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「僕が協力者だ!」決めポーズの後、絶望で塞ぎこむ魁導の横を通って鏡の前に立った。「ふむ、忍者怪人といったところか!良い!カッコイイ!」
クライドはそのままソファに座った。
「まぁ冗談はさておき、村長からの話で状況はある程度分かっているんだよね?」魁導がうなづいたのを確認した。「うん、僕達が魔王配下として召還されたのならやることは一つだよね!」
「やりすご-」
「戦う!そうだよね?」佐竹はくい気味で答えた。
魁導は頭をかき、立ち上がって佐竹に近づいた。両手を佐竹の肩にのせた。
「なぁ佐竹よ、何か勘違いしてるぞ。俺達はたしかに魔王配下の体に入ったことで強くなった、実感がある。でもよ、こんな状況もよく知れねぇ世界で初日に魔王に啖呵を切る度量もねぇし、それは愚策ってもんだ。今はおとなしくしろ、それが得策だ」
佐竹はうつむいた。
「僕は勘違いしてたみたいだ」
見かねた村長が二人の間をふわふわと動いた。
「わしもこやつの意見に賛成じゃ。理由はある、それはおぬし達が本来呼ばれるべきでは無かったということじゃ」
佐竹は顔を上げた。
「わしらは魔王討伐のために儀式を行った。それは勇者を呼ぶ儀式じゃ、かつて世界を救った勇者の力を依代に勇気ある者をこの世界に呼び込むものだった。それが、瞬間的に現れた勇気に引き寄せられてしもうた」
「それは鬼無くんの!」
「いいや、それはお前のだよ。俺じゃあない。村長、勇者はまた呼べるんだろう?」
「時間は掛かるが行える。おぬし達は難しいかもしれぬがそれまでやり過ごしてほしい。わしらに力はない、身勝手な話じゃが助けることは出来んのだ」
「勝手結構、乗り切るさ。さて、話も終わった。不審がられる前に部屋から出た方がいい。俺とクライドが仲良しかだって分かってないんだ」
佐竹は立ち上がると、とぼとぼと部屋を出て行った。その背中を鬼無は見れなかった。自分の行動で佐竹を勘違いさせた、ただ少し力が強いだけのチンピラに世界を救う力はない。
「なぁ村長、あと一人は誰なんだ?」
「それなんじゃが・・・」
魁導は廊下をイライラしながら歩いていた。何度か壁を蹴った。
(んだよ!頭悪いから教えるな、正体がばれるって!失礼な奴もいたもんだ!)
この場所はどこも不気味で、時折うねうねとした管のようなものが生えているときがある。それを見るたびに魁導は蹴った。その時曲がり角からストライズがその光景を見た。
「やぁやぁ、クラスター」
「ディクスロートと呼べ」
ストライズはニヤニヤと笑った。「やっぱりだ、調子が戻ってきたな?」
「なんだ?」
「隠さなくてもいい、クライドから話は聞いている。先の戦いで何やら頭に障害を持ったらしいな。ま、元からおかしなやつだったが!クックック」
(嫌味な野郎だ)
「主に人格や記憶に問題があるらしいな。お前がそれを知られまいと必死に隠していたそうじゃないか。なるほどそれで今朝は突然のことに動揺して私に違和感を与えた。そうなるとカレットの部屋を漁っていたのも説明がつく、自分なりに治療の糸口を探っていたのだろう?文字もまともに読めんというのに涙ぐましい努力だ、おんおん」
あまりにも嘘くさい泣きまねにイラっとしたが、すべての情報は得られた。ディクスロートは文字が読めない脳筋で短気、ストライズにいちいちからかわれている。佐竹がとっさの機転を利かして違和感を脳へのダメージによる人格変化と記憶障害とした。
「あ、ああそうなんだ。クライドは口が堅いからな」
「全くだ、寡黙な奴が久々に口を開いたものだから何事かと思ったよ」
(佐竹に救われたな。)
それから数十分嫌味交じりの会話をストライズと済ませると、また散策を始めた。まるで迷路のようになっているため、理解するのに二時間かかった。その甲斐あってすべての部屋の位置取りを覚えた。
(昔から物覚えは良いんだ。これぐらい楽勝ってもんよ)
自室に向かう途中でカレットに会った。カレットはヨボヨボの爺さんを少しグロテスクにしたような姿だった。
「そうか奴から聞いたか。ワシの部屋に勝手に入ったことは許せぬことだが、理由は分かった。記憶や人格を取り戻す薬など聞いたこともないが研究する価値はある、焦らず待っておれ。トループでの活躍期待しておるぞ」
きょとんとする魁導を見てカレットは呆れた表情をした。
「それだけ長話をしておいて肝心なことは言うておらぬときた、まったく奴の自分好きには呆れを通り越して関心すらしてしまうわ。もう主の疑惑は晴れた、作戦内容も説明して良いとのことじゃ。次の殲滅場所はトループ、レジスタンスを結成して着々と王への反逆者を集めているらしい」
「そいつらを殲滅するのか?」
「いいや、町そのものを殲滅する」
カレットが立ち去った後もしばらくその場に立っていた。しかしそれは驚愕から来る呆けではなかった。さてどうやり過ごそうか、頭にあるのはそれだけだった。
町を囲む巨大な壁、東西南北には二つの柱によって作られた門がある。合計八本の柱の上には八人の魔王配下が立っていた。高さ700メートルはあろうという柱に人一人が立っていたところで気づけるはずも無かった。手首に取り付けた通信器具が光る。
「ストライズ、ディクスロート、聞こえるな?」カレットの声がした。「狙撃斑が壁上と塔の見張りは片付けた。見張りの交代時間まではあと五分、それまでに攻め入る。合図はストライズにも持たせた」ストライズは拳銃ほどの大きさの武器を取り出した。
魁導は肩を回し、首を回したりと準備運動をした。ストライズは鼻で笑うと上空に向け武器をかざす。
(信号弾ってとこ-)
何食わぬ顔でストライズは武器を捨てた。そして表情を変えぬまま、手を巨大なキャノンに変えた。地面に固定し、町の中心に狙いを定める。冷静かつ鮮やかな手さばきに五秒と掛からなかった。ストライズはこちらを見た後嘲笑して見せた。
「なっ」
魁導が言葉を発すると同時に巨大な光の弾丸は町の中心部に消えていった。わずかな静けさの後、半径二十メートルが吹き飛んだ。
(ケッ、奴らしいクソみたいな合図だ)
ストライズは手元の通信装置を起動した。「町のクソみたいなお偉いさんどもは消し炭だ。さぁ、後は蛆虫共を狩りつくすだけだ」
「おいストライズ!」聞き覚えのない声がした。「俺はどんな秘密兵器を隠し持ってるかと期待してたのによ!てめーのせいでただの害虫駆除に成り下がったぜ!後で半殺しにしてやっからよ!」
「クックック、それは期待しておくよベイション」
ストライズは柱に腰を下ろした。そして次々に爆破される町を見ながら興味なさそうにしていた。
「記憶障害か?見てのとおり私の能力は前線向きではない、まったくバレッタとカレットがいつも作戦に参加しないので連れ出されている。ここで撃ち続けてもいいがそれではつまらん、だからこうしてみているのだ。だが貴様は戦闘狂だろう?だった、か?どちらでもいい、本質は変わっていないだろう?行け、私はここにいる」
「他の奴らの担当地点で異常があれば報告しろ。俺は下に下りて逃げ出す奴がいないか見ておこう」
「そうか」ストライズはこちらに見向きもせずに返事をした。銃の手入れをしながら町の中心部を見ている。
魁導が柱から落下し、門の前へと到達する姿をストライズは見ていた。
魁導が門の前へと到達すると荷物をまとめた住民達が走ってきた。大荷物をまとめる余裕はない、住民は軽装だった。中には靴も履かずにきている者もいた。皆、魁導を見ると恐れて後ずさりした。
(この世界でも人は人の姿をしてるのか)
魁導は地面に拳をたたきつけた。まるで巨大な岩のように砕かれた地面が隆起した。門は閉ざされたように見えたがわずかに隙間が見えた。魁導は手に付けた通信装置によるこちらからの通信を切った。
「行け」住民は怯えた表情でこちらを見た。魁導はゆっくりと近づき、住民を二人つかんで隙間から奥へと投げ捨てた。「行けって」
住民は次々と逃げ出した。悪魔の姿をしているにもかかわらず自分たちを逃がすという行為はあきらかに罠だった、しかし彼らに考える時間はない。魁導には見向きもせずに走っていった。その瞬間、背後から爆発音がした。次に目の前の建物が崩れおち、住民は下敷きになった。おそらく逃げた者達も死んだだろう。魁導は空を見上げた。
「何の真似だディクスロート」ストライズは地面に着いた。
「ストライズ、ゲームだ」魁導はゆっくりとストライズに近づいた。「お前が俺の逃がした住民達を漏らさず消すことが出来るか、試したのさ」
「何のために?」
魁導はストライズの右腕をつかんだ。「お前がこの右手の銃のように慢心に肥えたブタかどうかを試すために、だ」
「ほう、結果はどうなったんだ」
「もちろん」ストライズの右腕に付けられた通信装置を砕いた。「ブタだ」
ストライズは腰に付けた小銃を左手ですばやく取り出してディクスロートの額に突きつけた。「貴様の目的はなんだ」右腕は力強く握られ、上空に向けられている。銃にしたところで当たるわけも無かった。
「てめぇのやり方が気に入らない、そう思っただけだ。ストライズ、いつかてめぇをぶちのめしてぇと思っていた。どうなったっていい、てめぇの頬に風穴できるほどぶんなぐれりゃあそれで」
(ケッケッケ、面白くなってきやがった!)
ストライズは引き金を引いた。轟音と共にディクスロートの額に風穴が開いたかと思いきや、少し表面が焦げ付いただけでほぼ無傷だった。
(銃弾程度ならかろうじてと思っていたが、この硬さはどういうことだ?)
「まったく君と私の相性は最悪だ」ストライズは右腕を銃へと変化させた、しかし強く握られていたため、右腕ははじけて血が噴出した。噴出した血は目潰しとなった。
魁導は右腕を引っ張り、本体を強く蹴り飛ばした。もろくなった腕はちぎれ、ストライズは林の中に飛んでいった。魁導は目の血を拭った後、落ちていた銃を拾ってストライズのもとへと歩いた。ストライズはぐったりとして倒れていた。
「最高火力の私と鉄壁の君の相性は最高だった、中身をのぞけば」
魁導は小銃をストライズの額に向けた。
「慈悲はないのか、ますます考えが読めないね」
魁導は三発、額に撃った。