女神と笑わない軍人
俺は軍へ身を投じ、家族を養う為に己の身を捨てる。
数年に渡る訓練を終え、俺はようやく家族に会うことが出きた。
「すまない私がこんな身体なばかりにお前達には苦労をかけて…」
父はまだ弟が生まれたばかりの数年前に、病を患ってしまい
病床から起きられない身体になってしまった。
「兄さん、どうして笑わないの?」
妹のユキは、無表情で構える俺に怯え、とても哀しそうに言った。
「兄ちゃん昔はたのしそうだったのにな」
兄弟に昔の面影がないと指摘されてしまうのは痛い。
どうにか表情を直してやりたいが軍では人のように生きられない、自分を人間だと思うことは辛い事と教えられる。
それ故に俺はいつしか笑うことを忘れてしまった。
明確な原因はわかっている軍に入隊する前は笑えたのだからそのせいだろう。
ならば軍を辞めれば笑顔を出せるか、やはり家族を養う為にも軍を辞める事は出来ない。
どうしたものかと、布団に入り悶々と考えていた。
眠ろうとしてもなかなか眠つけなくなったので気を沈めようと外に出る。
すると発光する異様なヒトガタが二・三度ソラを浮遊し、ようやくこちらに気がついたのか人形ノ女は地に足を着ける。
近くで見ると、やはり人間離れしたうつくしい容姿で、人は天女と呼び崇む者と、気がつけば心を奪われていた。
俺は今この刻、疲れから来る幻を観ているのか、それとも初めから眠っていて、夢を見ているのか
それすらどうでもよく思えた。
「貴方は笑いを無くした人間ですね」
やはり現実だろうか、血の通っていない冷たい手が、頬に触れる。
美しい天女は微笑みを絶さずに言う。
自分にもまだ人の感情が残っていたのか、恋慕と云うモノを懐いたようであった。
それはそれとして、神秘の結晶の様なこの天女がどうして人の世をおとずれよう
何か理由が有るのか、訊ねずとも天女はみずから語り始める。
「わたくしは人に喜を与える神の役目を持っておりました」
天女、と思っていたがこの方は女神だと言った。
人が生きる間で目にすることのない筈の神と呼ばれる存在を生身の俺が目の当たりにしているということは近々死ぬのだろうか、それとももう死んでいるのだろうか、後者であれば家族に申し訳ない。
「わたくしは人を喜ばせ笑を作ることを止める刻が来たのです」
長い時を生きる神にも終わりがあるなどにわかには信じがたい事である。
しかし嘘などついている様はみられない。
話を全て聞かず判断を逸るのはやめておこう。
しばらく街ってもその理由は教えてくれなかったが―――――――
「…わたくしは最後の役目として、貴方の喜の心を取り戻しましょう」
ふたたび笑う事が出来るなら、もはや余計な事を聞く必要はないだろう。
女神の力で俺は、家族の前で笑えるようになった。
しかし、同時に笑顔を取り戻せば女神はここを去る。
それが惜しくてたまらなかった。
気がつけば家内を飛び出し、女神と出会った場所に走った。
「待ってくれ!」
女神が去ろうと、天に登っていく姿をただ傍観してはいられなくなり、思わず叫んでいた。
女神は再び地に足を着けて、そこからいつのまにやらこちらの傍に寄っていた。
「最後の役目を終えれば私は消える予定でした…それが何故かわかりますか」
女神ははじめに見せた笑顔でなく、真の顔で問いかける。
「女神様の力で笑ったのでは、心がないから?」
俺はなぜか女神の問いに答える事が出来た。
「わたくしは人に自分から笑ってほしい、わたくしの力で笑顔をつくることは出来てもそれは一時的な偽り、心ない笑は虚栄を招くのです」
なら笑いたいのに笑えない俺はどうすればいいのだ。
「これで最後となるなら俺の隣で代わりに笑っていてはもらえないだろうか?」
目の前にいるのは神で、人ではなくとも構わなかった。