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6.truth badend





 重く騒々しい携帯電話の呼び出し音。

「くそ、マジかよ……」 

 その日の目覚めは最悪だった。いや、ほとんど寝ていないので目覚めとはいえない。その辺りも含めて最悪だ。

 あの後、色々な事後処理が済み、契約不履行を訴え本気で俺を殺そうとする蔡からなんとか逃れてアパートに帰ったときには午前四時三十分。深手(冴木さん風に言えば掠りもしない傷)を負った時点で翌日の自主休校を決定していた殊勝な俺は気兼ねなくベッドに飛び込んだのだが、意識がトリップした瞬間、このけたたましくも不気味な携帯のコール音で呼び戻されたわけだ。

 それが通常の呼び出し音なら無視する、っていうか意識は幽玄なるトリップを続けてくれるのだろうが……。

 デデデッ デデデッ――♪

 このゴジラのテーマを聞くとパブロフ犬もびっくりするほどの条件反射で意識が恐怖に染まってしまう。なぜならば、それは楓彌さんからの呼び出しを意味するからだ。ちなみに冴木さんがワルキューレの騎行。蔡がダースベーダーのテーマだったりする。我ながらぴったりの選曲だと思う。

「……ちっくしょう。まさか、バレたのか?」

 覚悟を決めて電話に出る。無論、鼓膜を破壊されないように耳から少し離して、

「……どうも」

『おっはー。ビチグソ野郎。どうしたぁ? 朝からテンション低いな』

 予想に反して小さめな音量。しかし、テンションは割りと高め。楓彌さんにしては珍しいコンディションのようだ。

「朝だから低いんですけど、楓彌さんはなんか変なテンションですね。もしかしてオールってやつですか?」

『あったり。そんな貴様には報酬を振り込んどいた。失敗したから五万な』

 もはやお決まりとなった失敗の五万。成功したら一体いくらくれるのだろうか。まあ、五万あれば贅沢はできないが生活はできる。命を賭して五万ってのは泣けてくるが、失敗しても報酬を貰えるだけ感謝しなくては。

「ありがとうございます。……あの、それで何の用ですか? わざわざそれを伝えるための電話じゃないですよね?」

『ああ、今、あたしがどこにいると思う?』

「!? まさか――ッ」

 背筋にドライアイスを押し付けられたような悪寒が奔る。

 身体の気だるさも忘れ跳ね起きて、窓の外を確認。敵影なし。ドアに近付き鍵穴を確認。クリア。じゃあどこだ? まさか天井裏かっ!?

『探しても無駄だ。あたしは姿を消す異能隠者の本気インビジレッドを手に入れた』

 な、なんだってぇ!?

『まぁ、冗談はさておき、今、山田さんだよ』 

 まったく笑えない。

 しかし、山田さん? 誰だ。しばらく考えて、

 ――あの、山田響子って言います。

 昨日の少女(妹の方)の自己紹介を思い出した。

 なるほど、楓彌さんは今から“仕事”ってわけか。

「例の少女の家ですね。それで、何かあったんですか?」

『……ああ、死体が幾つか、一つは腹が膨れてる』

 膨れてるって、もっと他に言い方があるだろうに……朝っぱらから気分が悪い。

『ぱっと見、死亡推定時刻は四日前ってとこだ。体中刃物でズタズタにされてる。話ががっちり噛み合うな』

「ええ。それが何か?」

『しかし、だ。ここに本来あるべきものがないんだよっ。こいつがないと、話が少しばかり噛み合わない』

「――え?」

『“死体”だよっ。妙な話だが死体に溢れたこの家には、死体が足りないんだよ。死体は四つ、親父っぽいのとじいさんっぽいのとばあさんっぽいの、そして腹でかマーザー。その四つだけだ。……家中探しても“あるべき長女の死体”だけが見つからない。……どう思う?』

「………」

 俺はバカだ。楓彌さんの仕事を考えれば山田家に侵入するのは当然、家族構成ぐらい把握していて当たり前である。そこまで頭が回らなかった……。そして、楓彌さんは俺を疑ったからこそ、こうして電話をしてきたんだ。

 まいった。あるべき長女の死体はもう蔡に処分させてしまったし……。何かうまい言い訳はないかと考えていると、

『そして、もう一つ、今度はあっちゃいけないものがあるんだよ。こいつがここに落ちてると、話はもう崩壊する』

「え?」

『“刃物”だよ……。間違いなく犯行に使われた、血塗れの出刃包丁が落ちてるんだ』

「―――」

 絶句してしまった。

 包丁? それの意味はわからない。どういうことだ? 姉は異能で家族を殺したんじゃないのか? 

「異能が宿ったくせにわざわざ包丁で殺したって言うんですか? なんでそんなめんどいこと?」

『あたしに聞くなよ』

「で、ですよね。……凶器のフェイクとは考えられませんか?」

『間違いなくって言っただろ。一見しただけでわかるよ。この死体の並び方、明らかに異能によるスマートな殺しじゃない。どたばた殺人劇が繰り広げられて、犯人は辛うじて殺しせしめたって感じだな。間違いなくこの包丁でこの家族は殺されてる。……それに異能殺人を誤魔化すためだとしても、異能が宿った瞬間にそこまで周到に考えられる人間がいると思うか?』

 確かにその通りだ。微塵の気兼ねもなく家族を殺す精神状態である。そもそも誤魔化すなんて発想自体が沸くはずもない。

『“あんたが何を知っていて何をしたのか”。大体予想が付く、だから詳しくは訊かないよ。めんどいし眠いしね。ただ一つだけ訊かせろ。今回の件は片付いたんだよな?』

「………」

 不審に思われてるだけじゃなく、真相まで見抜かれているようだ。

 やれやれ、必死こいて隠そうとした自分がバカみたいだ。

『片付いたんだよなっ?』

 どうなのだろう? 時間が欲しい。姉には何か異能が使えない理由があって包丁で殺した? どんな理由だ。それとも異能を使いこなせなかった? 有り得ない。たとえ使いこなせなくても、あの強力さである。通常の人間を五人、いや、実質四人ぐらいならわけなくバラすだろう。

『おい、もう一度だけ訊いてやるぞ。か、た、づ、い、た、ん、だ、よ、なぁ』  

 ……そうだ。今はそんなことよりも楓彌さんの問いに答えなくては、楓彌さんがオールで眠い今は絶好のチャンスである。これを逃したら五万、いや、報酬どころか命が無くなってしまう。そして、めでたく萌え萌え大臣秋葉ビュンビュン丸だ。

「はい、きっちりがっちり片は付きました」

 たぶん……。と心の中で付け加えておこう。

 ふーっと、電話越しに大仰な嘆息が聴こえる。

『そうか、わかった。仕事の件はここでおしまい。でだ、ここからはプライベートなお話。天才のあたしは一人の傍観者として今回の事件の全容がわかっちゃったんだけど、聞きたいか?』

「………」

 その真実とは俺が昨晩冴木さんに説明した真実と、俺の知らない“真の真相”を含めて、なのだろう。山田宅に侵入しただけですべて見抜いてしまうとは、この人は本当に天才だ。性格が歪んでいるのが実に残念。

 その天才による真の真相とやらのご高説を賜りたいが、正直、

「……いえ、遠慮しときます」

 この人とプライベートでも関わらなければならないのは勘弁だ。

『ふぅん。そんな可愛げの皆無なあんたに特別ヒント。無関係の二人が殺された通り魔の現場、“そこには凶器らしきものは一切残されていなかったらしい”。じゃあね、ビチグソ野郎』

「え? ちょっ……」

 切られた。

 くそ、と虚しく悪態を吐きながら携帯を投げて、再びベッドに横になる。

「凶器、ねぇ」

 まぶたが落ちるまでしばらく考えてみる。

 通り魔の現場には凶器が残されていなかった? 楓彌さんの口ぶりから考えて、それは異能。つまり通り魔の犯行には異能が使われた。

 そして、なぜか家族の殺害には包丁を使った。フェイクのためではない。異能を使いこなせなかったわけでもない。となると、家族殺害には異能を使わなかったんじゃなく、使えなかった。そう考えるのが自然だろう。やはりそこには理由が必要だ。

 うーむ、と悩んでから俺のオツムじゃ悩んでも無駄と判断。脳のモードを思考から回想に切り替える。

「……あの二人の自白」

 あの姉妹は二人共、自分が家族を殺した、と言っていた。

 姉は悔しそうに、搾るような声で、

 『家族を殺したのは私。でも、あんたに何がわかるっ! あんたには関係ないっ』

 異能のくせに普通なことを言っていた。

 妹は楽しそうに、弾むような声で、

 『ちょっとムカっとしちゃってさ、えいっえいって。すっごいすっきりしたよ。もう私のこと怒れないし』

 普通のくせに異常なことを………。

「待てよ……。これは――」

 見えてきた碌でもない真の真実。俺は思わず上半身を起こした。

 昨日、廃ビルで一番最初に感じた違和感、それは妹が放っていた狂気。

 こんな仕事をしていると忘れがちになるが、異能者だけが殺人者とは限らない。

「……おいおい。おいおいおいおい。そういうことなのか………」 

 妹は異能を使えない、ってことは間違いなく、一般人は殺していない。これは確定だ。

 姉は異能を使える、ってことはおそらく、家族は殺していない? これは……有り得る。

 二人は家から離れる必要があった。一般人を殺す必要があった。そして、妹だけが生きていた理由。

 そうなると、考えられる一番自然な推測は――

 

 ――事の始まりは妹。

 家族を殺したのは妹だ。そして異能を持った姉がそれを発見、姉は妹を守るために一緒に家から離れた。そのときに一般人に目撃され、姉は口封じのため異能でその二人の目撃者を殺した――。


「なんて、荒唐無稽……」

 しかし、そうなれば、あの姉妹の態度と噛み合わない自白も納得だし、他の細かい謎はどうとでも説明が付く。

「……これが真の真実、なのか?」

 姉を庇うために自らを異能として通り魔の罪まで被ろうとした妹の優しさ。

 妹を護るため二人の目撃者を殺して家族殺しの汚名まで受けようとした姉の愛情。

「姉妹愛か……。マジでか……」

 だとしたら、『銀の悪魔』(クイックシルバー)、『銀の狂気』(シルバーウェポン)、楓彌さんは今回の異能をそう名付けたが、俺は軽い敬意を籠めて、こう呼ばせてもらおう。

 シルバーバンド、『銀の絆』を持つ姉妹。

 あの異能のように変質で歪で形を持たない、しかし只管に強固な姉妹の絆。

「……ふん」

 まあ、どっちにしろ、本当の所は確かめようがないし、もうどうでもいいことだ。

 今回は『銀の絆』だったとしても、違う誰かに転移した時点で、つまり今はもう『銀の悪魔』に成り下がって何処かで狂気を振るってるかもしれないわけだし……。

「救われねぇなあ……心底」

 俺は頭を枕に着地させ、トリップに戻りかけた意識の中、あの廃ビルで夕日に照らされながら、仲良くおにぎりを食べている姉妹の姿を想像してやった。

 そんな柄にもない感傷的な妄想に耽りつつ、

「あの世なんてないけど、仲良くな」

 更に柄にもない独白を吐く真似をして、俺は意識を閉じた。

 





 ●―――――――



 私はお母さんのことが大好きだった。

 綺麗で、優しくて、暖かかった。

 でも、でも、

 ――今のオカアサンは大嫌いだ。

『ご飯が減ってるのよ! またあんたが勝手に食べたんでしょう!』

 コレは醜くて、怖くて、冷たい。

 お母さんが死んじゃってからすぐ、お腹の大きなコレが家に来た。お父さんはコレを新しいお母さんだと言った。

 でも違う。コレはお母さんなんかじゃない。

 昨日もわたしにだけご飯をくれなかった。いつもわたしを叩いてくる。今もわたしを蹴ってくる。

『言いなさい! あんたなんでしょう!?』 

 最初はお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんもコレを止めてくれた。でも今は疲れたように見てるだけだ。見てるのに見えていない振りをするだけだ。

『答えなさい!』  

 ……昨日の夜、ねえがこっそりおにぎりを作ってくれた。

 冷たかったけど暖かかった。美味しくなかったけどすごくおいしかった。

 なにより嬉しかった。

 前のお母さんみたいに優しかった。

『……そう、お姉ちゃんが悪いのね』

 違う! 違うよぅ!

『悪いお姉ちゃんにもお仕置きしないとダメね』

 お父さんコレを止めてよぅ、違うんだよ!

『………』

 おじいちゃん、おばあちゃんっ!

『………』 

 なんで止めてくれないの? なんで何も言わないの? なんでいつも見ない振りをするの?

 なんでドウシテ…………。 

 ――――あぁあ、そうか。

 お母さんが死んじゃってから、お父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、みんなコレと一緒で冷たくなっちゃったんだ。

 みんなコレと一緒なんだ。

 それなら―― 

 ――えいっえいっ。

 

 ………………。 


「――響子」

 あれ? ねえ。ドウシタノ? ドウシテそんな顔ヲしているノ?

「……響子……なに、したの?」

 わたしは何もしてないよ。ただコレが、お父さん達だったコレも……。 

「響子っ。ここにいちゃダメよ、私と一緒に来て!」

 ねえ。どうしたの? どこに行くの?

「とりあえず、ここから離れた、山の何処かにしばらく隠れるの――っ! 人が来たっ。あなたは隠れて!」

 あれ? ねえ。なに? その銀色の――ああ! ダメだよっ! ねえ! その人達は何もしてないよぅ。

「いい、響子。これで私達は同じよ。周りと違う、普通じゃなくなっちゃったの。だから、だからこれからは私達はずっと一緒に、二人だけで生きるのよ」


「私がこの力で、今度こそ、ずっとあなたを護るから」

 

 ……わかった。私もねえを絶対守る。



 

 silver bond is the END!



以前書いた小説を参考のために投稿させてもらいました。詳しくは活動報告にて。

伝奇というだけに難解に過ぎたかもしれませんが……、忌憚のない感想、評価、アドバイス、お待ちしております。

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