れてるような・・)
森の中、佐竹が走っていると少年の姿が見えた。まだ何も起きていないことに佐竹は安堵した。
「これから敵が攻めてくる、今すぐ拙者と逃げ果せるぞ」
「分かりました!」
背中に少年をおぶった瞬間、少年めがけて一本の矢が飛ばされた。その矢を佐竹はすぐに受け止めた。
「目とすばやさだけがとりえだ」
「いやぁお見事」木の裏から男が現れた。
(矢の飛ばされた方角と違うな・・二人か?)
「先に行くんだ」少年に言い、背中を押した。音に反応してすばやく少年の前に立ちはだかり、矢を受け止めた。
(三人、どれも音もなく・・)
佐竹はゆっくりと両手を上げた。持っていた矢も地面に落とす。背後では少年の真後ろで後頭部に矢が向けられていた。見渡すと最初の男を除いた九人が木の上で二人に狙いを定めていた。光が矢先に反射する。しかしこれまではそんなもの見えていなかった。気づいたら増えていた。目を凝らして驚愕した、木の上で狙いを定めている男は最初の男と全く同じ姿をしている。
「そう、私はクローンです。私の力はクローンを体内に宿し、いかなる場所へも召還でき、その召還したクローンを起点として己をクローンの中に宿すことも出来る。あなたならよく知っているはずだ、はずだった。元来のあなたならそれを警戒していたはず、不思議だ。あなた達の反乱理由とも関係がありそうだ」
(それぞれの彼が狙いを別々の場所に定め、かつ一度では防ぎきれないようになっている)
「全く私もついていない、ついていなかった。偵察任務が私の本分であるのに大部分をジートに割いたがためにこうして駆り出される始末。面倒なのでこうして適当に時間を潰していたが・・」男はニヤリと笑った。「いい手柄を得た」
(見えているのは九人、しかしこれが全員か?)
(クライド様の能力を知っているのは上層部のみ、油断出来ない)
男は弓を少年に構えた。「黙秘を続けるか?相変わらずだ」
「やめろ!」
男はクライドを見た。「ほう、口が利けるのか。では話してもらいましょう、あなた達の目的を」
「僕達の目的は・・」
足を少年の手が掴んでいる。その手はがたがたと震えていた。佐竹は村で少年に見得を張ったことを思い返していた。
(最初の時だって、城でのことだって、いつだってそうだ。僕は志ばかり立派で、果たしたことなんて一度もない・・僕がこの子を半端に安心させてしまったがために、油断がこの結果を生ませた・・僕の正義はどこにある?)
『こいつがいる限り、俺は善となる』魁導の言葉を思い出した。
「僕達の目的は・・正義だ!」
「正義・・正義だと・・?私達を裏切り同胞を殺したお前達の正義はどこにある!?」
佐竹は親指で自身の心臓を指した。「ここにある!」
(僕が正義として行ってきた行動には間違いは無かった。なら失敗の原因はたった一つ、それを成し得る力と覚悟が僕に無かっただけだ。力は手に入れた、たとえまがい物だとしてもこいつを正しく使ってみせる!残るは覚悟だけだ!)
(面白い!)
一斉に十人の弓矢が放たれた。一番近いであろう、ほぼゼロ距離の男から放たれた矢の前に透明な丸い物質が生まれた。まるでそれは龍のように着弾の早い順を先に回りながら動いた。物質の触れた矢は来た方向に瞬時に向き直り、同じ威力で飛ばされた。同じ威力、同じ方向に飛ばされてば当然矢は持ち主の下に帰る。十人が自身の矢を食らって倒れた。
佐竹の足元から手が這い出てアキレス腱めがけてナイフを向けた。少しの音も出さぬようゆっくりと近づける。まさに刺さるという瞬間、小さな丸い物質がナイフの前に現れた。先ほどの勢いもなく、ただ進まずゆっくりと押し返された。佐竹は下を見て、拳を振り下ろした。振り下ろした拳は途中で物質に辺り、物質は下の手にぶつかった。その瞬間男は地面から飛び出し、佐竹の前に現れた。
「この力の本質が分かった」
佐竹は地面にへたり込んだ男とは別方向にナイフを飛ばした。ナイフは様々に軌道を変え、最後には男の真横を通って背後の木に刺さった。
「ひっ!?」
「王に伝えるんだ、僕達はジートには向かわない。北を目指す、と。関係ない奴らには手を出すな」
佐竹は少年を抱え、地面に丸い物質を生み出すと、それを踏み、どこかへ行ってしまった。
小村を南に向かった場所、村人達と三人が集まっていた。
「拙者らはここまで、北に向かう」
「あばよ。迷惑かけたな」
「さようなら」
村人達は別れを告げ、去っていった。三人も北へと歩き出そうとしたが、足音に気づいて振り返る。そこには佐竹の足を掴む少年がいた。あの時とは違う震えを感じる。
「また、会えるよね?」
「・・・」佐竹は少年の頭に手を置いた。「きっと」