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あの時は少し調子に乗っていたかもしれない。
時刻は七時半、夏休み明けの初登校日だった。これまで華のない生活を送っていた俺だったが、何やら今日はおかしかった。
「ねぇカイドウくん!番号教えてよ!」
「もー、あたしが先!」
「カイドウくんってすごくかわいいほっぺたしてるぅー、ちゅっ!」
(黒髪巨乳に茶髪の小柄、金髪ギャルからは頬にキスときたもんだ、なんだかこれからの高校生活はたまらない予感がしてきたぞ!)
「ちょっと邪魔」土手を歩いていたのだが、三人に囲まれて道の邪魔になっていた。通学路で登校時間なのでそれは怒られて当然だった。「ったく・・」尻軽と噂の河西は舌打ちをして過ぎていたった。
妙に浮かれ気味な健全男子高校生が水をさされて気分が最低値まで下がったときに目に入ったのは川の前の数人だった。ひょろひょろとしたもやしオタクが四人のヤンキーに絡まれてゆすられていた。怖い形相で小突かれたり蹴られたりしている。きっと夏休み明けで浮かれた気分であったがゆえに逆らってみたりしたのだろう。
「てめー黙って金よこせって言ってんだよ」
(こっちには女の子いるし、下手に手は出せんわな)
何食わぬ顔でカイドウは通り過ぎようとした。
「ぼぼ、僕は・・・渡せません」
「てめーなんていらねぇんだよ!日本語しっかり話せや!」どてっぱらに蹴りを食らうとオタクはひょろひょろと膝を着いた。
「僕は・・」
(おっ?)
オタクは弱々しくも立ち上がった「僕は悪に屈しない!」
その言葉にカイドウは言い知れぬ感情を抱いた。腹の底からわき上がるムズムズとした、それでいて心地良い高揚感、きっとそれは正義の心と言えるものだった。
(おいおい・・なんだよこれ・・ドラマか何かの撮影か?・・・へっ、関係ないね!)
「悪い、俺用あるから」
「チッ、結局ただの戦闘狂かよ。はぁーワイルドな男がクるって雑誌に書いてたのになー」
「もう行こっ」
「捕まっとけ」
散々罵った後、三人は学校へと向かった。そんな言葉は聞こえてこないかのようにカイドウはニヤリと不敵に笑う。
「よーよー!お三方!」
「四人じゃボケ!」振り返ると拳が頬に一撃を食らわせた。
一人が地面につっぷした。
「これで三人だ」悪い笑顔を三人に向けた。
「こいつ・・金髪に季節はずれのニット帽・・カイドウだ!『鬼無 魁導-きなし かいどう-』だ!」
「鬼無魁導、かつて関東最強と歌われた爆裂高校総番の『烈 灰糖-れつ はいとう-』を中学二年にしての打ち破り、その後も関東に散らばる猛者を次々と半殺しにしてきた今世紀敵無しの男である!」魁導は仁王立ちのしたり顔で読み上げた。
「てめー自分で解説してんじゃねぇよ!」
「ほほう威勢がいいな、闘志在りと見た!」
ものの数分で三人も片付け救急車を呼ぶと、あっけにとられ倒れていたオタクを担いで学校へと走った。早めに出たにもかかわらず、着く頃にはギリギリだった。顔も知らない魁導はオタクを校門を抜けてすぐのところで下ろした。
「・・・・なんで僕を?」
「俺はよ、闘志のない奴とは戦わねぇんだ。それはもちろん俺も一緒さ、あの時俺に闘志は無かった」
「じゃあどうして?」
「お前だ、お前が俺の闘志に火をつけた。こいつの闘志を消させはしねぇって、そう思わせたんだ」肩をポンポンと叩いた。「闘志全開で生きるのも悪かねぇけどよ、たまに切らねぇと燃え尽きっぞ」そう言うと魁導は笑顔で教室のある校舎へと歩きだした。。
「僕は佐竹!『佐竹 忍-さたけ しのぶ-』って言うんだ!この恩はきっと忘れない!」
「おう!何かあったら俺を助けてくれよな!」
魁導は教室に入る前にトイレへと走った。美女に囲まれるも呆れ去られ、気持ちの良い朝を不良との喧嘩で汚してしまった。それに腹痛によりトイレに直行していた。便器に腰を下ろした後、悲しくなった。
(急いでいたとはいえ一番汚い理科室前にトイレに来ちまった・・ひえー、めったに使われないから年季の入ったイヤーな臭いがするぜぇ・・)
鼻が曲がってしまうほど嫌な臭いなら一瞬でも嗅いでいたくはないが、微妙な臭さというのは鼻をスンスンと鳴らしたくなるものだ。
(これなんなんだ・・なんの臭いなんだ・・薬品・・?)
尻を拭き、扉を開けると誰かの部屋になっていた。部屋は汚く、実験道具やら本やらが散乱していた。薬品だけはしっかりと管理されていた。あれ?と頭をかいた後で手を拭いていないことを思い出して手を見た。するとなんだか肌の色は蒼白く、手の甲はゴツゴツしていた。
(あり?)
手を匂ってみたが特に臭わないので、他人の物と分かっているがごめんなさいしながら本を漁った。何やら見たことのない字が並んでいる。
(俺の学がない所為なのか・・?全然分からん)
ごそごそと漁っていると、扉が開いた。そこには特撮ヒーロー番組の怪人のような姿の者が立っていた。強いて例えるならゴキブリのような顔をした人型の怪人だった。
「クラスター、こんなところにいたのか。そろそろ王の命令が下される時間だ、急げ」
「分かっているともゴキちゃん将軍」とっさの事にも堂々と答えた。
「私はストライズだ」
ストライズは先々進んでいった。なんだかビシっとしていなければいけない気がしたので魁導はしっかりと背筋を伸ばしながら歩いた。怪しげな表情で度々ストライズがこちらを見るが、ビビったら最後と魁導は歩き続けた。微妙に遅れることで道を知らない事を悟られないように着いていった。この場所全体が異様なデザインをしており、どこから来たのかさえすでにわからずにいた。
大きな扉を開けるとそこには大きな部屋があった。長く続くレッドカーペットの先には玉座に腰掛ける王らしき者が頬杖をついて待っていた。その姿はどちらかというと魔王だ。左右には八名の家臣が頭を垂れていた。
「ディクスロート、遅かったじゃないか」
魁導は間を不振に思った。どうして誰も返事をしないのだろうと。不振に思われない程度に左右の者を見ると何人かの者がこちらを見ていた。ストライズも同様に。すぐ魔王に視線を向けると王もこちらを見ている。
「ディクスロート、何か聞かれては困ることでも?」
「えっ、あ、私は」
「もう良い」王はストライズを見た。「ストライズ、君は何を見た?」
「はっ、ディクスロートはカレットの研究室で何やら探し物をしている様子でした」
カレットと思わしき人物がこちらを不審げににらんだ。
状況が飲み込めない魁導を魔王はただ見続けた。まるで動物のような顔をしている者でさえ、多少なり表情は理解できた。しかし魔王にはそれが一切表れていない。目は口ほどに物を言うというが、目しか見えてない彼からは一切の感情が読み取れなかった。
「まぁ良い、君からは後で話を聞くとしよう。悪いが疑いのある者に作戦内容を話すわけにはいかない、席をはずしてもらおう」
「はっ・・」
部屋を出ると体中冷や汗でいっぱいだった。
(あれは作り物じゃねぇ、モノホンだ。だとしたら俺は別の世界に飛ばされ、かつディクスロートって魔王の配下の姿でいるらしい・・)
給仕らしき者が見えた。
「君」
「ディクスロート様、どうなさいました?」
「少し気分が優れない。部屋まで着いてきてはくれまいか?」
「ディクスロート様の部屋でしょうか?」
「ああ」
「かしこまりました。失礼でなければ私の肩におつかまりください」
「それと一つ聞きたいのだが、クラスターとは?」
「脳みそ爆弾という意味のスラングですが、それが何か?」
「い、いや、なんでもない」
(なるほど、蔑称をすんなり受け入れたことに違和感を持たれたのか・・・てかなんだよ脳みそ爆弾って!こっちでいう脳筋なのか!?)
王室。
「ストライズ、話の前にまず君の意見を聞かせてもらおう。ディクスロートの様子がおかしかったが」
「どこか落ち着きがないと言いましょうか、カレットの部屋に居たことについても我々が王の命で一堂に会する頃合を狙ったとしか思えません。しかし王に命を奉げてから二十年の間、一度として裏切りと思しき行動の片鱗すら見せたことがありません。それが出来るとも思えないというのが私の見解です」
「ふむ」王は口元に手を当て考えた。「私も同意見だ。しかしディクスロートの不審な行動の説明は成されていない。疑いも晴れぬということだ」
「王、意見をよろしいでしょうか」沈黙を破ったのは一人の男だった。忍者のような独特の風貌をした怪人だ。
「聞こう」
ディクスロートの部屋。カレットの部屋ほどとはいかないがそれなりに汚かった。酒瓶やら食器やら物騒な武器やらが散乱していた。部屋には鏡が置いてあった。ホコリをかぶっているということはおそらく彼自身が置いたものではなく、もともとあったものなのだろう。ほこりを払って鏡を見るとそこには一般的な悪魔といった形相の男が立っていた。
「ディクスロート、モブ悪魔の一兵卒って顔してやがる・・」
じっと見つめていると顔の横にふわふわと光の玉が浮いていた。
「うわっ!なんだこれ!」
「声が聞こえるか?」光の玉から、まるで頭に直接語りかけているように声が聞こえた。「ワシはトルエ村の村長じゃ」
疑っている魔王配下の罠を警戒し、魁導は両手を腰に当てて背筋を伸ばした。
「田舎村の村長が一体何のようだ」
「小細工は必要ない、お主達のことは知っている。もう二人には話した。お主が最後じゃ。きっと良い協力者となるじゃろう」
その時扉が開いた。目の前には忍者怪人が立っていた。
「私はクライド、話は聞かせてもらったぞ」
反射的に魁導はクライドの腹にパンチを食らわせた。クライドは腹を抱えながら地面にゴロゴロ転がりながら悶えた。
「いででででで!ゲホッ・・ゲホッ・・」
「まだ気絶してないな、もう一発いっとくか」
「ちょっ、ちょっと待って」クライドは両手を振って敵意のないことを示した。「僕だよ僕!佐竹!」
「まさか協力者って・・」
「そう!僕だ!」
佐竹は勢いよく立ち上がって決めポーズをした。反対に魁導は両手で顔を覆った。
(不安しかねぇ・・・)