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The March of Progress

作者: ほぼひつじ

猿、猿人、原人、旧人、新人。一列に並び、彼らは進む。

歴史の教科書に描かれた、人類進化の行進図。彼らは何故、集まり、行進するのか。彼らの使命は、まだ見ぬ人類に出会い、新たな進化のバトンを繋ぐことだった。


見渡す限りの広い大地を、700万年の途方もない時間を、彼らは淡々と時を刻み、前へ向かう。


太陽は既に、かなり落ちていた。彼らの背中を照らしながら、今にも遥か遠く連なる山々の後ろへ隠れそうだった。


「とりあえず、ここで休憩だ」スーツを纏う新人が声を掛ける。

「皆、どうだ? 身体の調子は大丈夫か」


旧人はオウと言い頷けば、原人は黙って座り込む。猿人と猿は遊んでいるのか喧嘩してるのか判別できないが、元気そうだった。


新人はひとつ息を吐き、旧人に伝えた。

「じゃあ、火を焚くか」

夜に備えて火を灯す。旧人は、オウオウ言いながら背中に纏めた木々を取りだした。火を着ける準備を手際よくこなす。


「いつもながら上手くやるよな」

新人は、ぽつり呟く。

火種作りは、新人の持っていた「より進んだ霊長類」という自負を折ることになった作業だ。彼らが出会った初日には、摩擦がどうだ湿気がどうだとうんうん新人が思案するうちに、旧人がさらりと焚いていた。原人は旧人に尊敬の眼差しを送りっていた。


新人は理屈は知っていたが、役には立たなかった。他の連中より落ち着きがあるだけマシで、先頭に立ちリーダーシップを取るのも慣例に従ったまでだった。旧人の後ろを歩く、進化の行進図は見たことがない。


空が濃紺に移り変わっていき、ひとつ、またひとつと星が浮かび上がる。乾いた大地にぼんやりオレンジの火が揺らぐ。猿は本能からか、火と距離を置く。瞬く間に天の川が現れた。


「俺は、文明があってこその新人か」火を見つめ、新人は言う。


旧人が、なんだどうしたと言わんばかりに新人を見る。意外に彼は慈悲深い。新人と旧人は、文化的な差はあっても、言葉を交わすことは出来た。発声の仕方が少し違っていたが、やり取りしているうちに意思の疎通が出来た。彼らの差はないに等しい。それでも遺伝子の0.5%の違いで、彼は三万年前に姿を消し、新人は生き残る。


「俺は、進化の過程の末端にいるが、ただそれだけだ。文明の積み重ねがすっぽり抜け落ちたらどうにもならないよ。そしたら、筋力はないし、サバイバルもできない。何が偉大な飛躍だよ」


人類は何故か、5万年前くらいから飛躍的に道具を使いこなせるようになったらしい。原人が居た頃だ。彼らは旧人との生存競争と氷河期に苦しめられ、絶滅した。道具を産み、そして使いこなすかが生死を分けたのだろう。ただ、新人にとっては生まれた時には道具に溢れていたもんだから、何となくばつが悪かった。


「よし食うか」

旅の途中で採集していた、食糧を食う。猿や猿人が木の実にかぶりつくのを尻目に、新人は意地でも火を通し、食す。味に満足したことは一度もなかった。


そして就寝する。新人は、旧人が共食いをする記憶を思い出しながら、毎日眠りにつく。そしてまた明日、行進する。進化の歩を止めない。


明くる日、いつものように乾いた大地を進む途中、列の真ん中の原人が声を上げた。指差す方へ目を向けると、遠くに何かが見える。小高い岩山の上にポツンと人らしきものを、原人が一番に見つけていた。原人は、人類の歴史上でも、あまり他の人類と会う機会がなかったらしい。彼は、ファーストコンタクトに敏感だった。




近づくにつれ、輪郭がはっきりしてきた。ずんぐりと着膨れしているようだった。それを服と言うにはかなり無茶があるが、強いて言うならドラム缶のような宇宙服。金魚鉢を逆さにしたようなヘルメットには、ギラギラと照った太陽光を反射させていた。


「おい、あんたは誰だ」新人は大きな声で呼び掛ける。

こっちに振り返る素振りを見せた人らしきドラム缶は、どてどてとこちらへ向かい、走ってきた。数メートルで止まったと思うと、そいつは懐のツマミを回しながら口をパクパクさせていた。それに合わせて、懐の装置からはガーピーとノイズの多い音を発している。



「やあ、待ってたよ」


急にクリアな声が聞こえた新人が驚くと、未来人はフェイスガード越しに、はにかんだ顔を見せた。頭でっかちで薄い顎、ぎょろっとした目。新人は思う、未来人は不細工だと。


「あぁ、良かった。まだ翻訳端末に3万年前の言語が残ってる。君が、一番最近の人類かい?」


「あぁ」というのが、新人には精一杯だったが、他の連中はというと、未来人の見かけにさらに困惑しているようだった。


「やあ、会えて良かったよ。君らが僕の祖先でしょ? その服、薄いねぇ、最新型の地球服かな? 現地の技術は凄いなぁ。僕のは片落ちでさ、まだ地球酔いが残ってるよ」


何がなんだか分からないが、捲し立てるしゃべり方が、新人の鼻につく。


「太陽系に進出した人類にとっては重力がきついし、環境に適応できないんだよ。木星軌道にある小惑星とその基地の環境に、体が最初っから適応してるからさ」



新人は直観的に、人類の進化は、身体ではなく技術体系へステージを進めているのだと気づき、未来人も同じように文明のない土地で苦労するだろうと思った。


新人は意を決して言う。

「じゃあ、ここからはおまえが先導するんだな。次の進化に向けて」


「いや、ここで解散だ」


新人はきょとんとする。


「僕の時代では、答えが出てる」

未来人は続ける。

「人類の進化のバトンなんてなかった。そんな一直線で単純じゃなかったんだ。分岐してるだけで、新人が一番進化してるわけじゃなかった。分岐したある一方の人類がたまたま生き残っただけなんだ。現に猿はまだ、ヒトと分岐してからも生き続けているし、僕らも、新人とは分岐した種だ。人類進化の行進図は誤解だ」



新人にとって体の力が抜けるようだった。今までのばつの悪さが吹き飛ぶ。「そうか、たまたまか。たまたま文明があって環境が良かったのか」


「じゃあ、解散。適応できる奴が生き残れ」

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