12. 冬の星座に導かれ
ドアを開けて、電気もつけずに冷たくなった体をベッドに投げた。
たぶんもう、会えないかもしれない。そう思うと息づかいが苦しくなり、急に胸のあたりが熱くなった。彼のことを想えば想うほど胸がいたくなって、悲しみは雨気をふくんだ雲のようにどんどん膨らんでいった。
わたしは泣いた。白い枕に顔をうずめて、さめざめと泣いた。
もう、明日なんてこなければいいのに。こんなにも悲しい世界なんて、みんな消えてしまえばいいのに。ふとそう思ったとき、わたしは初めて彼を愛していることに気がついた。
彼のことが好き。いちど考えだすと、じっとしていられなくなり、わたしは布団を押しのけてベランダへでた。頭のうえには青黒い空がどこまでもひろがっていて、一面の星が夜空にまたたいていた。
わたしは思わず両手を合わせ、それから青い眼をした星にむかって
「どうか、あの人の悲しみが溶けてなくなりますように・・・」
と、目を閉じて何度も祈った。そして同じように今度は赤い眼をした星にむかって
「どうか、わたしの愛が永遠でありますように・・・」
と、目を強くつぶって何度も祈った。目を開けてからもしばらくの間、わたしは魅入るように冬の星空を眺めていた。
こんなことをして、祈ったりなんかして、意味なんてあるのかな。星たちの名前すら知らないし、それにわたしの願いがあの星に届く頃には、きっとお婆さんになっているだろうし。
だけど、それでも、やっぱりもう一度くらい祈ろうかな。と、両手を合わせたと同時にチャイムが鳴った。その音はやけになまなましく響きわたり、空虚でやたらに広いこの家には大きすぎるほどだった。
わたしはカーディガンをはおり、階段をおりながら手の指を櫛のように使って前髪を整えた。
きっと彼だわ。こんな夜更けにうちを訪ねてくるひとなんて、今の今まで誰もいなかったもの。そんなふうに、ひとたび考えだすと曇天のような胸のうちに一筋の光明が差しこんできて、まるで東の空が金色に染まったかのような暖かい心もちになった。
けれどもその感情は希望とよべるほど立派なものではなくて、こうだったらいいなあと思うわたしにとって都合のいいような、淡い期待のひとつにすぎないのかも・・・
わたしは、ダイニングルームに備えつけてある受話器の前で静かに呼吸を整えた。
「白石です。 どなた?」
「・・・ぼくだよ」
「成瀬さん?」
「ちょっと待って下さい、いま開けますから」
「いいんだ。 このままで・・・ 扉はあけないで欲しい」
「どうして?」
「成瀬さん・・・」
「・・・」
「もう、あなたに会えないかと・・・ 思っていました・・・」
「きみに・・・」
「え?」
「冬乃ちゃんに、言いたいことがあるんだ・・・」
「わたしも・・・」
「成瀬さんにきいて欲しいことがあるの・・・」
「・・・」
「・・・」
「ごめん、やっぱり・・・ 出てきてくれないか?」
「わかりました。 すぐに行きます」
受話器をもどし、わたしはその場で目を閉じた。
胸にそっと手をのせてみると、早鐘のようにどきどきしていた。
そうだ、時間。
わたしは振りかえり、掛け時計に目をやった。
大丈夫。まだ夜があけるのに余程間がある。
わたしは走った。
もう、全部言ってしまおう。日が昇って星たちが眠ってしまうまえに。