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白鳥は あをと交じりて・・・

作者: 東郷 義人

『終わって・・・しまいましたね』

 心の中で呟く。

 つい先ほど、わたしが存在していた「世界」は終わり、巻き戻された。きっと恭介さん達はずっとそれを繰り返すのだろう・・・一人の少年と少女が、仲間なしでも生きていける強さを身につけるまで。

 ・・・でもわたしはもう心残りを果たしてしまった。忘れてしまった妹「美鳥」への贖罪を。・・・わたしが望めばもっと延長する事が可能だったのかもしれない。でもそんなルール違反に「世界」は耐えられない。だからわたしはおとなしく管理していた「世界」を返した。わたしが目的を果たした以上、必要としている皆さんに返すのが筋だろうと思ったから。

 ・・・さようなら、皆さん。あの世という物があるのなら、そこで会いましょう。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

「・・・まったく、お姉ちゃんたら何してるの?」

 何も見えない、暗闇の中で目を閉じていたわたしは、突然聞こえた声に、驚いて目を開けた。

「・・・美鳥?」

「そう、あたしだよ。お姉ちゃん」

 わたしの目の前にいたのは、他でもない妹・美鳥だった。

「なぜあなたがここに?」

「なんでって・・・ひどいなぁ。言ったでしょ?『これからは、ずっと、一緒に』って」

 美鳥が拗ねたように言う。

「・・・こんな所までついてきてくれるのですね、あなたは」

「当たり前でしょ。あたしはお姉ちゃんの影。影がついていくのは当然だよ」

 そう言って美鳥はわたしに寄り添ってくれる。・・・正直一人きりは寂しかったので、美鳥がいてくれるのは嬉しい。

「・・・あなたと一緒なら、このままあの世に行くのも悪くないかもしれませんね」

「・・・お姉ちゃんたら、相変わらず後ろ向きだね。もっと前向きになればいいのに」

 美鳥が呆れたように溜め息をつく。

「どういう意味ですか?」

「・・・お姉ちゃん、本当にやり残したことはないの?」

 美鳥が尋ねてくる。口調は優しいが、目が本気だ。

「はい。あなたへの罪を償うこと・・・それだけがわたしの未練でした。それを果たした今、何を望むというのですか?」

 わたしが忘れてしまったせいで美鳥は消えてしまった。それを思い出して以来、彼女への罪を償うことばかりを考えて生きてきた。長年抱えてきた罪悪感から開放された今、わたしにやり残したことなど・・・

「・・・・・・嘘だよ」

「・・・え?」

「お姉ちゃんは自分に嘘をついてる」

「そんなことは・・・」

「じゃあお姉ちゃんは、理樹君と離れ離れになってもいいの!?」

「・・・っ!」

 美鳥の言葉にわたしは言葉を失った。

「直枝・・・さん」

 それは目を背けようとしていた存在。わたしが去った世界で・・・最後まで隣にいてくれた人。

『・・・西園さん』

 誰からも目を向けられない存在だったわたしに声をかけてくれた。

『・・・西園さんがそんな風に笑えるって分かったから』

 気付かせないはずだったわたしの悲しみを案じてくれた。

『・・・だったら、僕らが日傘になるよ』

 孤独だったわたしに居場所を・・・かけがえのない仲間をくれた。

『・・・僕は西園さんのことを、絶対に忘れない』

 全てから忘れ去られたわたしを忘れないでいてくれた。

『・・・西園さんが、好きです』

 こんなわたしのことを、好きだと言ってくれた。

「・・・う・・・うぅぅ・・・」

 止め処なく溢れ出てくる思い出。あの日々は戻ってこず・・・これから先にもあの人はいないのだと思うと、溢れ出す涙を止めることができない。

「・・・嫌・・・です・・・。直枝さんと・・・もう・・・会えないなんて・・・・・・抱きしめて・・・もらえないなんて・・・そんな・・・そんなの・・・」

 忘れたふりをしなければならなかった。

 目をそらさねばならなかった。

 あの笑顔を・・・暖かい手を得られない世界。そんな場所に・・・わたしは耐えられない。

 ・・・もし出来ることなら、生きてこの想いをしたかった。

 既に終わった事を繰り返すだけの、この永遠で虚ろな世界から逃げたしたかった。

――――わたしはいつまでもあの人の隣にいたかった。ずっと、ずっと・・・。

「だったら求めなきゃ。どんなものだって、欲しがらなきゃ手に入らないんだよ」

「無駄です・・・わたしが何をしようと、運命は変えられません」

――決して叶わない願い。生き残る事を許されたのは直枝さんと鈴さんの二人だけ。わたしは・・・ただ死にゆく人間でしかない。

「馬鹿っ!!」

「・・・・・・っ!?」

 美鳥が突然叫んだ。・・・これ程の大声を聞くのは初めてだ。

「お姉ちゃんは知らないだろうけど、理樹君と鈴ちゃんは今みんなを救おうと必死に頑張っているの。自分の弱さを克服して、奇跡を起こそうとしているの。お姉ちゃんもめそめそ泣いてる場合じゃないでしょ!?立ち向かうの!運命は受けいれるものじゃない、勝ち取るものなの!!」

「美鳥・・・」

 美鳥の言葉が、諦めきっていたわたしの心に再び火を灯した。

 なにを悟りきったようなことを考えていたのか。

 どうしてあの人と別れるという事を簡単に受けいれたのか。

 自分という存在に愛想を尽かし、ただ贖罪のためだけに生きたあの頃とは違う。

 わたしにはリトルバスターズという居場所がある。かけがえのない仲間たちがいる。

 それに死のうとしているのはわたし一人ではない・・・あの素晴らしい人たちを、一人たりとも死なせるわけにはいかない!

「あなたの言う通りでしたね・・・。わたしは死にたくない。いえ、まだ死ぬわけにはいきません。わたしはあなたへの贖罪は果たしても、リトルバスターズの皆さんへの恩返しがまだでした。・・・わたし如きに何が出来るかわかりませんが、わたしはおとなしく死んだりしません・・・!」

「そう。その意気だよ。いくら助かる見込みがあっても、本人に生きようとする意思がなかったらどうにもならないもの」

 美鳥がよく分からない事を言う。

「・・・?それはどういう・・・」

 尋ねようとすると・・・

「・・・・・・お。・・・み・・・・・・・・・・みお。・・・」

「鈴・・・さん?」

 どこからか、鈴さんの声が聞こえてきた。

「もう大丈夫そうだね。じゃ、あたしは退散しようかな」

 美鳥はわたしに背を向け、どこかへ去ってしまおうとする。

「美鳥!」

 それをわたしは呼び止めようとするが・・・

「・・・お姉ちゃん、あたしはずっと見守ってるから。理樹君と仲良くね」

 美鳥は笑顔で振り返ってそう言うと、ふっと消えてしまった。

 世界は再び暗闇に包まれる。・・・否、目蓋越しに微かな光が流れ込んでくる。ここは無の世界などではなく・・・。

「・・・・・・」

 目を開けた。そこには晴れ渡る蒼弓。川のせせらぎが耳に届き、血と泥の臭いが鼻をつく。

「ここは・・・」

 首を動かして周囲を見渡す。どうも川辺に寝かされているらしい。周りにはクラスメートの人たちが気を失ったまま横たわり、鈴さんら数人の生徒が飛び回って介抱している。

「痛・・・っ」

 立ち上がろうとすると、足に激痛が走った。

「・・・!気がついたか、みお!」

 鈴さんが駆け寄ってくる。

「だいじょうぶか?」

「大事ありませんが・・・足の骨が折れているようです」

 そう答えると、鈴さんは不安そうな顔をする。

「動かなければ平気です。・・・それより直枝さんは?」

「理樹はのこりの奴らをはこんでる。あとはきょーすけだけだ」

「そうですか・・・」

「ちょっと様子を見てくる」

 鈴さんがバスが横転していると思われる林の中へと入っていく。

「ふぅ・・・」

 周囲を確認してみる。

 すぐ隣には三枝さんが倒れている。すこし向こうには神北さんと能美さんが寝かされていた。川岸で起き上がろうとしているのが来ヶ谷さん。すこし離れた所にいるのは、服装と体型からして井ノ原さんと宮沢さんだろう。

「・・・・・・」

 それでもわたしの心は落ち着かない。一番大切な、あの人の姿が見えないから。・・・と、

「・・・・・・!?」

 鈴さんが入っていった林から物凄い爆音が聞こえてきた。恐らくエンジンの熱で燃料に引火しバスが爆発したのだろう。

「・・・行かなきゃ」

 立ち上がろうとするが、傷ついた足は思うように動いてくれない。なら這って行くしかない。

「・・・!西園さん、まだ動いちゃ駄目!」

 わたしに気付いたらしいクラスメート・・・確か杉並さんが寄ってくる。

「しかし、あそこには直枝さんたちが・・・!」

「私が見てくる。西園さんはここで待ってて」

 杉並さんが林の中へと入っていく。

『・・・直枝さん、お願いですから死なないでください』

 動けないわたしはひたすら祈った。あの人に死なれたら、わたしが生き残った意味などない。彼を失ってしまえば・・・わたしは・・・。

「・・・だれか手伝え!」

 鈴さんの声が聞こえる。声の方向を見ると・・・

「・・・直枝さん・・・!」

 鈴さんと杉並さんに支えられている直枝さんが見えた。

「あときょーすけもいる。おまえ、ついてこい」

 鈴さんは駆け寄ってきた人の内二人に直枝さんを預けると、残りの一人を連れて再び林に入っていった。残った杉並さんがこちらにやってくる。

「大丈夫。直枝君は気絶してるだけ。棗先輩は重症みたいだけど、死ぬほどじゃなさそう」

「そう・・・ですか。・・・良かっ・・・た」

 それを聞くと同時に、疲れきったわたしの体から急速に力が抜けていく。

「本・・・当に、・・・良・・・かった」

 わたしはそのまま気を失った。



「・・・んっ」

 次に目を開けると、視界には無機質な白が広がって見えた。・・・病院?

「あ・・・美魚ちゃん、気がついたのね!?」

「大丈夫か?美魚」

「・・・お父さん、お母さん」

 声につられて横を見てみると、心配そうな表情で覗き込んでいるわたしの両親がいた。

「直枝さんは・・・他の皆さんは?」

 まず心配なのはそこだ。

「命を落としたり、将来障害が残ったりするような子は今のところいない。棗君、だったかな?彼はかなり重傷だが、命に別状はないそうだ」

「直枝君ってたった二人で全員を助け出したっていう男の子よね?彼ならほとんど回復してクラスメートの子たちを見て回ったりしているみたいだけど・・・彼とはなにかあるのかしら?」

「いえ、別に何も・・・」

 深く追及されたくないので、そっけなく答えておく。

「そう?・・・あら、噂をすれば、ね」

「・・・え?」

「・・・あ、目が覚めたんですね」

 にっこりと笑った直枝さんが近付いてくる。廊下から今入ってきたらしい。

「ええ。ちょっとこの子の相手をしてもらってもいいかしら?」

「え?でもお二人は・・・」

「いえ、私たちはちょっと用があって・・・あなた、行きましょう」

「・・・ん?ああ、分かった」

 直枝さんと入れ替わりに両親が出て行ってしまう。となると二人っきりだ。

「西園さんも意識が戻ってよかった。安心したよ」

「・・・っ」

 直枝さんのその言葉に、わたしの心がズキリ、と痛む。

「・・・大丈夫?傷が痛むとか!?」

 わたしが一瞬顔を歪めたのに気付いたのか、直枝さんが心配そうに尋ねてくる。

「いえ・・・」

 そうだ。

 こちらの世界ではわたしは直枝さんの恋人でもなんでもない。単なるリトルバスターズの一メンバー・・・友人のひとりでしかない。

「・・・そういう直枝さんこそ、大丈夫なのですか?」

 話を逸らそうと、逆に問いかける。

「あ、うん。僕は真人に庇ってもらったから・・・最後の爆発でちょっと頭を打ったくらいだよ」

「そうですか・・・」

 会話が途切れ、沈黙が訪れる。

「・・・じゃ、僕は他の人たちを見てくるから・・・」

 しばらくすると、直枝さんがわたしに背を向け、病室を出ていく。

「・・・・・・」

 わたしは両親が戻ってくるまで、ぼんやりとしたままだった。



「・・・はぁ」

 昼休みの学校。中庭。

 無事完治し、学校へと復帰したわたしは溜息をついていた。

「・・・どうしましょうか、これ」

 わたしの傍らには、わたしのお弁当箱と、その約2倍の大きさのお弁当箱。

 今朝、いつものように昼食を作る際、誤って直枝さんの分まで作ってしまったのだ。

 「あの世界」とは違い、直枝さんは昼休みに頻繁にここにくるわけではない。屋上へ行ったり、教室に行ったり、裏庭に行ったり・・・少なくとも、修学旅行までの期間においてはここがもっとも足繁く通った場所、というわけではないはずだ。なのについ習慣でお弁当を作って・・・それを持って来るなど、いったいわたしは何を期待しているのだろうか。

 いっそ鳥たちにあげてしまおうか?そのように物思いにふけっていたわたしの周囲から、急に鳥たちが飛び立っていった。驚いて意識を現実に引き戻すと、

「・・・ごめん。また驚かせちゃったみたい」

 直枝さんが、バツの悪そうな顔で立っていた。



「・・・何か御用ですか?」

「あ、うん。今日はここでお昼を食べようかと思って」

「・・・手ぶらのようですが」

 わたしの言葉通り、直枝さんは昼食を用意していないようだった。

「あー、なんだか忘れちゃって・・・」

 居心地悪そうに苦笑する直枝さん。

「・・・でしたら、今日は作りすぎてしまったので一緒にいただいていきせんか?」

ちょうどいいので、わたしは大きいほうのお弁当箱を差し出す。

「本当?ならありがたく頂戴しようかな」

 直枝さんはわたしの隣に腰かけると、お弁当を受け取る。しかし、この光景はどうしても「あの世界」の・・・わたしが直枝さんの恋人足り得た瞬間を想像させてしまう。

「・・・しかし、これではまるでわたしが直枝さんに昼食を作って来たように見えてしまいます。ただならぬ関係、と噂されてしまいそうです…」

 それをごまかすように茶々を入れる。

「ははっ、そうかもね」

 直枝さんは軽く笑い飛ばした・・・かと思ったのだけれど。

「・・・でも、西園さんなら構わないかな」

「・・・っ!」

 ぼそっと言った直枝さんの言葉に、わたしは体を硬直させる。

「・・・まったく。直枝さんは本当に女たらしなのですね。そんなことばかり言って、女性を何人も泣かせてきたのではないですか?」

 そう。直枝さんは本当に罪な人だ。そんなことを言われたら期待してしまう。

 ・・・彼のすぐ傍に立つ事ができるのではないか。・・・あの暖かい手を独り占めにできるのではないか。所詮は儚い空想だと分かっているのに・・・

「そんなことはないと思うんだけど・・・僕ってそんなこと今まで言ったかな?」

「それは・・・」

 きょとんとしている直枝さんに罪状を列挙しようとして、わたしはあることに気付いた。

 直枝さんは確かに思わせぶりな発言をする。しかし先ほどのような直接的なことは滅多に言わず、しかもすぐに取り消していた。では・・・

「・・・それより、実は僕、西園さんにちょっと話があって来たんだけど、いいかな?」

 考え込んだまま固まっているわたしにしびれを切らしたのか、直枝さんが声をかけてくる。

「・・・何でしょうか?」

 平然を装って返したが、顔が紅潮していくように感じた。

「えっと・・・なんていうかさ・・・」

 直枝さんは顔を赤らめて所在なさげに、しかし目はしっかりとこちらを見据えて、口を開くと。

「僕は・・・西園さんのことが・・・」



 校舎の背後から、鳥たちが一斉に飛び立っていく。その時、わたしは小さな声を聞いた気がした。誰よりも近くに、誰よりも遠くにいる少女の、祝福の言葉を。

ヒロイン視点は難しい・・・

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